レンズ越しの才能
サトウ・レン
見えてしまった才能。
これは俺が高校の頃の話だ。
いまではもう全然書かなくなってしまったけど、あの頃、小説を書いてたんだ。意外だろ。当時、カクヨムっていう小説の投稿サイトがあってさ。いやもちろん、いまもあるんだろうけど。
あの頃の俺の小説は全然読まれてなかった。流行りじゃないとか、そういうのも、もちろんあるんだけど、純粋に文章も稚拙だったし、一部のひとから高く評価されるなんてこともなかった。同じ時期に一緒にはじめた友達がいるんだけど、そいつのほうが読まれてたし、評価もされていて、顔にも口にも出さなかったけど、やっぱり嫉妬はしてたかな。
自分より才能のある人間全員が羨ましくて、のどから手が出るほど才能が欲しくて、「俺には才能がない。だから、どれだけ努力しても駄目なんだ」って鬱屈とした感情を抱える日々だった。
そんな時、俺はとあるメガネを手に入れたんだ。
高校の修学旅行の日だった。俺たちの修学旅行先は京都で、グループで行動してたんだけど、その時、グループの奴らとはぐれちゃってな。探している時に、苦しそうにしているおばあさんを見掛けたんだ。無視しようかな、って一瞬思ったけど、そんなことすると後で、すごく悔やみそうな気がして、
「大丈夫ですか?」
って声を掛けたんだ。そのおばあさんは、「あぁ大丈夫、大丈夫」って言ってくれたんだけど、その、大丈夫、が、全然大丈夫そうじゃなくて。背負って、おばあさんの家まで行くことになったんだ。おばあさんが住んでいたのは、あんまり綺麗とは言えないアパートの一階だった。
「ゆっくりしていきなよ」
と部屋に入るように言われたが、俺は正直、どうしても入りたくなくて、断った。すると、じゃあせめてものお礼だよ、って言って、俺にメガネを手渡してくれたんだ。元々俺がかけていたものに似た、黒縁のメガネだ。
「これは?」
「あんた、小説書いてるだろ」
「な、なんでそれを」
驚いて、変な声が出てしまった。俺は小説の話なんて一度もしていないのに。
「私はなんでも知ってるんだ。まぁ試しにかけてみなよ」
かけてみると、おばあさんの頭の上に、【50】という数字が浮かんでた。
「50……」
「うん。私の『創作』の才能は、50。ちょうど真ん中ってところだね。私にとっては、重要な才能ではないから、あってもなくても、どっちでもいいんだけど、ね。そのメガネをあげるよ。才能の数値を可視化できるメガネさ。どう使うかも、信じるかどうかも、あんたの自由だ。……ただ鏡は見ないほうが良いかもしれないね」
するとおばあさんもアパートも急に消えてしまって、びっくりしたよ。はじめからそのおばあさんは存在しなかったかのように、俺はおばあさんと出会った場所にいたんだ。呆然としてそこに佇んでいると、グループの奴らが探しに来てくれた。彼らを見て、俺、あっ、と声を上げそうになったよ。
【20】【38】【55】【70】
みたいに、頭の上に、数字が浮かんでるんだ。つまり俺がかけているのは、さっきおばあさんに貰ったメガネってことになる。ポケットを確認すると、メガネが入ってた。元々、自分が使ってたほうのメガネだろう。
もちろん嘘の可能性はある。だけど数値が浮かんでいるのは事実で、わざわざおばあさんが嘘をつく理由もない。だから、これは本物かもしれない、という気持ちに傾いていた。
そうなってくると気になるのは、俺と一緒にカクヨムで活動していた友人のことだ。あいつの数値はどれだけなんだ、ってな。
夜、ホテルのあいつの泊まってる部屋を訪ねて、さ。あいつは別のクラスだったから、そのタイミングまで会える機会がなかった。それまでに色んなひとの数値を見たけど、最高で【70】で、大体は【40】~【50】だった。
あいつと顔を合わせて、思わず、
「あっ」
って声を上げてしまったんだ。
「どうしたんだよ。化け物でも見たみたいな」
ってあいつが笑ってたけど、俺は本当に化け物を見た気分になってたんだ。
【90】
やっぱりこのメガネは本物だ、と確信した瞬間でもあった。だってあいつの才能は本物だ、って悔しいけど、俺は思ってたから。
そうなると気になってくるのは、俺自身の才能だよ。
おばあさんには、見るな、って言われたけど、俺は見ることにしたんだ。
鏡を。
俺の才能は、いくつだったと思う?
【100】
羨ましいか。羨ましいよな。俺も最初は嬉しかったよ。最初だけは。でもすぐに地獄だって気付いた。
才能があると分かって、俺は努力した。才能があるんだから、努力すれば絶対に成功するはずだ、って。
だけど、どれだけ書いても、誰からも、自分でさえも評価できないものが積み上がっていくばかりだった。努力しているはずなのに。すると自分の中の自分が、『努力が足りない』と責め立ててくるんだ。できるはずなのにできないのは、甘えだ、ってな。まるでブラック企業の体育会系の上司に攻撃されているような気分だ。
才能が、ある、となってしまった時、俺は才能という逃げ道を失ってしまったんだ。
だったらあいつはどれだけ努力したんだろうな。あいつはいまじゃお前も知っている有名なプロの作家だ。あいつより才能があったはずの俺は、自分なりに必死に努力したはずなのに、な。いまじゃ、一文字も書くことのない人生だ。
なんで、お前にこんな話をした、と思う?
捨てたはずだったのに、な。そのメガネ。
お前も、あのおばあさんに会ったんじゃないか?
父親として、俺から言えることがあるとすれば、
絶対に鏡なんて見ないほうがいいぞ。才能なんてあるかないか分からないくらいで、ちょうどいいんだ。
レンズ越しの才能 サトウ・レン @ryose
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます