聖剣ちゃんと始める冒険

「はぁ〜〜……僕はクソ雑魚ナメクジだぁ〜……」


 クエストを終え、辺りがすっかり夕方になる時間帯になった。そしてアレックスはマルティアナと共に、何とか無事に帰還し――不貞寝した。理由は単純で試験クリアしてやるぜと息巻いたら、トロルが魔獣化していて普通にボコられたからだ。一応訓練を積み重ねた手前、マルティアナやナフタ……そしてパーティメンバーに負けないぞとかなりやる気出していた。


 その結果、一体は倒せた。

 しかし残りは仲間にやってもらった。本来なら聖剣持ち勇者が仲間を助けて「さす勇」されるのが定石なのに、アレックスは逆をやってのけてしまった。これには男のプライドもグズグズになりつつあった。


「もっと強く……なりたいなぁ」


 仲間が強いのはわかっていた。

 訓練の時からつくづく思っていたのだが、実戦を経てより強く実感してしまったのだ。ローズは下級魔法で硬い表皮を焼き、アリアは目にも止まらぬ斬撃でトロルを消し飛ばした。


 レベルが違う。

 これから努力しても……届かないのではと思ってしまうほどの、実力差だった。


「マルティアナ……ごめんね、僕がヘマしなきゃ」

『……』

「マルティアナ……?」


 マルティアナは帰ってから無言だ。

 アレックスはそこに恐怖を感じていた。


「マ、マルティアナ……?」

『怖かったの』

「え……?」

『貴方が倒れるのを見たから』


 マルティアナはポツリと言った。

 たった一言なのに、凄まじい恐怖と不安がアレックスの胸の奥まで届いていた。


『わたしのアレックスが死ぬかもと思うだけで、この身が砕け散りそうになるの。だからそうなるぐらいなら私の魔力で貴方を永遠に捉えて、肉体を無理やり私のに取り込もうかなって考えた』

「……へ、へぇ……」


 溢れ出る魔力の色はとても神々しい。

 だが中身は愛や不安、敵への憎しみ、欲望によってドロリとした闇そのもの。捉えたらもう二度と離さないし、肉体や魂まで取り込もうとしているようにアレックスは感じていた。


(それって僕もマルティアナみたいになるの……? 聞くのめちゃくちゃ怖いけど……)

『でも今はやめておくわ、だってアレックスがどう思うかわかってるから』

「強くなりたいって……思ってるから?」

『そう、あれだけの怪我を負っておきながら……貴方は尚立ち向かおうとしている。私は……出来るだけ貴方の意思を尊重したいから』


 アレックスは意外に思っていた。

 死にかけた自分を見て、精神的に危うくなった彼女がかなりぶっ飛んだ事をするのではないか。何なら病みすぎて変な事態にならないかなと思っていた。だけど今の彼女はその領域には行っていないようだ。


(はぁ……だけどこのままじゃ良くないよな)


 このままじゃ確実に良くない――主にマルティアナが。

 早急に強くならないと、マルティアナのヤンデレが上限振り切って自分がやばい。担い手としての自覚はあるけど、ヤンデレ聖剣によるバッドエンドは頂けない。

 そんな事を考えていると、部屋のドアが開かれてアリアが入ってきた。


「お、もう身体は大丈夫?」

「アリアさん……!」

『許可無く他のメスが入ってこないで……』


 聖剣がドチャクソ失礼なことを抜かしたが、アリアの耳には入ってきていない。アレックスはマルティアナの柄を撫でて落ち着かせつつ、どうしたのと声をかけた。


「ナフタさんから君を呼ぶように言われたんだ」

「ナフタさん……」


 クエストの内容についてだろう。

 アレックスは不甲斐ない気持ちになって顔を俯かせた。トロルは一体しか倒せていない。内容は……とてもじゃないが不合格だろう。


「……ちょっとお話ししよっか」

「え」


 アリアはスッと歩み寄り、アレックスが寝転がっていたベッドに腰掛ける。ギシっと僅かにベッドが軋み、アリアはグイッと身体を寄せる。スレンダーなエルフの美女がいきなり近寄ってきたせいで、アレックスは恥ずかしくなって顔を赤くする。


