ビキニアーマー職人の朝は今日も早い
重土 浄
ビキニアーマー職人の朝は今日も早い
これは ビキニアーマーに呪われ、そして祝福されし世界の物語。
かつて世界は人類のものであった。それは敵対する者全てを「魔物」という一括りにできるほどあり、人類と「それ以外の者たち」の勢力の差は圧倒的であった。
しかし、ある時期を境にそのパワーバランスは安定を失い、拮抗へと傾き、人類は転落することとなる。
魔物の世、それを可能にしたモノの事を、人類はまだ知らない。
東の外れにあるレントの村は、人と魔物の世界の境界線に近かった。人の世の法は弱く、魔物の掟がにじみ出る場所。
今日も魔物たちが無法な取り立てに来ていた。
人が作った鎧をパッチワークのようにして纏っているオークたち。3メートル近い巨体には幾人もの人間の戦士から奪い取った鎧が勲章のように縛り付けてあった。
大通りを堂々と練り歩く魔物の一団。彼らの前にはひれ伏す長老たちがおり、幾度もの無理難題な取り立てにより削り取られた倉庫の中から、なけなしの食料を差し出していた。
従属、服従の姿勢をみせた彼らに与えられたのは、足蹴にされることであった。
いくら蹴られても、従わねばならない。ここは人の世の境界。人間の治安機関の威光が届かない村、もうすぐにも魔物たちに奪われる予定地でしかない。
そんな場所でもしがみついていなければ生きられない人達がいる。
長老たちがなぶられるをの遠巻きに見ている村人の中に、鎧姿の少女がいた。
「クソっあのオークども!」
今すぐにでも飛び出しそうな彼女を周りの人たちは必死に押し留めた。自ら名乗り出てオークたちの責めを一身に受け止め、村への被害を最小にしようとした長老たちの善意を無駄にしかねなない。少女は己の無力さに涙を流した。
彼女の名はシーナ・ナノハウ。村に残っている数少ない少女の一人だ。
この村に生まれた女性は、まず戦い方を教わる。身を守るための実践的な技術を叩き込まれる。そして最後に教わるのが「素早い自害の仕方」である。もし魔物に捕まったら、すぐに死ねるようにと。そのために徹底して刃物の扱いを教わるのだ。
その剣技を全て習い終えたにもかかわらずシーナには長老たちが蹴り飛ばされているのを見ていることしか出来なかった。
一人の男が、街道を進んでくる。シーナは涙ぐんだ目はそれを見つけた。ここは人治の終着地、たまに旅人や商人が訪れるが、それは帝都側からやってくるものだ。この男、不思議なことに魔物の領域からの道を進み、この村に入ってきた。
しかし今は、村の一大事の最中である、彼がどこから来たかよりも、この男が道を真っ直ぐ進み、オークたちの背中側に辿り着こうとしている事が問題であった。
もし彼がそのまま進めば、収まるはずの厄介事に、再び火が点いてしまう。シーナは村人やオークたちに見つからぬよう、裏周りをして男の行く道を塞いだ。
男の前にジーナは立ちふさがった。
男はジーナの顔も姿も見ずに、彼女の着ている鎧をジロジロと値踏みしたあと、ガッカリと肩を落とした。そして
「なにか用かい?邪魔なんだが、お嬢さん」
シーナは小声で返す。その言葉はまだ涙声にかすれていた。
「悪いけど、この先にはいかせない。行ったら、オークがいる。おじいちゃんたちの努力が無駄になるの」
男はせき止める少女の脇から村の方を見た。たしかに悶着が起こっている。
魔物に足蹴にされる人類。いつでもどこでも起こっていることだった。
だがその責めももう終わりそうだった。オークたちも人を蹴り殺す事が今回の目的ではない。生かさず殺さず、殺さないのも仕事の内だった。しかし体の弱い老人だ、巨大のオークの足で蹴られていれば、あっさり死ぬ可能性だってある。
「お前は助けないのか」
旅の男は無理難題を言った。敵は三頭のオーク。剣技は習ってはいるが人間の少女が立ち向かえる相手ではない。
魔物に、人間の少女が勝てるわけがない。
シーナはオークに向けるべきの怒りを男に向けた。
「とっとと消えて!こんな村に用はないでしょ!」
ここは人の世の限界点、少女も彼女の生まれ育った村も、魔族にすり潰されるのが定めなのだ。
大きな背荷物の男、三十代かそこらだが商人には見えない。伸び放題の髪や髭には商人に必要な愛想がまるでなく、武装も小さな小刀程度で傭兵にも見えない。職業がなにか分からなかったが、村に訪れる行商人ではないのは確かだ。
「俺は鎧職人だ。あんたの鎧、ずいぶんなお古のようだが体に合っていない。俺が直してやるぞ」
「はぁ?」
背後の喧騒を知りながら、この男は商売をし始めた。とんだ阿呆が現れたとシーナは困惑した。とにかく、この鎧職人とやらを道から排除しなければ、オークたちにみつかってしまう・・・
男は、ふとオークたちの姿に目をやった。
彼はオークの腕に強引に結び付けられた人間の胴アーマーをひと目見た瞬間、目の色が変わった。
男はシーナを無視して進み出る。オークたちの方へと遠慮なく進み始めた。
「え?ちょっと!」
いきなりの行動に虚をつかれ、止められなかった。
「おい、オークども」
村の男を踏み潰していたオークは突然呼びつけられ後ろを見た。
