この騎士団、只者がいない

 試験が終わり3日が経った。

 アレックスはパーティメンバーと共に、騎士団長の元へと向かっていた。ナフタからは概要を聞いていたのだが、どうやらハイベルズ王国騎士団と共に、魔獣発生の要因を探って欲しいとの事。その為に今回は騎士団長と協力する騎士団メンバーに挨拶してほしいとの事だ。


「騎士団……か」


 アレックスはやや緊張した面持ちだった。

 何せ、この国を守る戦士達だ。規律も厳しそうだし、実力もあるだろう。その点冒険者はまだ気軽にクエストをやっている印象だ。

 

「いやー、まさか騎士団長直々とはすごい事になったっすね!」


 ローズはケラケラ笑いながら言った。

 すごい事と言っていたが、どうすごいのだろうか。


「ルカ騎士団長はかつてドラゴンを倒した事がある英傑っすよ! ほんの10年ぐらい前にハイベルズ王国にドラゴンがやってきたっす」


 ドラゴン……それはアレックスでさえ存在は知っている。

 太古の昔から生きる魔法に長けた生き物。それ故に知恵を持つ者であり、人々を惑わす言葉を話すという。

 しかしドラゴンの真価はそれだけに留まらず、口から放つブレスは万物を焼き払い、生え揃った巨大な牙は鉄すら噛み砕く。


 そんなドラゴンを倒せるとしたら――英雄しかいない。


「彼は優秀な剣士であり、ドラゴンを街から追い払い、ハイベルズの奥地にある古代神殿まで後退させた。そのあとは彼の主導で仲間と共にドラゴンの首を刎ねて、彼は本物の英雄になった――というのがあらましだ」


 レイナはうんうんと頷きながら語る一方で、アレックスはこんな事を思っていた。


(……そのルカ団長が魔獣倒したらよくない??)


 元も子も……クソもない。

 もはや諦めモード一色じみた思いだった。


(いや別に努力はするつもりだよ、一応は)


 気づけば足取りも重い。

 勇者になると威勢の良い事を宣いたが、その道のりが険しすぎた。


(無茶したらマルティアナは悲しむ……けど、マルティアナの為にも僕は身体張らないと)


 マルティアナの地雷を踏まないように、かつ死なない程度にボロボロになりながら強くなるしかない。まぁ無理だ、どうやっても彼女は病む。


(前途多難とはこの事だな)

「着いたっすー」


 ローズの呑気な声でアレックスは俯きかけた顔を上げた。

 執務室、ルカ団長が中にいると言われてからアレックスは漸く気付く。彼の他に3人の魔力、そのどれもが自分より強いと。ただパーティメンバーの方が格上なのは分かった。


「お邪魔しまーす」


 ローズを筆頭に入室すると、アレックスは姿勢を正す。


「やぁ……よく来てくれたね。担い手とそのパーティメンバー」


 浅葱色の髪を靡かせた貴公子――ルカ・ペルシオンが、柔和な笑みを携えて4人を出迎える。ローズたちパーティメンバーは初対面になるため、心なしか緊張している様子。

 役職についてるからというのもあるが、驚いたのはその力にあった。


(強いっすね……アタシら3人がかりでも勝てないっす)


 魔法の使い手たるローズは彼の内に宿る力に畏怖を覚えた。人間にしては破格の魔力量と質、一体どれほどの修練と鍛錬を重ねれば良いのか、全く想像出来なかった。


(剣士かー……手合わせしたいなぁ)


 ボクっ娘エルフであるアリアは剣術の腕を確かめたくなっていた。割と彼女はバトルジャンキー気質であり、魔力量の多い相手を見ると腕試ししたくなる癖があった。もっとも時と場合を見極めるが。


(……なるほど!)


 ヒーラー役であるレイナは特に感想無しであった。

 強い人だな、すごい人だなとは思っていたが特に関心なかった。凛とした雰囲気を纏っておきながら彼女は割とドライな気質で、皆から優しい僧侶さんだと言われても「そうか!」ぐらいしか思ってなかったりする。


 3人の中で1番サイコかもしれない。


 一方でアレックスはというと、ルカ団長よりも別の方で気になっている人達がいた。ちょうどアレックス達が立っている場所から左斜め上方向にて3人の男女が、手を後ろに回して背筋を伸ばしてピンと立っている。


(ルカ団長はわかる……けどあの3人は……一体?)


「まずはアレックス・ブレイド君、試験通過おめでとう」

「あっ、はい! ありがとうございます」


 ただそんな考えはルカ団長の言葉によって遮られた。


「聞いたよ、魔獣を倒したって」

「いや、僕は一体だけですし……聖剣の力があったからです」


 アレックスはチラリと背後にいるパーティメンバーを見遣る。ローズ達はウィンクしたり、微かに笑ったりして答えた。聖剣は『パーティの功績は貴方の功績よ』と言ってくれた。


「それでもつい最近冒険者登録をした人にしては、破格の活躍だ。しかも君は逃げなかった。充分過ぎるよ」


 ニコリと笑うルカを見て、アレックスは気恥ずかしそうに頭を掻く。聖剣はそんなアレックスの照れ顔にときめいた。


「改めて魔獣と戦ってみて、どう思った?」

「……恐ろしかったです」


 トロルが全く別物になるほどの変化。

 本来ならあり得ない変化を遂げたモンスターを目の当たりにして、もしこんな怪物が世界中に溢れるぐらい増えたらと思うだけで、心底恐ろしい。況してやアレがもっと強いモンスターだったら――間違いなく国が滅ぶ。


「魔獣化したモンスターは本来ならあり得ない肉体の変化が起きている。火を出せるモンスターが水や氷といった正反対の力を使えたり、トロルのように更に化け物みたいに変化したりする」

「何で……そんな変化を」

「それは彼らが人間やエルフなどが使う魔法とは違う、暗黒の魔法を扱うからだよ」


 暗黒の魔法……中々物騒な名前である。


「それは一体どう言う……」

「聖剣様の方が詳しいとは思うが、暗黒の魔法は魔族……またはそれに付き従う者達が扱う魔法だ。この世界とは全く違う理を元にした魔法で、我々には扱えないもの。魔獣はそれによって生まれた副産物だ」

『女神の加護と対をなす魔法よ、通常の魔法でも倒せるけど……強力な存在になると加護持ちじゃないと倒せない』


 マルティアナの補足もあって、アレックスは漸く自分の役割を理解した。強力な存在は加護持ちじゃないと倒せない、つまり魔獣たちを生み出す大ボスを倒すには、最強クラスの加護を持った存在じゃないと倒せないと考えると……。


「ひょっとして聖剣様から言われて気づいたかな? アレックス」

「……聖剣マルティアナじゃないと倒せない奴がいるかもしれない。という事ですか」

「そう言う事だ」


 なるほどルカ団長みたいに加護無しでも強い人が魔獣退治に出かけても、マルティアナクラスに強い加護の力を持った奴じゃなきゃ倒せない奴が来たら、もうどうにもならない。だから担い手が必要になるし、強くならないといけない。

 アレックスは自分がどれだけ重要なのか、改めて理解した。


「1000年前に猛威を振るった魔王は、それこそ圧倒的な強さを持つのと同時に、聖剣じゃないと絶対に倒せなかった。加護を持たない強者は勇者の為にと、足を引き留める役割を果たすだけに殿になった者すらいたという」

『……もうあまり思い出したくないわね。目の前で知り合いが一瞬で死ぬ場面なんて、絶対見たくないわ』


 マルティアナの補足とともに魔王の恐ろしさが伝えられる。もし……魔獣事件の裏に魔王のような存在がいたらと思うと、体がブルリと震えた。


「魔獣は1番弱い個体でも、新米冒険者から中堅冒険者の命を狩れる実力はある。単純にタフだし……何より予測出来ない変化を遂げて、更に強くなったりする」

「アタシも一回やばい奴に当たって逃げる羽目になったっすよ……。変形したモンスターの素が強かったらもう恐ろしい事この上ないっすから」


 張り詰めた空気が満ちていく中で、ルカ団長は早速本題に行こうと言った。


「んで……あの魔獣なんだが、本来あの森に魔獣は入れない筈だった。加護付きの結界に加えてこの国をかつて守るべく、風の精霊が二重に結界を張ってくれていたからね」


 精霊……そう言えばマルティアナが話していたなとアレックスは思い出す。人々を守るべく力を振るった精霊のおかげで、平穏な時間が流れていたと。


「しかしその結界が弱まってきた、そこで私はこの王国近辺で起きている魔獣増加の事件と密接に関係あるとし、3人の騎士団員を派遣して調査した」


 じゃあ説明お願いねとルカ団長は部屋の隅に待機していた、3人に声をかけた。アレックスは調査に行ってくれていた人達かと、気づいて視線を向ける。


 が……茶髪のサイドテールの髪型をした女団員だけは、何だかアレックスに対して顔を顰めながら、ルカ団長と交互に見比べている。率直に言ってアレックスは彼女に頼りないと思われてるのかなと、マイナスな想像を働かせた。


