メガネでメイドなポニーテールのおねえさんはいかがですか?

秋乃晃

二〇〇九年十月三十一日

 サヨナラ負けだった。


「くやしいぜ……」


 練習試合なので公式戦ではないにせよ、点の取り合いになってのどっちが勝つか最後までわからないようなシーソーゲームの果て、相手の四番に特大アーチを描かれた。悔しいに決まっている。


 学ラン姿の桐生きりゅう貴虎きとらは校庭の砂で汚れたユニフォームやほとんど空になっている水筒などを詰め込んだリュックサックを背負って、祖父の家へ向かっていた。自宅のほうが距離は近いが、今帰っても誰もいない。両親は貴虎が家を出る前に出かけてしまっている。


 週末は祖父の悟朗ごろうや祖母の早苗さなえが待っている父方の田舎へ泊まるのが、貴虎の日常だ。


 悟朗は発明家である。様々な機械を組み立てる。色々な仕組みを閃く。仲のいい企業に売り込んだり、特許を申請したりして、自身の稼ぎとしていた。早苗は料理上手で気立てがよく、昔は『村一番の美女』ともてはやされていたらしい。貴虎にとっては、自慢のじいちゃんばあちゃんだ。


「じいちゃん、今日は何作ってるかな」


 世間はハロウィン。


 とはいえ、それっぽい服装をして「トリックオアトリート!」と言いながらあちこちの家を歩いて回っているのは未就学児ぐらいで、小学生以上の年齢になると気恥ずかしさがまさってしまう。だから、中学生の貴虎は本日がハロウィンであることをすっかり忘れて、祖父の新しい発明品を妄想しながら、最寄りの駅まで歩いていた。


「お尋ねしたいのですが」


 不意に呼び止められて「な」んでしょうか、を最後まで言えずに硬直する。まるでメドゥーサににらまれたかのように、指一本とて動かせなくなった。


「?」


 メドゥーサ、もとい、貴虎のこの十四年間の人生で出会った女性の中でいちばん美しいお顔の美人は、不思議そうに首を傾げる。


 彼女の名前は霜降そうこう伊代いよ。現在は任務中だ。ふざけているのではなく、今回の任務がメイド服の着用を義務づけられていたのでメイド服姿になっている。トレードマークのポニーテールは普段通りだが、知り合いに遭遇した際のがあって、いつもなら装着しないメガネをかけていた。度は入っていない。


「その制服を着ているということは、あちらの中学校の生徒さんですよね?」


 この辺の中学生であれば、地理情報にも明るいのではないか。


 伊代は組織の責任者である作倉さくらすぐるに託された地図を貴虎に見えるように広げて、赤く丸印の付けられた場所を指さし「ここに昔、何があったかを教えていただきたいのですが?」と質問を続けた。現在、その場所は立ち入りはできない。新たな建物を建築すべく更地とされてしまっている。


「……!」


 ようやく硬直状態から復帰した貴虎は、意を決して「付き合ってください!」と叫んだ。この瞬間を逃したら、二度と出会えない気がした。


「はい?」

「お友だちからでも!」

「……」

「うち、いま、誰もいないので!」

「他の人に聞きます」

「え、ええ!?」


 心底メガネをかけていてよかったと思う。もしどこかで偶然この少年と遭遇したら、次は「運命だぜ!」とでも言われかねない。メガネひとつで顔の印象は変わる。髪型も変えておけば完璧パーフェクトだったが、後悔は先に立たないものだ。


「しつこいと交番向かいますよ?」

「えっ……すんません……」


 自分で言って、気付く。最初から交番で聞けばよかった。


「あのですね、少年」

「はい!」

「メガネでメイドのポニーテールなおねえさんなんて幻想ですから。忘れてください」

「はい……」


 言い切られてしまい、いや目の前にいるじゃんとは言えない貴虎だった。



「こうしておれのメイド好きが始まるのであった。めでたしめでたし」

「……めでたくなくねぇか?」

「あの時のメイドさんにまた会いたいぜ」

「忘れろって言われてんのに?」

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