KAC20248「シン・アルティマズィーベン製作委員会-1(仮)」
地崎守 晶
シン・アルティマズィーベン製作委員会-1(仮)
『シン・アルティマズィーベン製作委員会』
ホワイトボードに大書された仰々しいタイトルに反して、私立泊木大学映像研究会の部室を満たす空気は冷え冷えとしたものだった。
「今こそ!
シン・アルティマアインの大ヒットで世間の注目が往年の角山特撮作品に集まっている今こそが、我ら私立泊木大学映像研究会が、どこよりも誰よりも先にこの日本特撮作品における金字塔をリブートすべきなのだ!!
そのため必要なのは、最終話史上最大の進撃のスバルとリリィのシーンを演じられる俳優!
アルティマズィーベンと怪獣の巨大特撮をかなえる着ぐるみとジオラマ!
そして諸君の熱意!」
白けた顔のオーディエンスとの温度差をものともせず、熱すぎて空回りしているプレゼンを打つ、野暮ったい大きな眼鏡の奥で瞳を輝かせる男が一人。名前を安野壌と言う。三回生だが、二回留年している。
いらすとやの、「眼鏡をかけて光輝く男性」がデカデカと印刷された企画書を前にした他の部員の内心を代弁すると、こうだ。
『また、アンノジョー監督が無茶なことを……』
いつも無謀で無茶な作品を企画しては問題を起こすため、名前にかけて「案の定」またやらかした、という意味を込めたあだ名で呼ばれているのだ。
「けどどうするんですか。アンノジョーの言うレベルの演技が出来る部員はみんな他の作品に取られてますよ」
「それにジオラマでこんなに火薬を使うなんて大学側から許可降りないんじゃないの?
アンノジョー監督、去年のボヤ騒ぎ忘れたとは言わないよね?」
「う、それは……それは申し訳ないと思っている。しかし……ボクは失敗からは学ぶ男だ!!
同じ失敗は繰返さない!
だからみんなついてきてくれ!!」
鋭い指摘にたじろぐも、再び暑苦しく語るアンノジョー。部員たちのため息が机に重く積み重なる。
「そうなのよね……失敗の繰返しはしないわコイツは……毎回新しいやらかしを重ねてくるのよね……リアリティー重視だ!って本物の蛇を持ってくるとか」
「ホント、毎度毎度新鮮なスリルを感じさせてくれるよね……乱闘の演技支持に熱が入った結果女優にラッキースケベかましてぶん殴られたり」
「そのせいで8割方撮り終わってた俺の作品の入ったカメラが……うっ頭が……」
「毎年やらかすせいで学園祭の申請が大変なんだよね……今年は来ないでくれって泣かれたもん」
沈痛な面持ちの彼らの彼らを癒すように、芳しい珈琲の香りが鼻をくすぐる。
「まあまあみんな、ジョーくんも今度は本当に好きなものを撮るためにがんばってるから、力を貸してあげて?」
ニコニコと微笑みながら、豆から淹れた珈琲を一人ひとりに振る舞う。マグカップを並べる白魚のような指先と、緩やかにウェーブのかかったブラウンの髪から漂う香水。
馬道美妃。
彼女は部員たちの憧れの的であり、大学の広報誌の表紙を飾ったこともある美人であり、かつて出演したサークルの映像作品ではプロ顔負けの演技力で華を添え、彼女目当てに入部する新入生も多い。まさにマドンナである。
「馬道先輩が、そういうなら……」
「まあ、なんやかんやでアンノジョーにしかない独創性といか、そういうのがあるし……」
彼女のふわりとした柔らかい笑顔に見とれ、彼女手ずから淹れた珈琲で弱音と不満を飲み込み、皆手の平を返して企画に乗り気であるかのように振る舞う。
玉に瑕、とは良く言ったものだが、憧れのマドンナがこともあろうかアンノジョーに対して「ダメンズ好き」に目覚め、演技から離れ彼の専属マネージャーのように振る舞っている。それは映像研にとって残念であることこの上なかった。アンノジョーのためならと甲斐甲斐しく世話を焼き、疎まれがちな彼と他の部員を取り持つ姿に、皆心の中でハンカチを噛みちぎらんばかりだった。
眼鏡を輝かせるアンノジョーを嬉しそうに見つめる元マドンナ。その細めらた目をおおうものを見て、彼らは何度めかわからない嘆きを胸のうちで感じていた。
(そのアンノジョーとお揃いの眼鏡……似合わない……)
そんなに好きになったのか、と。
KAC20248「シン・アルティマズィーベン製作委員会-1(仮)」 地崎守 晶 @kararu11
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