『この……っ、メスエルフ……担い手を寝取る気……? ああ、私にこのちんけな虫を鏖殺する力を……!』


 聖剣は嫉妬からガタガタ震える。


「ボクね、実は強くなったの結構最近なんだ」

「え、そうなの?」

「A級に上がったのは2年前、それまでは弱っちぃ奴だったよ」

『努力してたのね』


 珍しくマルティアナは感心していた。

 担い手に近寄るおんなは嫌いだが、努力までは否定しない。基本的に彼女はアレックスが絡まなきゃ常識人……いや常識剣だった。


「どうやって……強く?」

「簡単に言えば何度も死にかけるぐらい戦った」

「な」

「実戦の方が成長しやすいからね」


 なるほど……それは確かにそうだろう。

 現にアレックスは、あの戦いで肉体強化からの魔力放射を体験した。訓練時には出来なかったことだ。


「今は弱いけど、大丈夫だよアレックス」

「強くなれる……から?」

「うん」


 ニコリと笑うアリア、普段無表情で何考えているかわからない雰囲気をしていただけに、笑った時のギャップは初心なアレックスのハートを撃ち抜いた。聖剣は鞘から自らを引き抜きかけた。


「さて……ナフタさんのとこへ行こ」

「わ、わかった」


 すっとすぐさまアリアはベッドから起き上がるよう言った。相変わらず切り替えが早いなと思っていると、アリアは「はっ」と何かを思い出したような仕草をした。

 

「あ、ちょっと忘れ物してた」

「何?」


 忘れ物とは何だろうか。

 第一アリアは手ぶらであり、何も置いてっていない。

 不思議に思っていると、アリアは何と――アレックスの頬に軽ーくキスをした。


「ん」

「!!?」

『――』


 困惑するアレックスと絶句する聖剣。

 アリアは特に照れたような様子もなく、ふっ……と笑うと囁くように言った。


「トロルとの戦い、かっこよかったよ。ボクのささやかなご褒美」

「あ、う……」

「大丈夫、親愛の証だから。じゃナフタさんとこに行こう」


 エルフって結構スキンシップがすごいのかなと、アレックスは赤くなった顔を覚そうと、必死に手をパタパタして冷やそうとする。本来なら可愛らしい場面だなーで片付くだろう。ただしアレックスは引くほど愛が重い聖剣の担い手。


『あは、あは、あははははははは。ひひひひ、やっぱり……他のメスはなますぎりにすべきだったのよ。残らず斬り殺して、やりたい……。うふふふ』

(あぁぁぁぁ、怖すぎる。この聖剣の手にかかってバッドエンドまっしぐらになってしまう……!)


 アリアの頬キッスは嬉しい、だって少年だもの。

 そら嬉しい。だけどアレックスの腰には特級の爆弾を抱えている。嫉妬による強化を促す為に組まれたハーレムパーティだが、諸刃の剣と言えた。


 アレックスは腕を摩りながら、トボトボとした足取りでナフタの元へ行く。


「ナフタさん、連れてきました」

「どうぞ」


 アリアによって執務室に連れてこられたアレックスは、部屋に入るなりすぐに背筋を伸ばす。いつまでもグロッキー状態なままじゃ、失礼だと考えたのだ。

 部屋にはすでにローズとレイナもいた。ローズはアレックスを見るなり、小さく手をヒラヒラ振って挨拶し、レイナは勇猛果敢な戦士の如く、凛々しい笑みで出迎えた。


 そしてナフタは――


(マルティアナからの殺気がすごいわね)


 額にでっかい冷や汗を流して、殺気を送り続ける聖剣から目を逸らす。正直ここ1番の殺気だ、並の戦士なら死を覚悟しかねないレベル。


 聖剣に表情などないため、魔力や殺気以外でマルティアナがどんな風になっているかはわからないが、もし普通の女同様の肉体を持っていたら、血走った目を限界いっぱいにかっぴらいて、ひたすらブツブツ言っているようなイメージだ。