一人の男が立っていた。大きな荷物を背負いほぼ丸腰、まるで無害にしか見えない人間の男がいた。
「ナんのヨゥだ、ニンゲン」
「ニンゲン」とはまさしく蔑称としての呼び名だ。かつて人類が「人以外の種族」をすべて「魔物」と呼び下げずんだのが逆転している。
男はオークの威圧に臆することなく
「貴様の腕にまいてあるその鎧は、俺が人のために特注して作ったものだ。今すぐ外せ」
男を制止しようとしたシーナの手が止まる。
男の言葉のあまりにも無謀な物言い。
あまりにも堂々とした物言い。
それはプライドを持った人間の言葉であった。
だが、そのニンゲンの言葉にオークたちはまったく意に介さない。
「これハ鎧じゃない。オデさまの腕飾りだ」
人の気高さを守るための騎士の鎧は、今、魔物の腕を飾る飾りへと変えられていた。鎧は背後から切られ開かれ、人の胴ほどもあるオークの腕輪へと強引に変えられていた。
鎧が泣いていた。
いや違った、
鎧のために男は泣いていた。
「なぜ泣くの」
シーナは不思議で仕方がなかった。だが、その涙は彼女がいつも見ていた恐怖や絶望の涙ではなく、人の心から溢れ出た、綺麗な涙だった。
オークたちに人の涙は分からない。いじめると出してくる分泌液としか思っていない。
オークたち三頭は鎧屋の男とその背後にいたシーナを取り囲んだ。長老たちの責め苦は終わったが、事態はさらに困難な状況に変わっていた。
大きなオークたちに囲まれる二人、鎧屋の男はあいかわらず、オークたちの体についている鎧が気に入らないようで、睨みつけている。シーナは周辺をオークに囲まれ恐怖の色を隠せない。
「お前、その鎧をどこで手に入れた?」
男の問いにオークは笑う、
「剥がシた。殺ジて。剥がシた」
こともなげに言った。鎧屋の顔が暗くなった。シーナはその問題の鎧を良く見た。それは、今は薄汚れているが胸や腰のラインから女性用、それも高貴な人物が着るフルプレートの鎧の胴体部分であることが分かる。
シーナにもその鎧を着ていた人物に起こった悲劇が想像できた。なぜならそれは、自分の未来の姿でもあるからだ。
オークたちの視線はシーナに移していた。この村では取り尽くしたと思っていた若い娘がまだいたのだ。オークたちの期待は膨らみ、すでに順番で揉めはじめていた。
それは男にとっては好都合であった。
「ブヒィィィ!}
オークの叫び声が村に響く。
オークの腕にはあの男がしがみつき、手にした小刀を何度も突き刺していた。
攻撃のためではない、腕に巻いてあったあの鎧を取り戻すためだった。
何度も切りつけ、粗く太い縄を切断すると、男は鎧と一緒に地面に落ちた。
逆上するオークたち。この村はもう終わりだと、村人もシーナも思った。
そして元凶を作った男は、鎧を抱えて逃げ出した。
オークたちは当然追いかける。シーナも村人もその場に置いていかれる。
大荷物の上プレートアーマーを抱える男の脚力ではオークから逃れることは出来ない。全員そう思い、実際追いついた。
だがその手が背中にかかる瞬間、男は振り返り、手に持った壺に仕掛けられたピンを抜いた。
その壺から闇色のガスが爆発的に噴出し煙幕となって広がった。村人の見ている中でオークと男たちはその闇色のガスに飲み込まれた。
ガスはその場に広がりしばらく滞留した。
突然、オークたちの悲鳴が響き渡った。初めて聞くオークたちの恐怖の声。
煙を突き破ってでてきたオークたちは慌てふためき、血相を変え逃げ出した。村も、村から得るはずの食料も、シーナも男にも背を向けて、魔族の領土へと逃げ帰ってしまった。
煙が晴れると、男はその場に残っていた。
村人は彼に礼を言うつもりもなかった。
シーナもそうだ。
オークたちが逃げ帰った理由はわからないが、これがハッピーエンドへの一幕ではないとみな知っている。さらなる報復のための前段でしかないと、みな分かっていた。
男はそれを知ってか知らずか、鎧を手に、村を避けるように林の中に消えていった。
シーナはただ一人、その男を追った。
「ちょっと!どういうつもりなの!」
林を進む鎧屋の男に怒鳴りつけたが、男は無視して進んでいく。
ようやく止まったかと思ったら、そこは水の湧く泉のそば、林の中でも数少ない開けた場所だった。
男は背負った巨大な箱を地面に慎重に置いた。無視されまくっているシーナは男の行動を見ていることしか出来なかった。
男が留め具を一つ外すと、
ガチャリ、箱が開く。
ガチャリ、それがさらに開く、
ガチャガチャリ、箱は幾度も開き、なにがどうなったのか、箱は己を展開し続け、地面の上に小さな小さな工房が作られた。
そこには様々な工具が並び、あらゆる治具が揃っていた。中央にはカマドがあり、大きなハンマーが吊るされていた。
林の中に展開された工房は、使い込まれた金属の匂いを周囲に解き放った。
「なに・・・これ?」
「俺の仕事場、仕事道具だ」
男はやや得意げであった。彼は厚手の手袋をはめ、ハンマーを手に取った。その持ち姿は馴染んでいて、その人間本来の姿であると実感させた。
ハンマーをくるりと回転させると、奪った鎧を叩き始めた。
金属の打突音がリズミカルに鳴り始めた。
