栗原眼鏡店の定期報告

ナナシマイ

どピンクの色眼鏡

 どうも。おかげさまで売上は順調ですよ。

 ええ、まあ。彼女が店を手伝ってくれたもんで。色眼鏡にハマったみたいで、僕も色々勉強になって。いや、まあ、それもそうなんですけど。どちらかといえば、ものの見かた的なやつですね。なんというか、お客さんの欲しがるものを提供するだけじゃ駄目なんだなって、気づいたんですよ。こちらからもバンバン提案していかないと。

 いつだったか、彼女に「はぁきゅんの色眼鏡になりたぁい」と言われたのが始まりでした。あ、「はぁきゅん」というのは僕のことです、はい。いえお恥ずかしい。

 でなんだろうそのおねだり可愛いなと思っていたら背中にどんっと被さってきて。まぁおんぶです、おんぶ。わりと締めつけるタイプのやつなんで、ぐえっとはなりましたけどね。落とすよりマシってもんです。

 そうそう、これがそのとき掛けていた眼鏡です。記念にとっておきました。お、よく気がつきましたね。その手垢は彼女のですよ。両手でそれぞれ輪っかを作って、眼鏡の上に色眼鏡をつけてくれたんです。いえ全然。眼を締めつけられるくらいなら、意外と「ぐえっ」くらいで済みますよ。

 どちらかというと大変なのはお客さんが来てからです。接客中こそ色眼鏡を張り切るんで、僕みたいに貧弱な体格だとすぐヘロヘロになっちゃいまして。「頑張れはぁきゅん!」って彼女の応援がなければ途中で接客を投げ出していたかもしれません。

 そう、で、肝心の色眼鏡の話がまだでしたね。

 これは会話を再現しておきましょうか。

「はぁきゅんはぁきゅん」

「なあに、ゆめにゃん」あ、ゆめにゃんっていうのは彼女です。

「この人ねぇ、好きな子の眼鏡を舐めちゃうよ。しかもレンズじゃなくてぇ、耳にかけるところ!」

「それはたいへんだ。他人の眼鏡を舐めるたびに自分の耳の味を感じられるよう、眼鏡を調整しておこう」

「あとこのおじさんは転売ヤーだぁ。はぁきゅんの調整したレンズを転売するとか許せん」

「許せん。転売で儲けたお金はゆめにゃんに入るようにしようね」

「この女きらぁい」

「僕も嫌ぁい」

「あ、今の親子は詐欺グループの幹部ぅ」

「うちの商品にはGPSチップが入ってるから大丈夫だよ」

 まあ、こんな感じです。いえお恥ずかしい。

 ただ彼女の色眼鏡モードが思ったより長く続きまして。ほら、さっきも言いましたが僕ってば体力ないので。なかなか厳しいんですね。体力的に・・・・。いえ、強調したとかではなく。

 情けないなぁと思いながら、とりあえず聞いてみたんですよ。「ゆめにゃんはそんなに僕の色眼鏡になりたいのかな?」って。

 もちろん肯定が返ってきましたよ。そりゃあもう全身で飛び跳ねられてぐぎゃんってなるくらいに。可愛いですよね。で、すぐ色眼鏡にしてあげました。やっぱり大事な彼女のおねだりですし、叶えてあげたいじゃないですか。

 月並みな感想ですけど、やっぱり色眼鏡をかけると世界が色づいたって感じしますよ。なんといってもゆめにゃんそのものの色ですから。

 今まで見えなかった景色だなって。ええ。彼女には感謝しかありません。

 え? ああそれ、売り物じゃないんです。彼女のやつなんで。掛けるとぐぎゃってなるんで、たまにしか掛けてなくて。眼鏡屋の店主が目ん玉飛び出てるとか、嫌でしょう。

 とにかく、それから色眼鏡を作ることも増えまして、まあ人気ですね。故人を偲べるとかいうのもあるらしいですし。バズったっぽいですよ。そのあたりは最近手伝ってくれてる人に任せてるんで、よくわかりませんけど。

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