猫と話せるめがねを手に入れた

猫野 ジム

猫と話せるめがね

 俺は『猫と話せるようになるめがね』を手に入れた。どうやって手に入れたか? それは今朝のことだった。


 俺は突如として知らない場所へと移動していた。明らかに異世界召喚というやつだった。

 しかし、俺を見るなり「あ、すまん間違えた」という声が聞こえてきて、「これはお詫びです。猫と話せるめがねです」と、ワケの分からんめがねを顔にかけられた。


 そしてまた俺の部屋へと戻って来た。おそらく1分も経っていないだろう。俺はただの高校3年生だぞ。勇者なわけがないだろう。

 だけど、一瞬で移動したことは事実。夢ではない。『猫と話せるようになるめがね』というのも嘘ではないのかもしれない。


 うちには飼い猫がいる。トラ猫で2歳のオスだ。人間でいえば20代前半くらいらしい。子猫の時に知り合いから譲り受け、家族として迎え入れることになったのだった。


 名前は『キリ』。由来は、顔つきがキリッと凛々りりしかったから。シュッとしたイケメンに育ったと俺は思う。


 ただ若いからなのか、少しイタズラ好きな一面がある。俺が菓子パンを食べていると、テーブルに登って猫パンチで菓子パンを弾き飛ばしてくるのだ。

 パンをくれくれアピールだろうけど、人間の食べ物を与えるわけにはいかない。


 他にも俺が着ている服でツメ研ぎをしようとしたりする。ツメ研ぎグッズが近くにあるのにも関わらずだ。

 猫からすればイタズラなんかじゃないんだろうけど、かわいいから良し。


 さあ、めがねを試してみるか。果たしてキリはどんな話し方をするのか。キリがドライフード(通称カリカリ)を食べている場面で想定してみよう。



想定①


「今日のご飯は何かニャー。あっ! これはボクの好きなお魚ミックスだニャ! いろんな味が楽しめて全部おいしいから、なんだかお得な気がするんだニャ」


(うん、これはかわいいな!)


想定②


「本日のディナーは何でしょうか。 おや? これは私の好物お魚ミックスですね。ミックスというだけあって様々な味が楽しめます。食事を楽しいものにしようとする努力が垣間見えますね。

 欲を言えば、配合が異なるバージョンも同封しておいてほしかったですね。新製品に期待するとしましょう」


(嫌ではないけどなんだか可愛げが無いな)


想定③


「今日のメシは何だろうな。 おっ! お魚ミックスか。やっべ、俺の好物じゃん! ミックスってマジ半端ねえな! 他の味なんていらねーじゃん!」


(……なんか嫌だ)



そして俺はめがねをかけた。視力は良いからめがねをかけたのは初めてだ。

 鏡を見てみると、黒縁めがねをかけた俺は別人みたいで不思議な感覚だった。

 レンズはきちんと入っているようだけど見え方に変化は全く無く、そこが不思議といえば不思議なのかもしれない。


 今は両親が出かけているので、俺がご飯係だ。俺はカリカリのお魚ミックス味を用意して、キリを呼んだ。


「キリ、ご飯だからおいで」


 するとキリはトコトコと小走りでエサ入れの前でスタンバイした。いつもここでニャーと鳴くんだよな。


「ほら、今日はお魚ミックスだぞー」


 それを見たキリは口を開いた。


「やっべ、お魚ミックスじゃん! マジラッキーじゃね?」


(まさかの想定③! なんか嫌だ!)


 そしてキリはこうも言った。


「てか、あんた誰? ご主人じゃないっしょ」


(俺だと認識すらされてない!? めがねをかけてるだけなのに!)


 めがねをかけているだけで俺だと認識されなくなるなんて、今までの2年間は何だったんだろうか。


「キリ、俺だよ。いつも頬をスリスリして来るじゃないか」


「——ごめんニャ。ちょっとイタズラしてみたんだニャ。ちゃんと分かってるんだニャ」


 試しにめがねを外してみると、キリはもの凄くノドをゴロゴロ鳴らしていた。


 そしてご飯を食べだしたので再びめがねをかけてみると、


「美味しいニャー。お魚ミックス最高ニャ」と言いながらガツガツ食べている。どうやら喜んでくれたようだ。


 飼い猫と話す。確かに夢のような話だけど、このめがねは使わないでおこう。


 言葉を交わせなくてもコミュニケーションを取ることはできる。ニャーニャー言いながらすり寄って来る姿を見たり、ノドをゴロゴロ鳴らしているところを聞くだけで俺は満足だ。


 結論、猫はかわいい。

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