あなたが落とした色めがねは、どれですか?

蒼井シフト

ふしぎな「色めがね」のお話

 池のほとりで、僕は斧を振るい、木を切り倒していた。

 斧の握りは、滑らないように、指に合わせて波打っている。

 更に、飛んで行かないように、革紐を通して、手首に結んである。


 昔、手を滑らせたことがあった。斧はくるくる回って飛んで行き、たまたま通りかかった男の神様(ヘルメスさまと名乗られていた)に当たってしまったのだ。

 さすが神様、斧が刺さっても平気そうだった。でも。

「お前、無礼な奴だな」

 激怒した神様にむちゃくちゃ叱られた。折檻された。

 刃物を扱う時は、安全には気を付けないといけない、と身をもって学んだのだ。


 大きな木を切り倒すと、汗だくだった。

 顔を洗おうと池に屈む。

 そしてうっかり、めがねを落としてしまったのだ。


          **


 呆然としていると、突然、湖面が光り輝き、水の中から、女神さまが現れた。


 とても美しい女神さまだった。青みを帯びた銀髪が風にそよいでいる。

 (水から出てきたのに、濡れていないんだ、と後で気づいた)


 青いきれいな布を、ふわっと体に巻き付けている。

 僕はちょっと目のやり場に困った。胸元や、健康的な太ももが見えてしまうのだ。

 女の人に対して、いつも思うのだけど、見せたいのなら、すっかり見せて欲しいし、隠すならフルアーマーで完全に隠して欲しい。


 困惑しながら突っ立っていると、女神さまはにっこりと笑った。

「私は、池の女神、ユルトナと申します。

 あなたが落としたのは、この色めがねですか?」


 そう言って差し出されたのは、緑色のめがねだった。


          **


 奇妙なことに、左側しかない。

「ちょっと、着けてみていいですか?」

「どうぞ」

 緑めがねをかけると、女神さまの上に、1000という数字が浮かんで見えた。


「これは、ス〇ウターですか!?」

 きょとんとした顔をされた。

「スカ〇ターって何ですか?」

「すみません、妙なことを口走りました」


女神さまはくすくすと笑った。

「これはただの、スマートグラスですよ」

「は? すまーと? ぐらす?」

「単純な検索用の端末です」

「ええと??」

「特徴的なのは、考えただけで検索できることですね。

 テスリ財団の技術で、インプラント不要。

 装着者の脳波を読み取るブレイン・コンピュータ・インターフェースが・・・」


 僕は慌てて手を振って、ユルトナさんを遮った。

「すみません。何をおっしゃっているのか、分かりません」

 どうやら、異世界の言葉を話されていたらしい。

 異世界って、本当にあるんだな、と思った。


「とにかく。あなたが落としたのは、このめがねですか?」

「いえ。違います」

 僕は正直に答えた。


          **


 次に取り出されたのはハート形のめがねで、ピンク色だった。

 お祭りとか、浮かれた雰囲気で着ける感じ。

「それも試してみていいですか?」

「こ、これはダメです」

 ユルトナさんは、うっすら顔を赤くして、首を振った。


 なぜダメなんだろう?

「私の前ではダメです。

 これは女の子の服を」

 皆まで言わせずに、僕はめがねを奪い取ると、素早く装着した。

「うおおおおおおー!」

 絶叫した。バキっという音がして、僕は倒れた。


          **


 ぽたぽたぽた。

 鼻血が滴る音がする。僕は正座させられて、俯いていた。


 ユルトナさんのハダカに興奮して鼻血・・・そんなマンガのような展開ではない。

 めがねを奪い返した後、ユルトナさんの右ストレートが炸裂したからだ。


 だが、顔を腫らしながらも、僕の心は夏の太陽のように、燃えて輝いていた。

「ユルトナさんって、着やせするタイプだったんですね!」

「な、なんですか」

「腰回りは細いのに、出るところはしっかり・・・しかもパッドとかカップとか、邪道なものは一切、使っていない!」

 ユルトナさんは隠すように腕組みした。


「チラっとしか見えなかったんですけど。

 その・・・

 下の方も、髪と同じ、青みを帯びた銀色なんですね」

「ななな、

 なにじっくり見ているんですか!」

「見てません、じっくりは見てません!」

「もー、恥ずかしい!

 ぺしぺしぺし!」


 ちなみに、ぺしぺしぺし、はユルトナさんが口にした擬態語であって、

 実際には、正拳突きのラッシュを叩きこまれていた。

 僕は大地に沈んだ。


          **


「はぁ、はぁ」

 ユルトナさんは荒い息を整えた。

「そろそろ終わりにしましょう。

 あなたが落としたのは、この色めがねですか?」

 今度のめかねは銀色だった。鎖が巻きついたような装飾が施されている。他にも、龍みたいなのも巻き付いている。なんというか、「イタい」デザインだ。


「あの、試着し・・・」

「ダメです」

 ユルトナさんは、警戒するように後退った。そのまま水の上に立った。さすが池の女神さまである。

「これは、見た相手を緊縛することができるのです」

「なんだって!!」

 そんなものがあれば、こう、何でも出来るのでは??