打突音は迷いなく淀みなく、心地よかった。それを眺めているしかなかったシーナは座り込み、いつのまにかウトウトと眠っていた。目覚めたのはその音が止まったからだ。
日はもう暮れ始めていた。
男が手に持った鎧は、生き返っていた。
魔物によって背中から引き裂かれていた鎧は、もとの筒状に戻り人の胴体を包み込む本来の姿に戻っていた。薄汚れていた表面は磨かれ、一皮むけたかのようにシルバーの輝きを放っている。失われた装飾も可能な限り再現され、特に目立つのは装着者の女性の胸をかたどった胸部、人特有の艶めかしいラインが取り戻され、鎧を見るだけで着ていた人物のボディーラインが想像できた。
「すごい・・・」
シーナも思わず口にしてしまうほど、その手際は見事で感動的であった。つい数時間前までただの廃材だったものが、美しい鎧になっていたのだ。
だが男は、自分の手が作り出した奇跡的復元品を眺めた後、鼻で笑って投げ捨てた。
「ちょ・・・と!なにするの!」
「しょせん、慰めだ。何の意味もない・・・」
シーナは鎧を拾い上げると、その軽さに驚いた。片手で持てるほどだった。これなら女性が着ても戦える・・・その予感すらを与えてくれる一品だった。
男はうつむき座り込んだ。働き詰めで疲れていた。
「ねぇ、なんでこの鎧、そんなに大切なの?」
「そいつは、俺が人に作った最後の鎧だ。だから細部まで覚えていた…まさかあんな雑魚に…あんな雑魚に奪われるとはなぁ…」
「誰に作ったの?」
「ミケナ・シュトラル…鎧を着ることなんて生涯なさそうな若い御婦人だった」
「その人…ここらの最後の領主だった人、でも三十年も前の人で、その人が敗死したから、国王はこのあたりの守護を放棄したのよ」
「三十年か・・・そんな前だったか」
シーナはもう、その男への興味でいっぱいだった。男は謎すぎた。
「あんた、なんなの?」
うす暗くなった林の中、男は顔を上げて名乗った。
「俺は、ヴィギニ。
ヴィギニ・アーマニー。鎧職人だ」
「ヴィギニ・アーマニー…?」
名乗ってなお、謎だらけだった。
暗くなると、男の小型鍛冶工房の明かりが自動的についた。この変形工房がなにかしらの魔術的装置であることは明らかだった。
「脱げ」
ヴィギニの発言は唐突だったので、シーナは反射的に男の頭を叩いた。
「痛いな。これは謝罪だ、まず脱げ」
二発目をくらい、ヴィギニはようやく説明が足らないことに気づいた。
「明け方になればお前の村をオークが襲う。全滅、皆殺しだ。だから鎧を手直ししてやる。俺は一流中の一流の鎧職人だ。鎧だけは完璧にしてやる」
それはたしかに言うとおりだった。ヴィギニの言う通り、シーナの村の運命は決定している。
「あんた、剣の腕前は?」
「シーナです。その・・・・村では一番っていうか、わたし以外に村にまともな戦士はいません」
「じゃあ、お前が頑張るしかないな」
「村が襲われる元凶を作ったのはあんたでしょ!」
「だからタダでやってやると言っている」
「そうだ、あのオークを追っ払った煙!あれを頂戴!」
「あれは魔物の生理的嫌悪を引き起こす素材を集めた煙幕弾だ。残念ながら素材が貴重でな。もう残ってない」
シーナはがっくりとうなだれる。
「無理だよ、もう、全滅だ。逃げるしかない」
「諦めるな、オークにボコ殴りにされても死なない鎧を作ってやる」
「殴られて、勝てるの?」
「勝てない。いつか気絶して、もてあそばれた後に手足をちぎられて死ぬ」
ヴィギニはなんの慰めにもならないことを平然と言った。
「そうだよね、防御力が高くたって、鎧じゃ戦えない。勝てないんだよ。じゃあね、鎧屋さん」
シーナは諦めた。
諦めて村のために生贄になるか、逃げ出すか、どちらかを選ぶために村に戻ろうとした。
「待て」
ヴィギニの止められた。
振り返るとヴィギニが真剣な顔でシーナを見定めていた。それこそ隅々まで、体のパーツをジロジロと長さや比率を見定めるように
「な、なに?」
「・・・勝てる鎧がある」
「なにが?」
「着るだけで、戦いに勝てる鎧だ」
「そんなもの」
あるはずがない。
あるわけがない
戦いを決めるのは、
防具ではない、
武器だ。
つまりもう鎧屋に用はない。
ヴィギニは意を決して、覚悟を決めてシーナに言った。
「ビキニ・アーマー着てみないか?」
シーナの怒りは怒髪天をついた。
ああ、ビキニアーマーよ!
その呪われし名よ、
呪われた鎧、呪われた防具、
呪われた歴史、呪われたる、ヴィギニ・アーマニーよ!
ビキニアーマーこそ人類の敵であった。
人類をその王座から引きずり下ろしたのがビキニアーマーなのだ。
魔物とは弱きものであった。人が次々と作り出す武器と防具の進化、そして魔術の進化は、本能だけで闘う魔物たちの「性能」をいつしか遥かに凌駕した。人にとって魔物とは世界の王座へと登るための踏み台に過ぎなかったのだ!
で、あったのに!
ああ、ビキニアーマーよ!悪夢の鎧よ!
ある日、一人の魔物の将軍が生まれた。
その者はたしかに強靭であったが、人類の敵ではなかった。討ち滅ぼされるべきものであったはずなのに…”彼女”は装着した
なにを?