「じゃあマリーから説明を」

「はい……団長」


 じとりとした視線を最後に浴びせた後、マリーと呼ばれた団員がアレックス達の真向かいに立つ。


「我々はハイベルズ王国騎士団遊撃部隊――ゼピュロス。そのリーダーを務めています、マリー・ウィンブロウと申します。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げた後、彼女は口を開く。


「皆様は風の精霊についてはご存知でしょうか」

「この街を守っていた、ユピテルスって精霊の事でしょ? ボクの里でも有名だったよ」

「エルフである貴女なら、確かに精霊についての知識は並以上でしょうね。それで………………担い手さんは?」


 何だその間……後なぜもう一度ルカ団長を見たのか。

 アレックスはよくわからないなぁと首を傾げながらも、マルティアナから概要だけは聞いていたので、知っていますと答えた。


「なら話は早いですね、風の精霊たるユピテルス様はかつて身を挺して国を守った方ですが、今もご存命なのです」

「……生きているのか」


 レイナは目を見開いた。

 確かに言い伝えを聞くと、亡くなったようにも聞こえる。


「これは……実は我々騎士団と王族のみが知る内容なのです。決して他言しないように」

「なるほど……」

「ただユピテルス様は訳あってとある場所から動けません。彼女はある物を封印する為に自分ごと封じ込めたのです」


 ある物とは何だろうか。

 アレックスは眉を下げた。


「ある物って何んすか?」

「魔族が使っていた魔導書ですよ……」


 ローズの問いに答えたのは、マリーではなかった。

 彼女から離れた位置にいる黒い髪と浅黒い肌をした凛々しい青年だ。

 

「失礼、俺の名前はカイアス。魔法使いであり、暗黒の魔法について勉強している身だ。よろしくお願いしますよ……ローズ先輩」

「先輩……?」


 ローズは頭にハテナを浮かべたが、カイアスは意味深に笑う。アレックスは並々ならぬ因縁がありそうだなと、人知れず息を呑んだ。


「カイアスの言う通り、魔導書が封印されています。どんな魔法があるかは……記録がないので分かりません。恐らく当時の関係者が情報制限をかけてるのかなと」

『……魔導書? まさか……』


 マルティアナは心当たりがあるのか、深刻そうな声を出した。アレックスはマルティアナを一瞥すると、マルティアナもそれに気づいたのか答える。


『……魔導書は幾つかあるし、私が思い浮かんだそれが正解とは限らないけど、もし想像通りなら大変な事になるわ』

「……後で教えてくれる?」

『ええ』


 と2人だけで会話していると、灰色の髪を靡かせた男がゆらりと近寄る。結構髪が長いのか、垂れ下がった前髪によって右目が隠れている。身構えたアレックスがその男に目を向けると、前髪をかきあげた。


「……! オッドアイ」

「俺の名前は……ジルガ。王国の黒き風だ」


 右目は赤、左目は紫色。

 左右で色が違うオッドアイに、アレックスは少し怯む。こいつは何か只者じゃないと感じた。


「俺は深淵の闇を纏いし、意思なき者を惑わす書だと予測している」

『……バカな』

「書は精霊の力を用いないと封印出来なかったものだ。ならば中身は当然……凄まじい効力を持つ。大いなる闇を……魔獣たちは呼び起こそうとしているのさ」

『アレックス、彼は何か知っているかもしれないわ……』

「それには同意するよ」


 マルティアナは何だかこの団員が手がかりを掴んでいるかもと見ていた。いずれにせよ……魔導書は此方にとって良くない災いを齎す代物だ。マルティアナの知識と彼の知識、2人の力を借りれば突き止められるかもしれない。


「……そんな精霊様の封印ですが、これらを維持するために王国内に4つの拠点で、術式を維持する為の祠があります。通常は外から見えないようにしているのですが、魔獣化を進めた犯人は突き止めて、封印を解除しようとしています」


 マリーは悔しそうに歯を食いしばる。


「我々ゼピュロスが向かいましたが、すでに魔獣たちが彷徨き始めていました。そこで貴方達に協力を要請したい」


 一度グッと目を閉じて、決心を固めたように言う。


「ハイベルズは私たちの家です。市民は家族、家族を悪しき者の手から守る為に力を貸して欲しいのです!」


 アレックスは力強い彼女の宣言を聞き、心を震わせた。彼女は自分に対して良くない感情を抱いているかもしれないが、そんな好きだとか嫌いだとかを抑えて、救って欲しいと頼み込んできてくれた。これに答えない訳にはいかない、担い手としてアレックスは彼女に相対して答えた。


