エピローグ

「奈子ー!!」

「はぁい」

奈子は庭の草むしりを山羊と一緒にしていた。山羊は白地に黒い斑の女の子で、名前は月子。今お婿さんを迎えるかどうか検討中。

奈子は汗を拭って、匡介の方へ向かった。その後を月子が付いて来る。

「どうしたの?」

奈子が小屋を覗くと、匡介が面白いことになっていた。

「やべえの。ちょっと助けて」

雑草の草刈りをしていたら、オナモミだらけになって取り切れなくなっている匡介がいた。

「大丈夫?!あははっ、何これ、こんなに付くものなんだね?!」

二人で笑いながら取っていった。全て取り終わりそうな時に、匡介は奈子に軽くキスをして、奈子も匡介にし返した。

隣で月子は雑草を食べている。

「やべえな、幸せ過ぎる」

「ふふ、本当だね」



匡介は早期退職をして、二人で自然豊かな場所へ移住した。周りに見える家は数軒だ。匡介は独身貴族でお金を使っていなかったため、どんと家まで建ててもまだ有り余るくらいらしく、奈子は在宅で出来る範囲で少し仕事をして、二人の理想の暮らしを少しずつ実現させている。

畑を作って、ほぼ放置の無農薬で自由栽培だが、なかなか美味しい野菜が出来る。

雑草は月子の担当だけれど、一匹で全ては無理なので、少し匡介が刈っていた。奈子は月子のお婿さんが欲しいが、オスは気性が荒いので、匡介はお友だちのメスで良いと言っている。

奈子の周りにオスを置きたくないという匡介の我儘は、あまりにも恥ずかしくて秘密にしている。とりあえず、メスにして名付けは奈子に任せることで話は納まりそうだ。



「匡介、今日はお酒とおつまみ何にする?」

冷蔵庫を開けてチーズや何やらを見ている奈子を、匡介は後ろから抱きしめて一緒に選ぶ。もうそれだけで幸せだ。

「今日は本酒かワインか…今チーズな気分だからワインだな」

「うん、良いね。ワインは、これで良い?」

奈子が選んだワインを匡介が受け取り、チーズを皿に入れて持って行く。奈子はグラスを出して、バルコニーに運んだ。

奈子が自ら嫌いでも好きでもない家事をしようとするので、あまり家事をさせないように、匡介はつまみはそのまま食べられる物を揃えるようにしている。

1日の終わりに、バルコニーでお酒とつまみと星空を楽しむ。バルコニーはガラス張りで見晴らしが良く、虫も暑さも気にならない。


「あ、娘たち来週帰ってくるって」

奈子は飲みかけていたグラスを止めて、匡介の方を向いた。

「私の方に連絡きてないよ」

「時々、奈子ニュースを配信してるんだけど、その返事で」

「…どんな内容かすごく気になるんだけど」

絶対変なこと送ってる…疑いの眼差しで奈子は匡介を見た。

「いやいや、月子と奈子の話とか送ってるだけだから」

匡介の声が裏返ってる。

「私にも送って」

「それは…」

「見せて」

「そんな、大したもんじゃ…」

「なら見せても平気よね」

まるで浮気を疑われているような会話だ。

匡介はそっと送った内容を見せて、無に徹した。奈子はじっと見始めた。


「あ、月子」

とことこ月子が歩いて、頭突きの体勢を取っている。すると草むしりしている奈子の背中が画面に入った。月子はそのまま奈子の背中に突進して、ベシッと前に突っ込む奈子と、しまった顔で少しずつ後退りしていく月子……奈子が何かを叫んでいる。

「…匡介、これ撮ってたの?!」

「大好評っす」

「もう!!もーー!!今度からちゃんと許可を取ってください!!」

「ごめん!!ごめんって!ね、奈子」

「……」

「奈子さんっ!ごめんなさい」

匡介は奈子を後から抱きかかえるようにしてソファに座った。

「…私、今日は月子と寝るから。一人で寝て」

ワインをグビグビ飲んだ奈子は、ふんっと目を閉じた。奈子が初めて怒ったかもしれない。

「えっ、まじで?!ちょっ、それは、…寂し過ぎるんだけど」

後からぎゅっと奈子を抱きしめた。奈子は目を閉じたまま動かない。

「奈子さん、ごめんって。どうしたら許してくれる?」

少しして、奈子は目を開けた。

匡介がまだ後からぎゅっとして奈子の顔を見ている。

「雄山羊飼ってください。月子のお婿さん」

「……えっっ?!そっち?!」

「名前は、太陽ね」

「…まじかーー」

匡介はガックシと奈子の肩に顔を埋めた。





今日も良い天気。

そろそろお昼なので、作業を終わらせた奈子が歩いて匡介の方へ向かっている。

その後を、月子ともう一匹茶色い山羊が付いて行く。名前は太陽、月子のお婿さん。

あと少しで待望の赤ちゃんが生まれる予定だ。

奈子も匡介も、孫が生まれると大騒ぎしていて娘たちは呆れている。


本当の初孫もきっとそろそろ生まれるだろうし、林ファミリーはどんどん賑やかになっていく。





奈子が、昼の月を見て目を細めた。


「匡介さん、月が綺麗ですね?」


匡介は嬉しそうに笑って、奈子の手を取った。


「勿論、出会った時からずっと。死んでも離さない」



二人は笑顔で、手を繋いで歩いて行く。

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