その名も忌まわしき「ビキニアーマー」を
天下に轟く剣将ハーケンが挑み、まさかの敗北を喫した。彼は惨死し首を晒された。その首の横に立っていたのが、ビキニをまといし魔将軍「マキニス」!
ビキニアーマーが魔族に大きな勝利と可能性をもたらした日であった。
その日から、次々とビキニアーマーを着た魔族が出現した。
スライム・ビキニアーマー
ウェアウルフ・ビキニアーマー
オクト・ビキニアーマー
タイタン・ビキニアーマー
ハーピー・ビキニアーマー
デュラハン・ビキニアーマー
そしてドラゴン・ビキニアーマー!
人類の栄光への道は閉ざされた。
魔族のビキニアーマー八将軍がその道を閉ざし、人類を蹴落としたのだ。
ビキニアーマーは魔族の象徴である。
ビキニアーマーは人類の敵が着るものである。
ビキニアーマーは憎むべきものである。
ビキニアーマーは人類にとって屈辱そのものなのである。
「ビキニアーマー、着ていないか?」
ヴィギニの顔面にシーナの蹴りが入り、綺麗に吹き飛ばされた。彼の工房に激突し、工具が飛び散る。工房の戸棚も飛び出し、内部にあった、女性物のパンツやブラも辺りに散らばった。
「この…人類の裏切り者が!」
ビキニアーマーの断片を見てさらに頭に血が上った。腰の刀を抜き切りつけた。
その気迫のこもった刃は、しかし、ヴィギニの手に持ったパンツで止められた。
しなやかかつ強靭。
恐るべきビキニパンツだった。
パンツで刀を受け止めながら、ヴィギニは真剣な顔でいった。
「そうだ、人類にはもう捨てられるものは命しかない。だが、命の前にもう一つ捨てられる物が・・・いや着られる物がある。それを着てからでも遅くはない!」
「着れるか! そんな物を着て人前に!」
「捨て去れ!人間性を!羞恥を!いま着ているそんな鎧も! 救った後、村をでればいい!恥に耐えられないのなら!」
刀を引くシーナ、だが納得はしていない。
「ビキニアーマーを着たくらいで、なにが変わるというのだ、なにも・・・」
「全て!」
ヴィギニは断言した。
「すべてが変わる!」
また断言した。
人間の女にビキニアーマーを着せる。
これは冒涜と言われる行為だ。
魔族の旗頭であるビキニアーマーは人類がもっとも忌み嫌うもの。悪の象徴だ。
それを着た女など、人類の裏切り者、恥知らずの売女と言われても仕方がない。
それは、ヴィギニも知るところであった。
だから彼は話さねばならない。彼の秘めたる過去。
悪行を。
覚悟を決めてヴィギニ・アーマーニーは語り出す。それは胸につかえていた後悔を吐き出すための、懺悔の様なものでもあった。
最初に言った言葉は…
「魔族にビキニアーマーを着せたのは、俺なのだ」
今から三十年ほど前、世界はまだ人類のものであった。魔族の生存権は今とはまるで違う。辺境へ、奥地へ、僻地へ、彼らは追い込まれていた。
俺はそのころ二十代そこそこ。鎧職人ギルドの若手として腕を磨いていた。ギルドの人間は強い徒弟制度に縛られ、自由な創作など許されない業界だ。俺もより機能性の高い鎧を日夜思考したが、それを作る機会など与えられることはなかった。
毎日、師匠の作った古臭いスタイルの鎧の量産作業ばかり。たまにくる安い依頼仕事を回されては値段以上の鎧を作って師匠に怒鳴られていた。
俺は苦悩していた。俺の中の才能が、俺の人生を否定する。作りたいものを作れない、という苦しみが湧き出し続ける。「職人」と呼ばれて満足している周りの連中には一切ない苦しみを、俺は毎夜味わっていた。
だが、ギルドを抜けて鎧を作ることなんて出来ない。社会がそれを許さないし、ギルドによって潰されるのは明白だった。
俺の人生に行く道はなかった。どん詰まりだった。
そこにあいつが現れた。
あいつも俺と同じ、異能の異端者だった。
彼女も自分のいる社会に嫌気がさしていた。変革を嫌う停滞主義、敗北を許容し続ける堕落志向。彼女はそこから飛び出し、新たな道を探していた。そして俺のもとを訪れた。
あの夜、俺達は出会った。
「マキニス」彼女は夜、やって来た。
彼女は俺に鎧を求めた。求めた要求は限度を超えて狂っていた。
ドラゴンが着る鎧を、スライムが着る鎧を、コカトリスが着る鎧を、
彼女は俺の前で全裸になって言った。
「魔族が着る鎧を作ってくれ」
なんのために?俺は尋ねた。その答えはもう薄々分かっていたのに…
「人類に勝利するために」
魔族の娘マキニスは、俺に人類を敗北させるための防具を作れと言ってきたのだ。
「そんなの、聞く奴がいるわけがない」
シーナはそう言った。それが普通の人間の反応だ。だが俺は、
