グループ最年少でセンター、完璧アイドルの裏の顔

月影澪央

第1話

「あ……今日撮影だよね……?」

「うん。そうだけど」

「眼鏡忘れた。ちょっと待ってて」


 家を出たところで、僕はルームメイトの涼羽りょうを引き止めて、忘れ物を取りに帰った。


 忘れたものは眼鏡。といっても、別に僕は目が悪いわけではない。ただキャラ作りのために眼鏡をしている。いや、しないといけないことになった。



  ◇  ◇  ◇



 それは、約半年前のことだった。


 僕は小さな事務所のアイドルグループ、『crown』に所属するアイドルだった。名前は伊織いおりしゅん。ちなみに本名。


 グループのメンバーは、元々地下アイドルであと一歩足りないまま解散して行く先が無かったアイドルが三人と、マネージャーの弟でもある涼羽、そして僕の五人。


 僕たちのグループでは、ネットに上げるコンテンツをかなり重視していて、その時も撮影だとは聞いていた。


 だがどうにもやる気が出ず、僕は家でギリギリまでゲームをしていた。そして時間になると、涼羽が僕を連れ出して、無理矢理にでも撮影のスタジオまで連れて行ってくれていた。その時はそれが当たり前だった。


 その日も同じように涼羽に引っ張られて、スタジオに向かった。直前までパソコンでゲームをしていたので、ブルーライトカットみたいな効果がある眼鏡をつけたままだった。


 僕は普段からかなり長い時間ゲームをしている。眼鏡はそれを見かねた涼羽が誕生日にくれたものだった。それからゲームをする時はつけていて、なんだかんだ気に入って馴染んでもいたので、僕はつけたままスタジオに向かった。


 電車に乗ってスタジオに着くと、扉を開けた瞬間から他のメンバーがカメラを構えていた。


「おはよー、瞬、涼羽」


 まずはカメラを持っていた悠輝はるきがそう声をかけてくる。


 悠輝はピンクっぽいベージュ色の明るい髪色が特徴的で、明るくて盛り上げ上手な陽キャ。こういう企画はまず悠輝の第一声から始まることが多い。


「お、おはよう。カメラ回ってるの? それ」


 すかさず涼羽がそう尋ねる。


「回ってますよ涼羽さん」

「えー、どういう企画なんですか」

「突然ですが、私服公開企画ぅーっ」


 悠輝のタイトルコール、そして他の四人で盛り上げる。これはいつもの流れだ。


 とりあえず動画を回すなら眼鏡が無い方がいいかと思って、僕は眼鏡に手をかける。


「あーっ、外しちゃダメだよ眼鏡」


 見逃さずにそう止めて来たのは彩翔あやとだった。


 彩翔はショタっぽい可愛さもありつつ、結構な頻度で毒を吐くのでその感じが意外と人気になっていた。そういうキャラになったのはある意味事故だったらしいけど。


「瞬の眼鏡初めて見た」

「やっぱ元がいいから似合うねぇー」


 悠輝と彩翔はそう言って褒める。


 その後は、僕と涼羽の私服を悠輝、彩翔、そして颯翼そうすけの三人で褒めたりして一本の動画の撮影が終わった。


「やっぱ眼鏡似合ってるし、自撮り上げたら?」


 撮影が終わってそう言ってきたのは、颯翼だった。


 颯翼はこの中だと一番大人っぽくて、ライブなんかではセクシーな感じも出している。高い身長も相まって、それがとてもキャラとして似合っていると僕は思う。


「えっ」

「逆に上げないの?」

「いやぁ……いつもつけてないし……」


 とは言っても、今日の私服自体が眼鏡と合っているような気もするし、僕は颯翼の助言通りに自撮りをSNSに上げた。


『初めて眼鏡で外出た』


 そう文章を添えて投稿した写真はかなりファンから好評で、たまに出る伊達メガネの破壊力はあるもんだなと理解した。でも正直何を上げても同じような反応があったとも思えるが。


 それから少しして、なぜか僕は普段から眼鏡をしていて、ライブや動画ではコンタクトをしている、ということになっていた。


 僕が何も触れなかったからなのか、話がどこからか捏造されて真実になっていた。



  ◇  ◇  ◇



 それから、僕は眼鏡を度々つけるようになった。


「眼鏡、いる?」

「キャラ付けだよ。キャラのため」

「知的キャラにでも行くの?」

「いや、それは無理だけど」


 この眼鏡が伊達メガネと知っているのは涼羽とマネージャーだけだ。だから、キャラだとは誰も思っていない。


「何でも似合うからなー、羨ましい」

「別に眼鏡してたいわけじゃないんだけど……」

「じゃあ何で?」

「今日の撮影、密着系じゃん? 私服見られるなら、そういう設定でやってる以上は必要かなって」

「本当のこと言えばいいのに」

「それはそうだけど、いつかどうせ目悪くなるだろうし」

「確かに」


 こんなにゲームばかりして、未だに眼鏡が必要ないというだけすごい方だと思う。


 そんな話をしながら、レッスンスタジオに到着した。


 スタジオの入り口にはいつもと違う取材の人がカメラを準備していた。


 今日はテレビの取材だった。若い人向けの深夜の番組で、今人気の人、物、事を取り上げる番組。今回は僕たちが取り上げられるらしい。


「お疲れ様です」「お疲れ様でーす」

「ああ、お疲れ様です。今日はよろしくお願いします」

「お願いします」「お願いしまーす」


 僕と涼羽はスタッフの人にそう挨拶する。


 それから既に来ていたマネージャーと他の三人も含めて少し打ち合わせを行い、スタジオに入るところから撮ることに決まった。打ち合わせでも眼鏡のことは言われて、しないという選択肢はなくなった。


「いきまーす、よーい、スタート」


 その合図で撮影が始まる。


 僕たちはそこでアイドルのスイッチを入れた。


 アイドルとしての僕は完璧なパフォーマンスで天才キャラ。涼羽はコミュ力は高いけど抜けている部分がある常識人。


 僕たちが一緒に暮らしていることも知らないし、僕の眼鏡のことも知らない。いつも一緒にスタジオ入りするのは涼羽が迷いやすいみたいな理由がつけられている。


 そうやって平気で嘘をついて、つき通す。そうでもしないと、求められるアイドルにはならない。こんな小さな事務所なんだから、少しでもファンが欲しい。その一心だった。


 だからキャラを演じて、演じ切る。他のアイドルがどうかは知らないけど、素を見せるやり方は最近多くて逆に飽きられる。


 そうマネージャーから言われた。もちろん言われたからではなく、理解してやっていることだ。


 そして切り替えた僕たちは、あたかも今来たかのように挨拶をしてカメラに手を振る。


「crownの伊織瞬です。お願いします」

「同じくcrownの一色いっしき涼羽でーす」


 僕たちはそう言って二人セットでスタジオに入った。

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