チュパカブラの見えるメガネ(KAC20248用)

Tempp @ぷかぷか

第1話 めがね

 放課後、幹高みきたかが声をかけてきた。

遠町とおまち、ちょっとこれかけてみて。変なものが見えるんだ」

「変なもの?」

 そう言って幹高は俺にメガネを差し出したけど、少し躊躇した。だって今まで幹高がかけてたやつだし? 幹高にこれまで話しかけられたことないしさ。

「ほら、はやく」

「お、おう……」

 勢いに押されて思わず受け取ったものの、その細くて赤いフレームは幹高の明るい髪色にこそ似合うのであって、俺みたいなボッチでモブい黒髪が賭けたところで浮くとしか思えないっていうか。そもそも幹高と俺はクラスメイトだが、ただ席が隣だというだけだ。けれども幹高は妙に圧をかけてくる。陽キャはなんとなく苦手だ。うまく断る言葉も思い浮かばず、仕方がなく自分の紺縁のメガネを外してかけてみたら、視界がクラリとゆれた。

 ……乱視が強すぎる。

「かけたけど、なんだって?」

「変なのが見えるんだってば、二足歩行する爬虫類みたいな」

「そんなんいるかよ……」

 そうして俺は見つけた。教室の外のベランダのところに緑色の爬虫類っぽい頭部ととさかのようなトゲ。慌ててメガネをとると何も見えなくなり、再び鼻頭に引っ掛けるとその緑の頭部が。

「や、ちょ。幹高。アレ何だよ」

「何ってわかんねぇよ。俺だってどうしていいのかわかんないからさ」

「見なきゃいいじゃん」

「だって視界に入ってくるんだぜ、ちろちろと」

 幹高はふてくされたように唇を尖らせた。

「無視すれば?」

「お前、無視できる?」


 再びかけてみれば、頭部のとさかがピョコピョコしている。無理かもしれん。

「あれが見えるのようになったのはここ1週間くらいなんだけどさ、多分チュパカブラだ」

「チュパカブラ……って南米にいるやつじゃないの?」

 UMAだった気がするからいると断言してよいのかよくわからないが。スマホでぐぐれば胡散臭い画像がたくさん出てきたけど、確かに先程の爬虫類的な頭とびょんびょんするトサカは矛盾しない。

「それでチュパカブラって血を吸うんだって。見えるってわかったら血を吸われそうな気がする」

「はい?」

 改めてみた幹高の顔色は悪かった。ペディアで調べるとたしかにそんな内容が書かれている。

「や、だってUMAだろ? 本当に血を吸うかわかんないじゃん?」

「本当だったら!? 本当だったらお前責任とれんのかよ!」

「落ち着けよ……」

 幹高は基本、明るいやつで、こんなふうに切れるのを見るのは初めてだ。どうもあのぴょこぴょこしたトサカで愉快な印象が強いが、確かに変なものが見えるというのは強いストレスになるかもしれん。

「あれは教室の中に入ってくんの?」

「いや、ベランダの外をうろついてるだけ。誰かがドア開けても入ってこない」

「じゃあ安全じゃん?」

「いや、見えてるときだとわかんないじゃんか、目があったらとか」

 目があったら? うーん。まあわからんもんはわからん。

「とにかく返すよ。乱視酷い」

「わかった」

 外せばやはり見えなくなる。眼科に行けっていう問題でもないかもしれない。

「悪かったな」

「いや、別に」

 幹高はシャツにメガネを引っ掛け、鞄を担いで教室を出ていく。

 一体何だったんだ? そう思いながら俺も帰路についた。


 翌朝、登校すると幹高は緑の細いフレームのメガネをしていた。それがなんとなく気になった。そしてベランダに目を向けると、ピコピコととさかが動いているのが見えてギョッとした。

「幹高、俺にも見えるようになったんだけど」

「え、そ、そうなのか?」

 幹高は不自然に目をそらし、わかりやすく挙動不審だ。

「や、お前気にしなさそうだったし?」

 気にしなさそうだったし? その言葉からわかるのは、幹高が俺が見えるようになることがわかってたってことだ。

「あ、あの、本当にごめん。俺はもう限界で」

 幹高は俺を拝みながら上目遣いで見る。いや、限界そうではあったけど。

「お前も嫌になったらメガネ他のやつにかけさせて、そのメガネかけずに新しいメガネに変えたら見えなくなるからさ」

「俺が?」

「そうそう、誰かいるだろ?」

 ボッチなのに?

 そう思っていると、幹高は教室を出ていって、その日は帰ってこなかった。

 俺はといえば視界にチラチラ映る謎のぴょんぴょんに困惑しながら、入ってこないならいいんだろうかと思っている。

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