それを聞いた時、俺の血が沸き立った。俺が作りたかったもの、それは「勝利をもたらすための鎧」だ。魔物狩りの場で貴婦人を飾り立てる鎧ではなく、人類が魔物を屠殺するために着る鎧でもない。勝利への道標となる、機能と美しさと、新しさを備えた鎧。
だが、さすがに、それでも、俺も人類の一員だ。安々と裏切ることなど出来ない。
マキニスが俺の元を訪れたのには理由があった。彼女は鼻が効く。人の中の欲望の匂いを嗅げるのだ。そして俺の体の中には、巨大な欲望が渦巻いていた。
彼女が投げた金属が床にはねた時、聞き慣れない高い音と眩しい光の反射があった。
ミスリルの塊だった。それも人類社会では見たこともないような純度の高い魔法金属。
「こんなのだったら、わたしたちの住処にいくらでもあるわよ」
マキニスが言う通り、魔族は奥地に押し込められていため、人類が到達できないミスリルの鉱脈を発見していた。そのミスリルさえあれば、俺は自在に最強の鎧を作れるはず…
そのミスリルの塊が火打ち石になった。
俺の中の巨大な欲望のガスを引火させる火花を散らしたのだ。
俺はその夜、自分自身の作品として、俺の遺作として、「あの貴婦人のための鎧」を残し、人間社会から消えた。
そして俺は、魔族専用の鎧職人になった。
首筋に刃が突きつけられている。
シーナの剣が、ヴィギニの命の届く位置にあった。
「裏切り者!」
「そうだ、俺こそが魔族に最新最鋭最強の、ビキニアーマーを与えた男。魔族に勝利を与え、人類を敗北に導いた…」
彼は笑った。
「鎧職人だ」
「だからこそ・・・!」
切っ先は震えながら、ヴィギニの喉の皮膚をジグザグに傷つける。
「だからこそ、俺の鎧はすごい!」
後悔にまみれながらも、彼にとってそれは譲れない真実だった。
「俺の鎧は強い!俺の鎧は…」
「もういい!お前は裏切り者ではない、ただのビキニアーマーの亡者だ!」
「そう!だからこそ、俺の鎧はお前たちを救える…」
シーナはついに剣を降ろした。
「シーナよ、俺の鎧を着ろ。そうすれば村もお前も助かる」
「ビキニ…」
「そうだ、ビキニアーマーを着るのだ」
「ああ…」とシーナは弱々しく夜空を見上げる。
「悪魔に魂を売る夜とは、こういう夜なのか?」
「そうだ、今夜お前は売らねばならない。羞恥と肌と魂を。それにふさわしい、いい夜じゃないか」
二人が見上げる夜空は満点の星空だった。
「あの夜と同じだ」
ヴィギニは懐かしげだった。
シーナには力が必要だった。村を魔族の襲撃から守るための力を。通常それは一夜にして手に入る物ではない、だが…
ヴァギニは自らの移動式携帯工房の大きな引き出しを開くと、真紅に輝くビキニアーマー が入っていた。
「これを着れば…」
気安く手を伸ばしたシーナの手を叩く。
「これはまだ素材にしかすぎない。これを徹底的にお前の体に合わせて調整し作り直す。それでも、一晩かかるな…」
ギリギリの時間だ。オークたちが気まぐれに日の出前に来ることもあり得るのだ。
取り出されたビキニアーマーは、肩当て、手甲、膝当て、前垂れ、といった穏当なものとブラとパンツという不穏な物の組み合わせだ。
シーナの体にじわりと汗が浮かんだ。魔族の衣装として刷り込まれた鎧を、自分が着なければならない。実物を見た瞬間にその恐ろしいイメージが確かなものになった。
「ちょっと大きすぎない?」
ブラが、大きいのだ。
明らかにサイズが違う。こんなものをつけて戦えば、ブラだけが飛んでいくのは間違いない。
「もともとお前用じゃないからな」
ヴィギニはシーナに向き直り、真剣な表情で言った。
「脱げ」
シーナは手に持ったブラで殴った。ブラにしては硬質な打撃音が響いた。
「いいか、ビキニアーマーの真髄は完璧なフィッティングだ。第二の素肌ではなく素肌そのものを作るためには完璧な計測が必要だ。今回は型取りする暇もないから、俺の手で測定する」
二発目のブラの打撃音は先ほどよりも高かった。
だが、やるしかなかった。ビキニアーマーという羞恥のフルコースの前の前菜、素手によるブラカップの測定は開始された。
真夜中、闇の中で灯火に照らされた白い肌が晒される。
「何をしてるんだろう、私」
今まで男には見せたことのない乳房をさらけ出している。この男は自分の乳房を測ると言っていた。作業用の厚手の手袋を脱ぎ捨て、ゆっくりと手を近づけてくる。ジリジリとした空気を感じ乳が揺れた。
「動くな」
「だったら早くしなさいよ!」
さらした上に触るようにせっつくとは、転落の階段を一歩ずつ下っているのが分かる。
胸に触られた瞬間、動いてしまったのは仕方がない。男の手は緩やかに乳の肉をまとめ上げ押し上げ、左右に揺らした。
