不思議なめがねと天使の行方
碧居満月
不思議なめがねと天使の行方
通りすがりに、たまたま見つけて立ち寄った魔法雑貨の店にて、 黄土色のショートヘアに、まるで人形のように美しい紫色の目をした
それは、何とも色鮮やかで、爽やかな赤いフレームのめがねだった。
普段、めがねなどかけないのだが、何故か、この時ばかりは妙に惹かれていた。
「そのめがねが、気になるかね?」
店主らしい、白髪の老人がそう、両手を後ろに組みながらも、穏やかな口調で理人に問いかけた。
なんだか怪しい雰囲気を漂わせる老人に問いかけられ、控えめに微笑んだ理人は曖昧に返答。
「ええ、まぁ……」
「それなら……このショーケースの中に入っているめがねを、君に譲ろう」
老人はそう言うと、徐にポケットから取り出した鍵で以て、ショーケースを開ける。
そして、その中で飾っていた、赤いフレームのめがねを手に取り、老人は理人に手渡した。
「お代は、いらないよ。もともと、このめがねには値段が付いていないからね」
老人はそう、にこやかにお断りを入れる。理人が、穿いているジーンズの後ろポケットから財布を取り出そうとした時のことだった。
「……では、お言葉に甘えて」
申し訳なさそうに理人は返事をすると手を伸ばし、老人からめがねを受け取る。
「そのめがねには、不思議な力が宿っておる。それは決して負の象徴ではなく、持ち主を危険から守ってくれる優れものじゃよ」
「そうなんですね……なら、このめがねを、お守り代わりにしたいと思います」
優しそうな老人からめがねを譲ってもらった理人は、気さくに微笑みながらもそう返事をすると、店を後にしたのだった。
季節は春。麗らかな陽光が降り注ぐ最中、枝を大きく伸ばし、満開の花を咲かせた桜の木の下に、喫茶グレーテルはあった。昭和のレトロな雰囲気漂う喫茶店内にて、男女三人の中学生が、四人がけの、窓際の席に着いている。
彼ら以外、利用客はいない。表のガラス戸には『営業中』のプレートがかかっている。日曜の昼下がり、この日も喫茶店を利用する客はいなかった。
「……と言うことで、店主のご老人からこのめがねを譲り受けて来たのだけど……ご老人の言う通り、不思議な力が宿っている。そんな気配が、このめがねから漂っているからね」
深刻な表情をしながら口を開いた理人の隣に座る黒髪の少年、
「それも、決して負の象徴ではなく、持ち主を危険から守ってくれる優れもの……なんだろう? もし、その人の言う通りなら、何もそんなに深く考え込む必要はないんじゃ……」
「そうだね。持ち主を守ってくれる、不思議な力が宿るめがね……けれど、それとは別に、何か問題があるような気がしてならないのだよ」
「それって……」
向かい側の、窓際の席に着く肩にかかるくらいの、栗色の髪をふたつに結わいた少女、
「持ち主を守ってくれる、不思議な力の他にも、何かがあるかもしれないってことよね。たとえば……どっかの大魔法使いが悪い魔法使いに呪いを掛けられて、めがねの姿に変えられてしまったとか」
「いや、さすがにそれはないでしょう」
ファンタスティックな美里の仮説に、苦笑した悠斗がそう、あり得ないと言いたげに否定する。と、その時。
「いらっしゃいませ」
ガラス戸に吊してあるベルの音で客が来店したことに気付き、営業スマイルを浮かべた喫茶店のマスターが、一旦作業を中断し、カウンター越しに挨拶をした。
「失礼……こちらに、
「ああ、彼らなら……ちょうど、あそこの席にいますよ」
「ありがとう」
襟足が首元まで伸びている焦げ茶色の髪に、ベージュのトレンチコートを着た男性客は、親切に教えてくれたマスターに礼を告げると足早に店の奥へと進む。
「君達が、
「そうですけど……あなたは?」
げんしゅくな雰囲気漂う、見慣れぬ男性客に、警戒心を抱いた理人がそう問いかける。
「私の名は、ウリエル。天界で、神軍を率いる軍人だ。現在、行方不明となっている仲間のミカエルを捜している。魔法使いでもある君達の活躍は、天界にも届いている……故に、君達の力を借りたい」
「……ってことだけど、どうする?」
男女三人の中学生が座る席へと赴いた軍人、ウリエルの頼み事に、それを聞いた悠斗が真顔で、理人にお伺いを立てる。
「軍人と言えど、天使からの依頼を断る理由が、現時点ではどこにもない。だから……引き受けるよ」
腕組みしながら考え込んでいた理人は、しょうがないと言いたげな表情をするとそう返事をしたのだった。
ショートカットの黒髪に、灰色のロングコートを着た青年が、喫茶『グレーテル』前に姿を見せたのは、理人がウリエルからの依頼を引き受けて間もなくしてからだった。いち早く異変に気付き、不審な目つきで悠斗が理人に注意を促す。
