はるの、じめつ
サカモト
はるの、じめつ
ある春の日。
咲いた桜と、散る桜が、世界にあでやかな色づけをいたりております。
そのお客様は、わたしが個人で営む眼鏡販売店へ、開店と同時に来店されました。
三十代前後の男性の方です。毒キノコを模したような帽子をかぶり、さながら、仮装パーティからの朝帰りのようなで派手な配色の上着を羽織っておられました。
お客様は店内に入ると、開口一番「オーラがほしいんだ」と、おっしゃりました。「オーラを感じられるサングラスはあるかい」
オーラ。
はじめてのパターンのお客様の要望に、わたしは、未熟にもうまく反応できず、なんとかこの場を乗り切ろうと、せめて笑顔につとめました。
それでも、やがてなんとか、お客様との適切な距離感をさぐりつつ、接客を開始します。
「ようこそ、いらっしゃいませ、サンー………グラス、ですね? ええ、はい、ご用意ございますよ、どうぞ、こちらの棚になります」
わたしはお客様へサングラスの棚を示します。
すると、お客様はおっしゃいました。
「さあ、どんなオーラがあるかな?」
ああ、また、オーラだ。
わたしは、ふたたび、未熟にもうまく反応できず、笑顔につとめました。表層の形成に、全力を尽くします。
そして、お客様はわたしの無理に気づくこともなく、サングラスコーナーの前に立つと「では、顔につけて、オーラをめさせてもらうよ」と、言いつつ、ひとつを手にとり、試着用の鏡の前に立たれました。
店のサングラスをつけます。
鏡で確認して、言いました。
「オーラがない」
断言し、サングラスを外します。
それから別のサングラス手にとります、顔へかけます。
鏡を見ます。
「オーラがない」
また、そう言い切り、サングラスを外します。
別のサングラスをかけます。
「んん、オーラがない!」
そう、おっしゃると、今度は考えられるように唸り、言いました。
「まて、まさか、この上着と組み合わせか? この上着が、オーラの発生を阻害しているのか?」
謎の仮説をつぶやきつつ、お客様はサングラスをかけたまま、派手な上着を脱ぎました。
鏡を見ます。
「んー、ちがうなぁ、だめだ、オーラがないなぁ………あ、帽子………か? 帽子がダメか?」
お客様は仮説をたてて、帽子を脱ぎ、サングラスをかけ、鏡を見ます。
「ええい、オーラがない!」
やはり、だめなようです。
「これが原因かな?」
と、言って、店のサングラスを外します。
お客様は、ただただ自身の素顔を鏡で見て、おっしゃいました。
「だめだ、オーラがない!」
それは、ただただ春の日の、純粋な自滅の発言でした。
はるの、じめつ サカモト @gen-kaku
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