「ふむ」
何を納得しているのか、単に弄んでいるだけなのか。シーナはこの時間が早く終わるように祈った。
「ちゃんと勃たせろ」
今すぐこの男を殺す、と思って睨みつけたが、男の目は女の目よりも真剣であった。
「戦士にとって、勃たせた状態が通常だ。それすらも正確にトレースしてこその、ビキニアーマーなのだ」
真剣そのものの迫力、だがそう言われても…
「わかった、俺に任せろ」
熟練のビキニアーマー職人の指先は精緻を極め、知識と勘に優れた働きをした。
「うッ」
勃ち上がった乳首の計測は一瞬で終わった。
ヴィギニは手に残った感触とサイズを忘れないように、手をお椀型のまま横滑りに移動し、工房に掛けられた紙に素早く描写する。
カップ、サイズ、角度、可動範囲、柔らかさ、反発力、乳首の直径、最大強度。
完璧な描写力で胸の型をリアルすぎるほどに描写した。
左右ともに。
その後、巻き尺を使い、シーナの体のサイズと比率を徹底して調べる。腕の長さや足の長さはもちろん、指の長さと比率まで。体中の筋肉の大きさまで調べた、測られている最中、シーナは体の周りを巻き尺を持った突風が回転しているかの様に感じた。
調べ上げた数値を数式にはめ込み、計算尺を使い次々と数値を出していく。
「俺の鎧はただ守るためのものではない、人類は魔術を使うのにその原理についてあまりに無頓着すぎる、なぜ魔術が使えるのか?それは空間に存在するマナがあるからで、俺の鎧はそのマナの空間存在の濃淡を利用する、つまり鎧を鳥の羽に見立ててみれば分かる、空間のマナの上を鎧が滑るのだ、そしてそのマナを人体へと吸入する入口として広い面積の素肌をあける。ここにマナを取り込むための形状は、俺が長年の研究の末に到達した秘密の計算式に答えがある、ああ、これは教えられないなぜならここに至るまでおれは十年の歳月を掛け、いくたもの魔物がその試作品の実験台となって協力してくれたのだ・・・」
「なにこいつ、キモチワルい」
設計図をかき始めた途端、ヴィギニは急にハイになり早口になった。それはたしかに気持ち悪かったが、手の進みは早かった。あっというまに計算に基づく鎧のサイズ、スペックが完成した。
彼は捨ててあった貴婦人の鎧を拾うと、何の思い入れもないように破壊した。
あっという間に胸当ての部分を切り抜いた。
「昔の物だが、素材だけは一級品だ。こいつを再利用して作ってやる」
ハンマーを手に素材を半球系の金型の上に置くと、目にも止まらぬ高速連打を開始した。その手は口よりも早く、音はキツツキよりも早い。途切れぬ打突音が鳴り続けた。
朝、日の出前。想定されるタイムリミットは近い。ハンマーの打突音はとっくに鳴り止み、ヴィギニは細部の仕上げを行っていた。全ての金属パーツの裏に内布を貼り、装着者の肌を守る。すでに鎧のパーツには塗装もされ、細部には文様が刻み込まれている。これも彼の鎧には必須のものらしい。皮のベルトも入念に調整され、装着者であるシーナの体に合わされた。
彼女は全裸で立っている。
彼女はこの前に陰毛の処理を命じられていた。
全て剃り終わり、ムダ毛は一本もない。
ビキニアーマーは無垢な体を求める。
まずパンツを渡され、それを履いたらレガースとブーツ。スッと足が入った。彼女が今まで履いてきた靴はいったい何だったのか。完全に完璧に調整された靴は水に足をつけるかのように、足全体を包みこんだ。
そして手渡されたのは金属のブラだった。
それを手に取った時、シーナは驚いた。
自分の乳房が手の中にある!
自分の乳は自分が一番良く知っている。自分の乳そのものがブラの形で手渡されたのだ。形大きさ、曲線、赤い金属のブラなのにそれはあまりにも艶かしく、生き生きとした造形で、立ち上がる乳首と乳輪も彫刻されていた。裏返すと更に驚いた。薄い内布でカバーされたブラの乳首の位置が凹んでいる。完全にフィットした形で乳首を差し込める形になっているのだ。
シーナは恐る恐るブラをはめる。
はめる?
はめたはず?
はめたのに、はめてない。
確認する。はめている、でも、はめてない。
あまりにも完璧にフィットしているため、つけている感覚が一切しないのだ。薄い金属の僅かな重みがあるが、それすら感覚の誤差に収まっている。
完璧な設計。完璧な加工。完璧な仕上げ。
シーナは恐怖した。
この完璧さは、一夜で作れるものではない。
それは人間の技を超えている。
ヴィギニの方を見ると、彼はまだ最後の調整を行っていた。
「悪魔の技・・・」
彼は魔族のために防具を作り続け、魔族に勝利をもたらした男。
それはもう人間と呼べないのではないか?