「おい、理人……窓の外、見てみろよ」
「あれは……魔王、シェルアじゃないか!」
「彼がなんで、ここに……?」
店内の、窓の外に目をやりながら、思わぬ人物と再会を果たした三人の中学生。しばし、彼らを見守っていたウリエルが不意に口を開く。
「……彼の事を、知っているのか?」
「ええ、まぁ……ちょっと前に、いろいろとありまして……」
そう、ウリエルに向かって、美里が言葉を濁しながらも返事をした。
「まさか、このめがねを巡って、魔界から到来したんじゃ……」
「とにかく、私が店の外に出て、彼と話を付けて来る。悠斗、長浜さんを頼んだよ」
「分かった。気を付けて行けよ」
「ありがとう。それじゃ……」
冷静沈着な雰囲気漂う表情で悠斗と会話をした後、ふと微笑んだ理人は礼を告げて店から出て行った。
精悍な表情をした理人が、店を出て行ってから、数分が経った頃。外側から振ってきた何かが、喫茶店の屋根や壁面に当たるような、ものすごい衝撃音がした。
「外で一体……何が起きているの?」
「さぁな……ただ、たった一人で店から出て行った理人が、本気でシェルアと交戦しているのかもな」
振動で店全体が揺れる最中、店の中央に集まり、右手人差し指と中指を突き立てて張った結界を支えながらも、悠斗はそう、不安がる美里に返事をした。冷静沈着な雰囲気を漂わせて。
「大魔王幹部の
手に持っている、赤いフレームのめがねをぎゅっと握りしめ、意を決した美里が、
「やっぱり私、理人さんを一人にさせられない!」
そう言って駆け出すと、店から飛び出して行った。
「美里……! ちょっ……待てって!」
「私が、行こう。君はこのまま、結界を支えていてくれ」
美里の、予期せぬ言動に、いよいよ焦った悠斗に向かって、冷静沈着に口を開くとウリエルは、美里の後を追って店から出て行った。
「理人さーん!」
「長浜さん……?」
精霊使いの魔法使いである理人は、手持ちのカードから召喚した精霊で以て、魔王シェルアと交戦。その最中に、喫茶店内にいる筈の美里が姿を見せたものだから、とても驚いたことだろう。
「来ちゃダメだ!!」
駆け寄って来る美里に向かって、理人がそう叫ぶのと同時に、武器となる剣で以て、シェルアが撃った赤い光線が、美里めがけて飛来。光線が美里に当たる寸前、無色透明な結界が発動、半円形状に広がった。
「こ、これは……どうなっているの?」
「間一髪……助かったな」
やけに冷静なその声に、ぎょっとした美里がゆっくりと振り向くと……
「ウリエルさん?!」
なんと驚いたことに、喫茶店内にいる筈のその人が姿を見せているではないか。
「君の後を追って、ここに駆け付けた。それにしても……君は本当に、運がいい。瞬時に危険を察知し、結界を張ったそのめがねに、感謝せねばな」
ウリエルはそう告げると、美里に微笑みかける。
美里は改めて、手にする、赤いフレームのめがねを見詰めると、
「持ち主を危険から守ってくれる、不思議な力が宿るめがね……あなたのおかげで私、とっても助かったわ」
愛おしむようにそう言うと美里は、そっと顔を近づけ、めがねにキスをした、次の瞬間。まるで、ふうせんが割れるように赤いフレームのめがねがパンッと弾けた。
金色の飾り房付の留具がついた、銀白色のマント。深紅のスカーフが、マントと同じ色のロングコートの胸元に巻かれ、
「私の名は、ミカエル。悪い大魔法使いに呪いを掛けられ、めがねの姿に変えられてしまった。だが、君のおかげで私はこうして、元の姿に戻ることが出来た。ありがとう」
腰くらいまである銀髪を、深紅のリボンでひとつに束ねた、容姿端麗の青年天使がそう、美里が昇天しそうなほど優しく微笑みながらも、謝意を示した。
「捜す手間が、省けたな」
ウリエルは静かにそう呟くと、
「ミカエル、私と力を合わせ、魔王シェルアをここから追い出すぞ」
軍人らしく、きびきびと下口調でミカエルに協力を要請する。
「承知した」
ミカエルはそう、穏やかに返事をすると快く承諾。
そうして、金色の飾り房付の留具が付いた銀白色のマントに、きっちりと結わかれた青色のネクタイと、スペード形の青いクリスタルが真ん中にはまる、金の十字架のブローチが襟に付いた、銀白色のコートを着た軍服姿の天使に戻ったウリエルは、仲間のミカエルとともに力を合わせて巨大な炎を操り、魔王シェルアと交戦。その結果、見事に勝利を収め、この人間界からシェルアを退散させたのだった。
――おしまい――
不思議なめがねと天使の行方 碧居満月 @BlueMoon1016
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