 そこら辺のホラーより、よっぽどホラーしてる聖剣だ。

 ただしナフタとて只者じゃない。聖剣のは良く知っている。苛烈な殺気をぐっさぐっさ刺されても眉ひとつ動かさない。


 流石大祭司だ、そこら辺の冒険者とは顔つきが違う。


「アレックス殿、怪我は大丈夫でしょうか?」

「はい、レイナさんのおかげで」

「それは良かった。やはり貴方を見張らせたのは正解でしたね」


 そこからナフタはパーティメンバーを送った経緯を語る。

 試験中に貴方に万が一がないように、予めパーティメンバーを監視に向かわせて、死に頻した場合のみ手助けを許可するといったもの。それだけ担い手の価値は重要であり、況してや強くなる前に潰されないようにしたかったが故の判断だったと。


「――ただ基本的には問題なく熟せるとは思ってました。トロル相手でもすぐ倒せると」

「ですが……」

「わかっています、魔獣化の件ですよね?」


 魔獣化したトロルとは、流石のナフタも予想していなかった。何せあの森はハイベルズの周りに張られた精霊の結界があり、闇に与する者は入れないはずなのだ。


「依頼書を出した人間を探し出しました、もしかして……アレックス殿を殺す為に仕組んだのではと」

「……見つかったんですか? 依頼人は」

「見つかりました……が、依頼を出した記憶がないと言ってました」

「は……?」


 依頼を自ら出しておいて知らないとは、一体どう言う事なのか。アレックスは良くわからなくなっていた。


「アタシが念の為、依頼人に呪いがかかってないか確認したっす。そうしたら……暗示がかかってたっす」


 ローズが鼻をフンと鳴らして答えた。

 彼女ともう1人別の魔法使いがチェックしたところ、依頼人の男にはかなり隠匿性に優れた暗示がかかっていた。どこでかけられたのか、はたまた誰がかけたのかも覚えてないらしい。