恐怖を感じながらもシーナは鎧の装着を続けた。これはもう引き返せない。
「私ももう、魅入られたのか? ビキニアーマーという悪魔の鎧に?」
村人たちは怯えて夜を過ごした。朝日が昇りはじめ、日差しが街道を照らし始めた頃、男の悲鳴が鶏の鳴き声のように村に響いた。
夜警に出ていた村の男が半死の有り様で村の広場に投げ込まれたのだ。
ボールを投げて遊んでいる子どものように、巨大なオークたちが村に入ってきた。彼らはこの村の主であるかのように村をにらみ回しながらゆっくりと歩く。我が物顔とはこのことだ。三体のオークは先日とは違いきちんと武装している。だが、得物は抜いていない。手足を使って生かさず殺さず十分に楽しんでから、皆殺しにする算段だった。
「ぜイイん!でってこイィ!」
彼の命令で閉じこもっていた村人は建物から出て広場に集まってきた。
羊のように従順であった。たった三頭のオークの恐怖に完全に飲み込まれているのだ。
オークたちは目算で村人を三等分しそれぞれの楽しみ方を妄想した。
「今日一日、いや明日の朝までは楽しめそうだナァ」
そう、思っていた時、
一人、遅れてやって来た。
全身をボロ切れで包んだその人物は、道をまっすぐに進んでくる。それは他の村人のトボトボとした無抵抗の歩みではなく。キビキビとした意思強き歩みだった。
「あん?てメえ、だれだ?」
オークたちは村人を押しのけて前に出る。その歩き方だけで敵対者であると認識したのだ。村人たちもその人物を見る。フードのように布を被って顔は見えない。
フードの人物の歩みが止まり、オークたちと相対した。
その人物はボロ切れを脱ぎ去ろうと手をかけたが、
手をかけたが、
動かない、動けない。
先程までの覚悟ある歩みから一変、覚悟が決まらず布を取れない。正体を見せられない。
「く・・・・」
心の葛藤が口から漏れる。
「おい!なにしてる!とっとと脱げ!」
建物の影に隠れているヴィギニが、たちの悪いストリップの客のような声をかける。
シーナはフード越しにその、戦闘においては役立たずの男を睨みつけた。ヴィギニは「とっとと脱げ」とジェスチャーを送り続けた。
彼女の前にいるのは、彼女の家族のような村人たちばかり。彼女の世界の全てだ。それに向かって
「見せなければならないとは…」
シーナは覚悟を捨て去り、破れかぶれになった。
布を取り去り投げ捨てる。
遮るものを失い、全てはあらわになった。
村の女の悲鳴が上がった。
男たちは目を疑い。
老人は神に祈った。
世界すべての視線が、彼女に集中した。
ビキニアーマーを来た少女。
悪魔の鎧をまとった反逆者の姿がそこにあった。
「シーナ!」
村人の悲鳴のような叫び声。母親は子どもたちの目を覆い、老婆は口を手で覆い嗚咽を漏らし、男たちの眼球は飛び出さんばかりに彼女を見つめた。
「恥ずかしい!」
彼女はそれまで魔族の鎧を着るという倫理的な恥ずかしさを感じていたが、今は違う。このビキニアーマー、鎧といっても肌のほとんどを露出している。二の腕、鎖骨、腹、背中、もも。肌ハダ肌。
鎧を着ていても肌しか見えない。
彼女のお腹が呼吸するたびに波打ち、おヘソが動く。パンツにつつまれていないお尻が歩くたびに揺れる。胸はもっと繊細だ。何をシても揺れてしまう。それを隠す布は一枚もない。
「だめ、恥ずかしいッ」
裸よりも、
裸よりも恥ずかしい。
鎧を着ているのに、裸よりも恥ずかしいだなんて。
そのハレンチな鎧は、オークたちへの最高の贈り物だった。
三頭は顔を見合わせ、好色な笑みを浮かべた。彼らからしたらそれは、魔族のコスプレをした人間のメス、という最高のおもちゃだ。
よだれを垂らしながら近寄ってくる。
とっさにシーナは剣を抜いたが、それすらコスプレの一部としか思っていない。
どんどんと近づいてくる。
「舐めている」
シーナの体内に発生した怒り。その怒りは肌を赤くする。怒りが全身から発せられる。
それを妨げる鎧はない。
ビキニアーマーは怒りを純粋なまま外部に放出する。鎧の輝きが増した。
建物の影に隠れているヴィギニは、それを見て良しとした。
裸よりも恥ずかしい、
それは「裸よりも裸である」である証明。
「裸よりも鋭敏」である証明!
人形を掴むように伸ばしたオークの手が空を切った。オークは目測を誤ったと思い、再び掴みかかったが取れない。次は両手で確実に掴んだ。はずだったのに、人間は自分の手の外に立っている。
手が空を切る。まるで幻を相手にしているかのように。
「早い?」
シーナは自分の動きに驚いた。早いし、軽い。まるで自分の体がすこい浮いているかのような、風が吹けば飛ぶかのように軽い。それは今まで着たどの鎧でも感じなかったこと。いや下着一枚でも、全裸であっても感じなかったことだ。
このビキニアーマーを着てから、体が無性に軽いのだ。
オークの手など、その動きの風圧だけでかわせる。
「ふん!」
剣を切り上げる。オークの手首が飛んだ。
これにはシーナもオークも驚いた。オークの驚きは反撃された驚きだが、シーナは自分の剣技の威力に驚いた。剣が思うままに振れたのだ。鎧に邪魔されることなく剣が走った。
今までは鎧に胴体を固定されていた。股間を重く回転できない様にされ、足におもりを乗せられたように重かった。肩にコルセットをはめられたように固く、腕は紐でくくられたように伸びなかった。
体は動かなかったのに…剣は振れなかったのに…
だがビキニアーマーは、この鎧は!
泣き叫ぶオークのもう一方の手首も切り飛ばした。
このビキニアーマーは!
「俺のビキニアーマーは、最強だ!」
建物の影のヴィギニはそう確信していた。
オークの膝から肩まで駆け上がる。この鎧には羽根がついているのか?
オークの眼前にシーナの股間が迫った。ただパンツと小さな腰アーマだけの股間が。
その次の瞬間、オークの頭部はりんごのように切り裂かれた。
飛び降りたシーナの後ろで、死骸となったオークが倒れ落ちる。
村人の前に立ち、堂々たる素肌とビキニアーマーを見せつけるシーナ。
その顔に羞恥の色はなし!
