病を発症した猫

鳥頭さんぽ

第1話

 俺が買い物から帰ってくると母さんが「お友達が部屋で待ってるわよ」と満面の笑顔で知らせてきた。

 すぐに隣の家に住む幼馴染みだとわかる。

 って、別に友達が一人ってわけじゃないぞ。

 約束もなく突然やって来る友達が一人しかいないってだけだ。


「ったく、勝手に人の部屋に上げんなよ」


 母さんのニヤニヤ顔に文句を言いつつ急いで階段を上がって自室に向かう。

 部屋のドアを開けるなり、友達が挨拶してきた。


「みゃ」


 猫だった。


「みゃ」

「……」


 こいつは俺んちの猫じゃない。

 隣に住む幼馴染みの猫だ。

 まさか、友達ってこの猫のこと言ってんじゃないよな……ん?

 猫の右前足に包帯が巻かれていた。

 昨日見たときにはピンピンしてたから、その後に怪我をしたようだ。


「お前、大丈夫か?」


 猫相手に思わず聞いてしまったが、「みゃ」と返事が来た。

 まあ、何言ってんだかわからないんだが。

 と、部屋のドアが開く音がして振り返ると幼馴染みが立っていた。


「びっくりするじゃない。いるならいるって言いなさいよ」

「いや、それ、俺のセリフだから」


 幼馴染みは文句を言いつつ、ベッドに腰を下ろす。

 すると猫がジャンプしてその膝に乗った。

 今の動きを見る限り足の怪我は大したことないようだ。


「どこにいたんだ?」

「お手洗いよ」

「ああ」


 タイミングが悪かったようだ。


「で、突然どうしたんだ?てか、そいつの怪我はどうしたんだよ?」

「あ、やっぱり気になる?」

「そりゃ気になるだろ」


 って、答えたらなんか嬉しそうに笑った。

 いやいや、ペットが怪我して喜んでどうすんだよ?


「実はね、この足が疼き出したの」

「は?」

「この子の足に封印されていた魔王が蘇ろうとしてたの」

「……」

「この子の足に封印されていた魔王が蘇ろうとしてたの」

「いや、聞こえてたよ。呆れてどう答えようか考えてたんだよ」

「それでね、今はこの包帯……聖骸布で魔王を押さえ込んでいるってわけ。でもいつ封印が解けるかわからない状態なの」

「みゃ」

「……」


 どうやら幼馴染みに中二病が発症し、それが猫に感染したみたいだ。

 で、俺はそれに巻き込まれてしまったようだ。


「そうか。頑張ってくれ」

「あなたがね」

「は?」


 幼馴染みは猫の包帯(幼馴染み曰く、聖骸布)を巻いた足を掴んでくいくい、と俺を手招きする。


『僕の魔法少年になってよ』


 顔を逸らして声色を変えてもお前が言ったのバレバレだから。


「なんでだよ?」

「喜びなさいよ。あなたはこの子のおめがねにかなったのよ。ねっ?」

「みゃ」

「いや、そこは普通、魔法少女だろ。お前の出番だ」

「いやいや。私、恥ずかしいし」

「俺はもっと恥ずかしい」

「いやいや」

「いやいやいや」

「いやいやいやいや」


 “いやいや”がエンドレスになりそうだ。

 幼馴染みは負けず嫌いなので俺が折れてやる。


「にしても腕、じゃなかった足が疼くとか魔法少女ものに出てくる妖精役?とかいろいろ混じってないか?」

「よく気付いたわね」


 そう言った後で幼馴染みは真剣な表情で言った。


「実はこの子、天使猫と悪魔猫の混血なの」

「みゃ」

「いや、そんなこと言ってんじゃねーよ。てか、なんだよその天使猫とか悪魔猫って?」


 思わず突っ込んでしまったが幼馴染みは俺の問いを無視した。


「ともかく魔法少年になってね」

「ならねーよ」

「大丈夫。服用意したから」

「は?」

「私の手作り」


 いや、どうせ手作りするならもらって嬉しいもんにしてくれよ。


「絶対嫌だね」

「お願いっ」

「……」


 くっ、惚れた弱みか、幼馴染みのにっこり笑顔に屈し、一度だけ着てやることにした。

 って……。


「これ、思いっきり魔法少女だろ?」


 スカートだし。


「えへっ」

「あっ!やっぱ自分のために作ったんだろう!?なんかきついし」

「えへっ」

「お前な……」


 そこで突然ドアが開き母さんが入ってきた。


「お茶持って……」


 母さんは俺の姿を見てフリーズした。


「ち、違うんだ!」

「……」


 ……俺は母さんに女装趣味があると思われてしまった。

 

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病を発症した猫 鳥頭さんぽ @fumian

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