確証は

異端者

『確証は』本文

「あなたには、ある女性からの通報で性的暴行の容疑が掛かっています」

「誰からです、それは?」

「被害者のプライバシーの関係上、お教えできません!」

 丁寧だが有無を言わさぬ口調だった。

 眼鏡にスーツ姿の私は警察官に連れられて、取調室に居た。

 どうしてこんなことになったのかと自問したが、答えは出なかった。

「被害者は日曜日の晩に、無理矢理公衆トイレに連れ込まれて暴行されたと言っています」

「私でない可能性は? 別の誰かかもしれませんよ?」

 バン!

 警察官は机を叩いた。

 ゴリラでなくともドラミングするんだなあ……私は呆れた顔でそれを見ていた。

 それを私が怯えていると勘違いして調子づいたのか、警察官はまくし立てる。

「あなたに似たの男に連れ込まれるのを見たという人も居るんです! まだ、言い逃れをするんですか!?」

 眼鏡の男――私は思わず笑ってしまった。そうか。そういうことか。

「何を笑ってるんです!? あなたは自分のしたことの罪の重さを分かっていない!」

 何を正義漢ぶってるんです? そう返したくなったがぐっとこらえた。

「A子でしょう? そんなデタラメを吹き込んだのは?」

「は? デタラメ? 被害者は泣きながら訴えて来たんですよ!?」

 やれやれ、この国もここまで腐ったか。痴漢冤罪が多発していると聞いていたが、ここまで女性様優位だとは思っていなかった。女王様万歳だ。

「どうせ嘘泣きでしょう? 私が誤魔化しているというなら、被害者にもその可能性はありますよね? ……対等でしょう?」

「全然違います! あなたは犯罪者です!」

「そうまで言われるなら、もし違うのならそれなりの誠意を見せてくれますかね? ……他人を確証もなく犯罪者呼ばわりしたのですから」

「もちろんですとも!」

 警察官は威張り散らしていった。国家権力ここに在り、だ。

 私は深いため息を付いてから言った。

「良いことを教えてあげましょうか? 私はプライベートでは車の運転中以外は一切眼鏡をかけていませんよ」

「は?」

「だ~か~ら、休日には運転以外で眼鏡をかけることはないんです! 今日は仕事中に無理矢理に連れられてきたからかけていますが、日曜等の休日は外しています」

 私は平然とそう言った。

「まだそんな嘘をつくんですか!?」

 警察官は威圧的だったが、先程より少しひるんで見えた。

 私はスマホを取り出してロックを解除して机に置いた。

「嘘だと言われるのなら、今の状況を隠してプライベートの付き合いのある人間に確認すればいい……親でも友人でも構いませんよ」

 警察官は少し黙ると、じろりと私を睨んだ。

「そんなもの、事前に口裏を合わせれば……」

「眼鏡なんてピンポイントで口裏合わせなんて、普通はしませんよ。それならアリバイを作った方が有効だと、馬鹿でも分かります」

 「馬鹿でも分かる」と言った一瞬、警察官は顔をしかめた。

 沈黙。

 先にそれを破ったのは私だった。

「さ、どうします? こちらとしては、確認してもらって一向に構いませんよ」

「し、しかし……それならなぜA子さんが被害者だと……」

 とうとう被害者のことまで語りだした、か。あとは消化試合だ。

「簡単です。職場でしか私を知らず、私をおとしいれる女性……A子以外に考えられません」

 それは消去法で簡単にたどり着けた。

「それならなぜ、A子さんは……」

「さあ? サボってばかりだったのを注意したのを逆恨みでもしたんでしょうね。誤魔化して私物を経費で買おうとしたこともありましたね」

 A子はロクでもない女だった。仕事中はまともに働こうとはせずに、自分のすべきことを同僚にさせて、お茶とお菓子をむさぼってブクブクと太っていた。遅刻したり勝手に早退したりすることも度々あり、そんな勤務態度をたしなめた私を逆恨みしたのだろう。

 仕事中に警察が来たのも、わざわざ連行される様子を皆に見せつけたいからそうなるように仕組んだのだろう。

 その後、警察官は形ばかりの確認をすると私は釈放された。


 それから後が少し面倒だった。

 私が冤罪だと分かると、職場の人間は皆「やっぱり」という顔をした。

 私とA子は上司に連れられて行ったが、その先でA子が説明を求められると泣きじゃくって否定した。私は名誉毀損で訴えたいと申し出ると、会社の評判もあるからそれはやめてほしいと上司にお願いされ、渋々承諾した。

 A子はクビになった。

 後で知ったのだが、A子は他の職場でも気に入らないことがあると何度もこの手を使っていたようだ。それで解雇された男性も、何人かは元の職場に復帰できたそうだ。見たと証言していたA子の知人もなかなかに評判の悪い人物だったらしいが「自分は脅されていただけ」だと、被害者面をして答えたとか……。

 ちなみにこの経緯は、取り調べをしたあの警察官から聞いた。公的には認められないので個人としての謝罪となるが……と、深々と頭を下げ、本来なら守秘義務もあっただろうこれらの情報を教えてくれた。

 私はその対応に正直驚いた。誠意を見せろ、とは言ったが本当に謝罪してくるなんて思ってもみなかった。案外、この国の警察も捨てたものではないのかもしれない。

 今ではようやく落ち着いて、平然と仕事をしている。

 少しパソコンのディスプレイを注視し過ぎたか、目が疲れた気がして眼鏡をずり上げて目をこすった。

 まったく、こんな眼鏡一つで証言がくつがえるなんておかしな話もあったものだ。


 たかが眼鏡……されど眼鏡、か。

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