 ローズはこの時点で相手には熟練の魔法使い、もしくは魔術に優れた者が関わった事案だと理解した。


「控えめに言って痕跡ないから、これ以上は探れないっす。ただ……その暗示かけた奴が魔獣をけしかけた。そしてそいつはまだハイベルズで暗躍しているっすね」

「精霊の結界が弱まってる事も気になる、恐らく2つの問題はリンクしている」


 レイナが補足するような形で話す。

 姿のわからない何者かが、自らの命を狙っている。アレックスは人知れず険しい顔をしていると、マルティアナが擦り寄る。


『大丈夫、今度こそ私が貴方を守るから』

「……!」

『貴方が生きられるよう、私に出来る全てを捧げるわ』


 大丈夫大丈夫、幾らでも無事に生かす方法はあるとマルティアナは付け足す。


「と……まぁ黒幕らしき存在はすでに対応に向けて動いてます。今しばらくお待ちを」

「はい」

「そして……ここからが本題です」


 ナフタは真剣な表情でアレックスを見る。

 身に覚えのあったアレックスは、びくりと身体を揺らす。


「試験結果についてです」

「……!」


 アレックスの表情が曇る。

 正直あのハプニングが無ければと、何度も何度も思った。だけど起きてしまった以上は変えられない。無様な結果に終わったが、まだまだ強くなることは出来る。

 実力不足です――ときっぱり言われることを覚悟したアレックスは、深呼吸してからナフタの言葉に耳を傾けた。


「――合格です」

「はい、精進――え」

「合格です、アレックス殿」


 ナフタはサクッと合格を告げた。

 アレックスは間抜けな顔をして、ポカンと固まっていた。


「僕、全部倒せなかったですよ?」

「知ってますよ、彼女達から報告受けてますから」

「なら……なんで」

「だって貴方は1人で魔獣倒したじゃないですか」


 ナフタは優しく笑う。

 まるで聖母のようだった。


「実際にアレックス殿は魔獣と相対して理解したはずです、彼らが如何に恐ろしい存在か」

「はい……」


 ぎらつく赤い瞳、煮えたぎるような魔力。

 明らかに通常のモンスターとは一線を画す存在だった。ただ動くものを殺すためだけに、彼らは存在しているようなものだった。


「普通なら腰抜かします、同じDランクならほぼ全員逃げ出すでしょう」

「……!」

「ですが、貴方は死にかけながらも聖剣を手に取って、立ち向かった。聞きましたよ? 僕を勇者にしてくれと言ったみたいですね」

「うぐ」


 アレックスは恨めしげに、ローズ達を睨む。

 皆一斉に顔を逸らして出来もしない口笛を吹く始末。アレックスは内心、どっかでとっちめたくなっていた。


「その勇気は紛れもなく本物、私の想像以上の結果でした」

「あ、ありがとうございます……!」


 はっきりとナフタに褒められて、アレックスの顔はにやける。喜びと達成感からプルプル震えて、正直キモい顔になっていたが、ここにそんな弄りをする人はいない。ただマルティアナだけは私の担い手が見たことない表情してる、私がそんな表情を引き出したかったのにと妬いていた。

 実にクソめんどくせぇ聖剣であった。

 

「勇気に免じて、貴方を正式に聖剣部隊の任務を任せます」

「は、はい!」

「アレックス・ブレイド、貴方にディアナ様と聖剣の加護が在らんことを」


 ナフタが祈りを捧げ、ローズ達は「よっしゃ!」とアレックスに駆け寄る。よくやったなと軽めにハグをされ、また顔を赤くし、聖剣はまたドス黒い魔力を出す。微笑ましいのに何故か危うさを孕んだ珍妙な光景を、ナフタは一歩引いたところで見ていた。


(聖剣様、申し訳ございません。貴女には辛い思いをさせた)


 アレックスが城に戻ってきた際、ナフタだけはマルティアナが悲痛な泣き声を漏らしていたのを知っている。彼女は昔に苦しんだ身、また戦いに巻き込んだのはナフタとてしたくなかったのだ。


(でも……今の貴女には彼がいる)


 しかしそれでも空虚な1000年を過ごすよりはずっとマシだと思っていた。担い手を筆頭に、パーティメンバーが3人いる。不服には思うだろうが、マルティアナも依然より人間味が増してきている。これはナフタの狙い通りだった。


(任せる事しかできませんが、どうか聖剣様をお願いします……アレックス殿)


 女性陣に囲まれて、しっちゃかめっちゃかになるアレックスを見ながらナフタは思う。彼には聖剣様にとっての勇者になって欲しいな――と。



 ◇◆◇



「――ん、そうか! アレックスは上手く切り抜けたか!」


 一方でルカ団長は、ナフタではなく眼前にて佇む騎士団員からアレックスの合格発表を聞いていた。ルカの前には3人が姿勢を正した状態でおり、貴族が着るようなデザインをした団員服を着ていた。


「ですが……魔獣が近くまで来たのはかなりまずいです。叩くなら……今でしょう」


 団員の1人がハキハキとした口調で話す。

 黒い髪と浅黒い肌をした凛々しい青年だ。


「我々も結界の起点に向かい、聖剣部隊を援護すべきかと」


 茶髪のサイドテールの髪型をした女団員が、アレックス達との合流を提案する。実に理に適った意見だ、ルカは興味深そうに頷く。


「国民への避難勧告は必要でしょうか? 万が一強力な魔獣が現れた場合、被害は甚大なものになります」


 灰色の髪をした男の団員が、市民の安全性に関する意見を述べる。ここに集まった3人は、ルカ団長から実力を認められた遊撃部隊。

 彼らにはある程度自由に行動しても許されるという、特別な権限を与えられている。騎士団という規律に厳しい組織において、柔軟に対応出来るようにとルカ自らが立ち上げた部隊でもあった。


「皆の意見はわかった。ただ避難勧告はまだ発令しない。やるなら……聖剣部隊と共に精霊の結界調査を行った結果を聞いてからだ」


 そして――とルカは続ける。


「予め言っておくが、担い手はまだまだ未熟だ。君らが全力でサポートするように」

「「「はっ!」」」


 ビシッと敬礼する団員達を見て、ルカは満足げに頷く。アレックスの冒険が本格的に動こうとする中で、ルカを含めた王国側もまた問題解決に向けて、迅速な行動を開始していた。


 

 

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