名前にできない焦燥

木田りも

原点。、

小説。 名前にできない焦燥。



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 左足が重い。普段、左重心で歩いているからか、右足を上げるよりも左足を上げる方が重く感じる。歩いていると少しずつズレを感じて、身体の歪さを感じる。今日も真っ当な人間のふりをする。正社員として会社に入ってからもうすぐ4年目。仕事も板についてきたことと未知数なことが半々くらい?になってきたような気がしている。今必要なのは経験値だと幾度も言われ続け、少しだけ毎日が気怠くなりつつある。仕事で動いている時の方が生き生きしているように感じるのは、休みの日の過ごし方に問題があるからだろう。死んだように眠り誰とも会話することなく1日を終える。普段、人と話す職業だからか、寂しさなんてものもなにもなく、孤独が愛おしくなってくる。まあ、人間はどこまで行っても孤独なのだけれど。少しでもぼやかすために、おはようって言葉や、ありがとうって言葉を生み出したのだ。


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小さな子供はボタンを押したがる。バスの止まります、押しボタン信号。最近はボタンではなく、タッチ式になってしまったため、面白みは少し減ったような気がする。街並はそんなに大きくは変わってないし、その時代特有の流行りや匂いがあるけど、西暦と元号はみるみる変わっていく。慣れ親しんでいたはずのものはなんとなく変わっていて、あまり抵抗することなく順応していく人間の怖さを実感している。街中には、待っている人が幾人もいる。可能性があるものもあれば低いものもある。もう亡くなった人を待っていることもあるよね。ストーカーのような人もいたり、約束だから仕方なく待っている人もいる。待ち時間は恐らく無駄だと言われがちだけど、待った分だけ気持ちが伝わるだとか、ずいぶん待ったけど今来たとこだとか、そういうくだらない気遣いを聞くたびに虫唾が走るのだ。そもそも、待つという行為は自分の時間を削る自己犠牲なのである。実際僕も(ここで、車に轢かれ怪我を負う。諸々の諸手続きを済ませ、数日ばかり入院することになる。)




(中断後の意識だけがはっきりとしている病室の上で)こんな風に歩いて小説を書いているからそうなるのだ。ボーッと天井を眺める。遠くからの人の声。病室の前を通り過ぎる声。だけどこんな時でも僕の精神的な意識というか、目に入ってくる情報は街中の歩行者天国を映していた。雪解けも進み、春の匂いがし始める札幌も、そろそろ衣替えを始めている。ストーブはもうエコモードで十分だし、下に股引きみたいな防寒着を着る必要もない。少し前に凍った道で転んだからだろうか左の膝が痛い。痛みが長引いてるからもう少ししたら病院に行こう。いや、ここは病院か(笑)


 陽が沈むのが遅くなったとはいえ、夕方の6時はさすがに暗い。帰路につき始める人々の足取りは朝の4〜5割程度。今日1日頑張った証拠の靴のすり減りや、足の臭いなどを携えて自宅へと向かうのだ。


 個人的に連絡を取ることは難しいだろうか。病院食を食べながら会話する。特別扱いしてほしい人間はこの世界にごまんといる。みんな平気なふりをしながら誰だって相手にしてほしいのだ。距離感を間違え、気さくな関係を失う。一か八かの賭けに出て、マイナスまで落ちてゆく。始まってすらいない物語を終わらせようとするなど。そんな傲慢なことがあるものか。病院に入ると自分を含めこの世界の人たちは、もっと自分に注目してほしいという本性が顕著になる。僕は人とは違うと思っていたけど、簡単に染まっていくのがわかる。成長していくにつれて周りとなんら、出来ることも話すことも変わりないノーマルな人間であることを知る。


 思えば昔、コンビニはもっと特別感のある場所だった。コンビニ弁当を食べて良いなんてそんな贅沢をして良いのかなんて思ってた。簡単に手が伸ばせるようになり、お酒もタバコも嗜んで、あんなに特別で手が届かないと思ってたものが簡単に手が届く。届いてしまったから、人生のピークがどんどん終わっていくように思える。常に全盛期でいたいけどね。と、笑った。


 いつの間にか通り過ぎていて、歩き過ぎている。寒さはまだ少し残ってるから少しずつ身体が冷えていくのがわかる。元気に歩いているということは、それだけ痛みとは違うもっといろいろな感覚に目を向けることが出来るということだ。お出かけをする。お出かけをしていた場所に自身の力のみで辿り着く。1時間ってこんなに短かったかと錯覚する。仕事の1時間と休みの日の1時間の速度が全然違う。


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陽が沈み切る直前。最後の明るさ。心臓のポンプの最後のひと押しのように、明るさを放つ。もう明るさは戻ってこないんだけど、その名残を残すような、集大成。白夜を教えてあげれば良かったな。こんなところで出会う街。今まで知らなかった新たな景色を見るためにお引越しをする。


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他人の死に触れて始めて、自分の死を考えるようになった。漠然とここからいなくなりいずれ忘れられることだと思っていたけど。

 奥から闇が迫ってくる。西に少しだけ明るさが残ってて、残り香みたいにサンマを焼く匂い。晩御飯の準備が進んで、1日が終わる。少しだけ泣きそうになりながら、帰り道。コンビニに寄って、晩御飯を買い、僕は家に帰る。

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名前にできない焦燥 木田りも @kidarimo777

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