「あアァァ!」
吠えたけるオークたちの攻撃、棍棒を横殴りにしてきた。長い棍棒の攻撃は道路ほどの幅があり、避けきれなかった。シーナはまともに攻撃を受け飛ばされる。村人は息を呑んだが、シーナは道路の上を回転した後、すぐさま飛び起きた。
シーナも驚く。ほんのわずかしかない鎧部分、肩アーマーと手甲と腰アーマーが線となって敵の攻撃を防いでいた。要所に配置した鎧が的確に防御する作りになっていた。さらに軽い体は敵の打撃を受け流し、柔軟さをキープしているため威力を全身で殺せた。
「ハハ!」
シーナの目の色が変わる。戦える、この鎧があれば魔物とだって戦える。彼女もまたビキニアーマーに魅せられつつあった。
突風のように走り寄り、つむじ風のようにまとわりつく、切っ先はまさにかまいたちだ。オークの体が次々と切りつけられ血を吹き出す。防御しようにも疾すぎる。突風が舞い上がり、オークの大出血が空へと吹き出す。その血よりも高く飛び上がったのはビキニアーマーを纏ったシーナだ。
オークにとっては悪夢の光景であった。今朝は楽しい日のはずであった、みんなでニンゲンを殺して遊ぶ、そんな日のはずだった。
けっして、自分たちが死ぬ日ではなかった。
だが、もう二体目が失血死して死んでいる。
狂乱にかられてオークは棍棒で殴る、樹木が倒れる様な攻撃!
だが遅い、シーナは雷だ。
打ち下ろされた棍棒を駆け上り、ただの一撃で太いオークの首をはねた。
三頭のオークは、陽が昇りきる前に全滅した。
心臓が早打ちする。息が早い。汗がへそを伝わる。お腹は休みなく波打ち、手足の肌は熱を発散し続ける。胸は上下に揺れ、勃った乳首は完全にビキニの形と一致している。
シーナは興奮しているが、村人は熱狂と困惑のあいだにいた。オークは死んだ、危機は去った。だがシーナは悪魔の鎧を着ている。悪魔の、ビキニアーマーを来て、半裸そのものだったからだ。
子供が、まだ世間を知らない子供が叫んだ
「しーなねえちゃん!」
駆け寄り、彼女の上気した肌に抱きついた。その鎧がなにかは知らないが、命の大切さは知っている子供だった。
それを契機に村人たちの心の天秤は傾いた。
「シーナ!」「シーナちゃん!」「よくやった!」
次々とシーナに駆け寄り包容しキスをする。男たちは気を使ってか近寄ってこないが、ジロジロとは見ていた。
村を救った英雄が、たしかにそこにいた。
「ヴィギニ?」
村人に感謝されながら、シーナは本当の功労者を探した。だが彼はもう、この村にはいなかった。
街道を魔物の領土から人の領土の側に向かって進むヴィギニ。戦いの結果は見ずとも分かっていた。シーナの剣の腕とビキニアーマーが合わされば、オークは雑魚にしかならない。別れを言う必要もない。
そして、感謝される資格もなかった。
人の世を苦しめているのは、彼の作った魔族のビキニアーマーだ。
彼は人の世界に帰らなければいけない。
人が着るビキニアーマーを、
世界にバランスを取り戻すビキニアーマーを、彼はその人生を懸けてでも作らねばならないのだ。
彼が求めるのは、人の世を救う最強の女たち。
彼が夢見るのは、人の世を救う最高のビキニアーマー。
ヴィギニ・アーマニーの贖罪の旅は始まったばかりであった。
魔族の帝都「ビクニモデウム」
数十万という魔物が住む魔族の帝都の中心に、彼らの主が住む城がある。魔族たちがその城を眺める目には敬意があった。今の魔族の繁栄を作り出したのは、その城に住む魔族の将軍「マキニス」であると皆知っているからだ。
今、そのマキニスは小さいが不快な知らせを聞いていた。
「鎧職人、ヴィギニ・アーマーニーが消えました」
魔族の繁栄を勝ち取ったのがマキニスであるのなら、その下準備をしたのは、間違いなくヴィギニである。玉座に足を乗せて座っているマキニスは、知らせを聞いても無反応であった。
「やはり、やつはニンゲンの元に帰ったのだ!だからワシはあの男の足を切っておけと言ったのだ!鎧職人に足など不要!」
側近の魔族一人ががなり立てる。彼がニンゲンであるヴィギニを嫌っていたのは周知のことであった。
「あんなニンゲンはもう不要だ。だが野放しというわけにはいかん。即刻追いかけて殺せ!」
マキニスは玉座から降り、腕を上げた。マントの下に見えるのは、彼女の美しい青い肌と、男が作った最高のビキニアーマー。
威勢良くがなり立てていた側近が悪寒を感じて口を閉じた。
だがもう遅かった。
彼の体は縦に三つに分割されていた。
裂けた体は床に倒れて扇状に広がる。もちろん絶命している。
マキニスの伸ばした爪が赤く光っていた。攻撃動作はそれだけしか見えなかった。
彼女はベランダへと進み、広大な魔族の首都を眺め、視線をその向こう、山並みへ、そして更に向こう、人の住む世界の方角を眺めた。
「ヴィギニ、君はまだ作り足りないのか、ビキニアーマーを? 君は、私が見初めた時、私が見出した時、私が思っていたよりも、遥かに狂って、取り憑かれていたんだね…」
マキニスは人だけが持ち得る猛烈な妄念、執着を思って体を震わせた。
興奮したのだ。
マキニスは笑顔になる。
それは人のほほえみではない、口は裂け牙が覗く。猛烈な笑み。
「だったら作っておいで、私と君の最高傑作を超えられるのかい?
君が作る、未来のビキニアーマーは!」
マントははためき、彼女の全身があらわになる。
そのビキニアーマーの異様さはッ!
(完)
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ここまで読んでくださった、あなたの好奇心と根性に感謝いたします。
ビキニアーマー職人の朝は今日も早い 重土 浄 @juudo
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