「任せてください! 僕はまだ未熟ですが……担い手として必ず魔獣を倒し、王国を救ってみせます!」

「アタシもっすよ、担い手様の願いを叶えるのはパーティの役目っすから」

「ボクも同じく。やっぱり正義の味方は気持ちが良いからね」

「私も微力ながら協力しよう。君たちが傷ついても……持てる力を振り絞って癒すからな」


 担い手と仲間達の言葉を聞いたマリーは、目が潤んできたのを誤魔化すように顔を俯かせた後、目を拭って顔をあげた。


「ありがとうございます……!」


 そんなマリーを見ていたルカは、微笑ましそうに見ていた。

 彼女の国に対する思い自体は本物だと。ただ……この3人はまぁ癖がある。内心で心配しているとアレックスが此方に来ている事に気づいた。


「ルカ団長……空いてるタイミングがあれば、戦い方とか教えて欲しいです……!」

「ん……? ああ、いいよ。私も前線には訳あって出れないが協力は惜しまない」


 2人が真面目な話をしている中、マリーはまたジッ……と見ていた。側から見たら気に食わないように見えているだろう。しかしマリーの本心はかなり異なるもので……。


(ぐ、ぐふふふ……ひょっとしたらと思ったけど、ルカ×アレックスはすごく捗るわぁぁぁ……!! アレックスが受けでルカ団長が攻めね……)


 マリーは腐女子しゅくじょだった。主に被害者はルカ団長であり、マリーは毎日ルカ団長と誰かを掛け算しちゃったりしている。アレックスをじっと見ていたのも、脳内でアレックスとルカのシミュレーションをひたすら考えていただけで、嫌いな訳じゃない。


 むしろ逆なのだが、アレックスはそれを知らない。

 ただルカ団長は知っていた。彼女がまぁ中々妄想豊かなのだと。


「ローズ先輩と一緒に戦えるのは嬉しいですよ」

「ん……? あ、ああ……よろしくっす」


 ふふふと不敵に笑うカイアスと困惑するローズ。

 それも当然だ、何故ならばカイアスは――


(ローズ先輩が一緒に……!!! 新人時代から貴女は俺の推しです!!!!)


 まだ騎士団として新人だった頃、たまたまクエストでローズに助けられてから、彼女の後輩を勝手に名乗った挙句……推しになってしまった後輩を名乗る不審者だった。当然ながらローズは知らない、たくさん人助けした中の1人であり、ろくに面識がないのだから。


(ただし!! 俺は心に決めている……!! ローズ先輩はあくまで推し!!! 踏み込み過ぎてはいけない!!! 俺に出来るのは後輩ポジになるだけ……)


 そもそも知らない人扱いされているとは、カイアスは知らない。後輩を名乗り出すのもかなり不気味でキショイが、変なとこでわきまえてるのがタチ悪かった。

 黒よりのグレーだから、ルカ団長もいつ逮捕してもいいように観察していたりする。


「担い手と聖剣様……一緒に闇を祓い、正義の光を齎しましょう」

『貴方には期待しているわ』


 ふふんと笑うオッドアイの青年――ジルガ。

 そんな彼は何と。


(……闇の魔導書! くっ……! 俺のオッドアイが疼く!!)


 単なる厨二病である。

 ちなみにオッドアイはカラコンであり、髪は染めているだけ。魔導書に関する知識は皆と変わらない。


(今こそ俺の秘めたる力が炸裂する時! 始まるのだ……俺の……闇の英雄譚!)


 始まりません。

 ただ彼の言っていた内容が、マルティアナというガチ伝説の存在の琴線に触れていたのは事実。魔導書の概要も、遠からずとも当たっていたため、バレてなかっただけである。


「……うーん」


 ルカ団長は柔和な笑みを浮かべつつ、遊撃部隊が心配で仕方なかった。彼らは間違いなく優秀だ、優秀なのだが……それが霞むレベルの癖がある。今部屋にいる全員の内情を大まかに把握しているルカは、でっかい汗を垂れ流していた。


(……ユピテルス様、頼みます。どうか彼らを導いてください。あとマリー達が道を踏み外さないように……)


 魔獣退治より身内の爆弾が怖い。

 ルカ団長の胃は少しキリキリしていた。

 

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引き抜いた聖剣が独占欲剥き出しなヤンデレ彼女面してくる件 藍浦流星 @ryusei_aiura

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