鯖江出身の僕と彼女の物語

@tataneko

鯖江出身の僕と彼女の物語

僕はずっと理由が知りたかった。彼女の本音を聞いてみたかった。


僕は福井県鯖江市で生まれて、すぐに上京してきた。

東京は、のんびりとした田舎とは違って、街も、行き交う人たちも洗練されていて、店長とお客様の会話を聞いているだけでも緊張した。


もちろん東京でも活躍できる自信が僕にはあった。店長も誇らしげに、鯖江出身の僕を何度もお客様に紹介してくれた。


明るい雰囲気の店には、お母さんと初めてのめがねを選ぶ小学生や、偏光サングラスを買いに来たマラソンランナー、使い込んだめがねの修理を依頼するお年寄りなど、さまざまなお客様がやってくる。


「すごい、はっきり見える!」

「とっても軽くて、まるでかけてないみたいだ!」

「えっ、新品みたいにキレイになってる」


店内にはときどきお客様の感動する声が響き渡る。僕は、その感動して上ずった声を聞くと、とても嬉しくなってしまう。


ある日、リクルートスーツを着た若い女性が店に入ってきた。少し疲れているように見える。店長は来店したその女性に気づいたが、あえて声はかけなかった。昔ながらの接客は、若い人は嫌がるんだよね、と以前、常連客に話していたのを聞いたことがある。


彼女は黙ったまま、いくつかのめがねを手に取って値札を見たり、試しにかけてみて、鏡に映った彼女自身をまじまじと見つめたりしていた。


店内をぐるっと一巡りして、彼女は僕の目の前で立ち止まった。僕はドキドキして、より一層緊張した。彼女は僕を手に取ると、値札を確認してから、スッとかけた。そして、鏡に映して彼女と僕との相性を判断しているようだった。


「鯖江のめがね、とてもお似合いですよ」店長が声をかけた。僕は彼女が驚いているのを感じていた。彼女はすぐにめがねを外して「これをください」と小さな声を発した。


「レンズはどのようなものに致しましょうか?」と店長が尋ねると、

「レンズはいりません」と彼女は答えた。

今度は店長が少し驚いていたが、彼女は会計を済ませて、ケースに入った僕をカバンの中にしまい込んだ。


彼女が何のために僕を購入したのか、僕にはまったくわからなかった。せめて、ブルーライトカットのレンズでも入れてくれれば、僕が果たすべき役割というものがわかる。でも、今の僕には何の機能もない。


それから彼女は毎日のように、さまざまな会社を訪問して、自己紹介やガクチカと呼ばれる学生時代に力を入れて取り組んだことなどを一生懸命に話していた。


彼女は会場で名前を呼ばれると、深呼吸してから、何の機能もない僕をかけて部屋に入って行く。話が終わって部屋を出ると、僕をケースに入れてカバンにしまい込む。僕との相性がいいのか、彼女は普段より自信を持って話しているように感じた。


数週間後、彼女は友だちとお祝いをしているようだった。「乾杯!」という彼女の声は、いつもより上ずっていて、とても嬉しそうだった。


彼女はケースに入った僕を持ち上げて、「これが面接必勝アイテムなのよ」と友だちに自慢気にいった。

「どういうこと?」と友だちが不思議そうに聞き返した。


「面接で緊張して、就活がうまくいってなかったけど、めがねをかけて、私はどの会社も欲しがる優秀な学生なんだってスイッチを入れるの。そうすると優秀な学生を演じているみたいで、面接で緊張しなくなったの。この鯖江のめがねで第一志望の会社に内定が決まったのよ」


僕はようやく彼女の本音が聞けて、僕を購入した理由を知ることができた。彼女のご機嫌な上ずった声を聞いて、とても嬉しかった。でも、僕は役割を終えてしまった。この先、僕が活躍する機会はあるのだろうか。

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