めがね

月狐-つきのきつね-

第1話

 とある山あいの私立の研究所で、様々な発明がなされていた。研究員の数は少なかったものの、研究の質は高く、それなりの成果を得て運営されていた。

 周りの山々は四季を映し出し、春や夏には青々として美しく、秋には色付く。そんな自然の中に建つコンクリート製の建物は、やや殺風景で場違いな印象を受ける。


「助手君。朝渡した書類にはサインしてくれたかね?」


「あ、はい博士。これは保険の書類でしょうか。最近面倒な手続きが増えましたね」


「うむ。研究所の負担で、研究員の保険に入る制度ができたからね。まあ、加入して損のあるものでもないし、職員にとっても、研究所にとっても良い制度だと思うね」


 保険は研究中に起こった事故で破損した研究施設や研究者の怪我を補償するもののようだった。助手には身寄りがなかったので受取人は自分自身と博士にしてある。


「そうだ博士、新しく完成しためがねの試作品を試してみてもいいですか」


「いいとも。そっちのキャビネットに入っているよ。壊すなよ」


 新しく出来た発明品。試作品ではあるが、機能は完成されている。そのめがねは一年後の未来の風景を見せてくれる。


 めがねを掛けて、スイッチを入れる。低い唸り声のような音と共にレンズの中の風景が変わっていく。


「あれ?博士、昨日と大きく風景が変わっていますよ?」

「どうした。どう変わっているんだ」


「ものすごく広くなっています!研究所が綺麗になって……。うわ!すごい!コンピューター類が全て刷新されてます!あれ?壁に僕の大きい写真が飾ってありますよ?何かの研究成果が認められたんでしょうか」


 興奮気味に話す助手に博士が怪訝な表情を向ける。


「確かにこのめがねが世に出ればこの研究所は潤うだろうが……、助手君の写真?」


「スポーツ新聞を見れば一年後の競馬の着順も見れますし、世に出す必要もないかも知れません」


 そう言いながら鏡を見るとそこには助手の姿は無く、ただめがねだけが浮いていた。

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