夕暮れ時の月
迫田さんは、奈子と同じバイト仲間で年齢も近い。話が合うらしく奈子が非常に懐いていて、歯に衣着せぬ、でも気さくで良い人なんだけども。実のところ非常に妬ける。
俺より仲が良いんじゃないかと思うくらいで、迫田さんの家に猫達を見に何度も遊びに行っていた。
迫田さんは俺の翌年に採用になった人で、学芸員と販売ということで関わりが特に無かった。
さて、何故そんな迫田さんの説明から始まったかというと、今その迫田さんのお宅に奈子と向かっているからだ。
実家への引越前に、俺の名前は伝えていないけれど、色々と迫田さんに諸事情を話したら、相手を紹介すると約束させられたらしい。ちゃんとその人の人となりを見ないと安心出来ないと。また適当に決めたんじゃないかと。
……確かにその気持ちはわかる。
「あぁぁ、もうダメ。緊張して、心臓から何から色々、口から出てきそう」
さっきから助手席で、奈子が面白いことをブツブツ言っている。……ヤバい、今日も奈子が可愛い。
車を停めて、インターホンを鳴らして、玄関が開いた。奈子が挨拶しながら覗き込んだ。
「あの、こんにちは……」
「あー、いらっしゃい!で、お相手はー?」
あ、迫田さんが奈子の後ろにいた俺に気付いた……すっげぇ目がデカくなっていってんだが。
「っ!!!えーーー?!え?!何?!連れてきたのって、林さん?!え?!待って、ただの運転手じゃなくて?!」
おい、なかなか失礼だな。
「俺ですんません」
顔に出ていたのか、迫田さんが焦って言い訳し始めた。
「あーいやいや、そうじゃなくて!失礼しました。全然何も聞いてなかったから、本当驚いて。へー林さんなのね?!」
とりあえず中に入れてもらって、手土産のケーキを渡したら喜んでもらえた。
迫田さん宅は楕円の座卓でのんびり出来る雰囲気のリビングだ。モフモフの猫が4匹寛いでいる……ここは何だ、猫カフェか。
ケーキとコーヒーをいただき始めたら、迫田さんが喋り始めた。
「そういえば奈子ちゃんさー、林さんの顔が好きとか言ってたよね」
「「は?!」」
俺と一緒に叫んだ奈子が、突然爆弾を落とした隣にいる迫田さんの腕を勢いよく掴んだ。
「迫田さん!!ちょっと止めて本当に止めて何言ってるの?!もう恥ずかしくて限界なのに!これ以上どうしろとっ」
すげぇ早口だな。
奈子が涙目になってどんどん小さくなっていく。
何だこれ可愛いな。
「ごめんごめん!林さんで安心したから、つい」
迫田さんは豪快に笑っている。
「え、俺で安心してもらえました?」
「とっても。何も浮いた話が無いし、喋り方はそんなだけど優しい方だと聞いたことがあるし……うん、安心しました」
安心してもらえて何よりだが、俺の喋り方ってどう言われてんだろうか。
2人で喋っている間に、奈子はそっと猫の方に行って猫たちに囲まれて遊んでいる。良い光景だな。後から抱きしめたいくらいだけど、迫田さんのお宅なので出来ないのが歯がゆい。
「逃げないで戻っておいでー」
迫田さんが奈子を呼んだから、猫を一匹抱いて戻って来た。猫は奈子を見ながらニャーニャー鳴いて、嬉しそうだ。
「いつも楽しそうに遊ぶよねー。あ、ちなみにその猫オスだから」
と俺に言ってきた。オス……だと?!降ろせとも言えないし、可愛い動物にまで妬く変な人とも思われたくないし……と考えてると、迫田さんはこっちをニヤニヤ見ている。この人は多分いや確実に分かって言ってんな、視線が煩い。
奈子は歯に衣着せぬ迫田さんに懐いていて、楽しそうに話してくれるけど……奈子よりも俺よりも歳上で敵わない感じがするからか、何だか苦手だ。
「迫田さん、匡介に似てるでしょ」
帰りの車の中で、奈子が突然言い始めた。
「へ?!」
思わず間抜けな声を出してしまった。
「匡介を一枚か二枚上手にした感じがするの。歯に衣着せぬ言い方だけど、決して悪口にならないし、楽しく会話ができるの」
「あぁ悪意はない人って感じだったね」
そうそう、と言って奈子はにこにこしている。
「匡介もね」
奈子のスマホが鳴った。
「迫田さんが、また2人で来てくださいって言っ……ふふっ」
「?!何か笑った??」
奈子がニコニコ笑っている。
「何なに?!」
「ふふ、匡介、オス猫に、ふふっ、妬いてくれてたの?」
「はーーー?!は?!」
俺運転してんだけど?!
迫田さん、そんな文章送るなら、頼むから奈子が家着いたあたりに送ってくれ。
車が一台もいない田舎道の赤信号で止まったから、奈子の頭に手を回して引き寄せて軽くキスをした。
「今日今までキス出来なかったから、も一回して良いでしょうか」
奈子が吹き出した。
「ふふ、何で敬語??」
「いや何となく?」
まだ奈子が笑っている。やっぱり可愛いな。
「はい、良いですよ」
信号が変わるのも気付かずに夢中でキスをしてしまい、口を離して見てみると、また赤になっていた。何回目の赤なんだろうか……
二人で笑って、
軽くキスして、
笑いながら信号待ちした。
「はぁ、信号待ちがこんなに幸せだったとは」
「あははは、本当、知らなかった」
空には夕暮れ時の月が見える。
今日も月が綺麗だ。
昼の月が見えたら 小川かりん @karinpon
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