 欲しい!


 だがその時、僕は悟った。

 今求められていること、それは「正直に答える」なのだと。

 正直に答えれば、自分のめがねを返してもらえて、(もしかしたら)おまけもつく。

 嘘をつけば、すべてを失うという奴だ。


「がはっ」

「ちょと、大丈夫ですか?」

 ユルトナさんが慌てて駆け寄ってきた。

 僕が、下唇を噛み切って、誘惑を振り払ったからだ。

「それは・・・それは・・・僕のめがねでは・・・ありません」

 文字通り、血を吐くように、答えた。


          **


 ユルトナさんは、衣服の中から、もう一つのめがねを取り出した。

 何の変哲もない、金属フレーム。僕のめがねだ。

「あなたが落としたのは、このめがねですか?」

「はい」

「そうですか・・・」

 ユルトナさんは、「なんかつまらないな」という顔をした。

 僕が色めがねに対して、「それが僕のです!」と言うと思っていたのだろう。

 そうしたら「この嘘つき!」とか言うつもりだったに違いない。

 当てが外れて、つまらないと思っているようだ。


「しょうじきなわかものよ、えらいです。

 ごほうびに、このめがねもあげましょう」


 全く感情のこもらない声で、棒読みするようにセリフを述べると、4つのめがねを渡してくれた。

「じゃあ、用事は済んだので、私はこれで」

 そう言って、池の中に去ろうとする。


          **


「ちょっと待ってください!」

 僕は叫んだ。

 まず、緑のめがねをかける。

 ユルトナさんには1000と表示されている。

 それから、水面に映る自分の姿を見た。2000だった。意外と高い。そうか、斧を持っているからな。


 つぎに、銀のめがねを重ねて装着した。

 ユルトナさんの体が硬直する。

「ちょっと! 何をするんですか!

 自分がどんなおマヌケな姿か分かっているの!?」

「この際だから、見た目はがまんします」

「わー、その緊縛は、長くは持たないんですよ。ボコボコにしますよ」


 確かに、このままでは、僕は池の魚の餌になってしまうだろう。

 でも、さっきちょっと見た時に、気づいたのだ。この展開を打開する方法を。


 更に重ねて、ピンクのめがねをかけた。

 おオマケを通り越して、もう不審者だ。


 ユルトナさんの裸身の上に、赤いマークが輝いていた。

「この赤いマーク、ユルトナさんの弱点ですね??」

「はぅっ!?」

「しかも、どう攻略すればいいか、フキダシで説明されてます」

「わー、やっぱりじっくり見ていたのね!

 このスケベ! ムッツリ!」

「行きますよ!」

「きゃー、待って待って、あー、あああああ!」


          ♥️♥️**


 こうして、ユルトナさんを仲間に加えた僕は、木こりをやめて、街で商売をすることにした。


 色めがねは、一つひとつでは頼りない。

 でも、組み合わせて使うと効果絶大で、「仲良くなれる」のだった。


 最初は、エルトナさんや、少数の冒険者に助けてもらい、ダンジョン攻略で開業資金を貯めた。

 それから、初心者向けのギルドを立ち上げた。

 他のギルドから引き抜いた、優秀な女性スタッフが、ダンジョン攻略のチュートリアル(有料)を作成したり、剣術や魔法のレクチャー(有償)を提供してくれた。

 さらに装備資金の支援(融資)も行った。

 冒険者たちから感謝された。お金も集まった。


 並行して、冒険者向けのレストランや、宿屋も開業した。仲良くなったお姉さんたちに手伝ってもらったら、とても繁盛した。


          **


 館の自室で、グラスを傾けながら、自分の半生を振り返る。

 こうして、小売・教育・宿泊業から武器製造、警備警護、傭兵派遣といった複合産業コングロマリットを育てた訳だけど。

 やっぱり「正直」が大事なんだと思う。

 ・・・自分の欲望に、正直になることが。


「おかわり、いりますか?」

 ユルトナさんが、ボトルを手に取って、尋ねてきた。

「いただきます」

「美味しいですよね」

 ユルトナさんは、ランプの明かりで、ラベルを見た。



「このぶどうジュース」



 僕はため息をついて、ベッドに倒れこむと、ジタバタと七転八倒した。

「あー、あぁ、早く18歳になりたい!

 早く、制限解除になってくれ~」

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