8番めがね

洞貝 渉

8番めがね

 カタンと揺れて、目が覚めた。

 暗い車内に、一瞬ここがどこだかわからなくなる。

 仕事帰りだった。週末の疲れ切った体を引きずって電車に乗り、数駅やり過ごす間だけの短い惰眠を貪っていた、つもりだったが。

 寝過ごしたか。いや、寝過ごしたからといって車内の電気が消えているのはおかしいか。

 ここがどこなのか確認しようと、窓の外を覗く。

 しかし暗すぎて何も見えない。

 おかしいな、と思いめがねの縁に軽く触れて高さを調節しようとしたが、手はフレームには触れずにわたしの顔を撫でた。めがねが、ない。

 眠っている間にどこかに落としてしまったらしい。

 マズイことになったと周囲を見回すが、ほぼ何も見えない。

「何かお探しですか?」

 思いの外近くから声がしてぎょっとした。

 声の方を向くが、やっぱり何も見えない。人の輪郭くらいは見えてもいいものだが、視界は黒一色だ。

「困ったときはお互い様ですよ。僕に言ってみてください」

 妙に人懐っこい声に、わたしは警戒を少しだけ解いて、めがねを落としてしまったらしくて何も見えないのだと伝える。

「それは大変だ。めがねですね。ええと……これですかね?」

 何かがわたしの手に触れた。見るが、もちろん何も見えない。

 わたしは触れているものを手先の感覚で扱い、顔に装着してみる。

「どうです? なにか違和感はありませんか?」

 それは確かにわたしのめがねだった。着け心地に覚えがある。

 しかし、おかしい。視界が黒一色から、なぜか白一色に変化したのだ。わたしがそれを相手に伝えると、めがねを取り上げられた。

「違和感があればすぐに教えてくださいね。では、次はこちらでどうでしょう」

 次のめがねを装着すると、視界が戻ったようだった。いつもの車内だ。暗くなく、ちゃんと車内が見渡せる。

 が、今度は着け心地が変だ。なんだかモフモフとした感触がする。これは何だ?

「はいはい、そうですか。じゃあ、お次はこちらですよ」

 すぐにめがねが外されてしまい、声の主の姿は確認できなかった。

 次に渡されためがねはなぜかヌルヌルしている。こんなもの装着できやしない。

「あらあら、そうですねえ。どんどんいきましょうか」

 姿の見えない声の主は、どことなく楽しそうな様子だ。それにしても、どこからそんなに大量のめがねを出しているのだろう。わたしのめがねが、この声の主の持っているめがねの中にあるのだろうか。


 次のめがねはまともそうな触り心地だった。

 装着するも、違和感はない。視界もクリアになり、明るい車内の様子がわかるようになる。

「どうです? 違和感はありませんか? よく確認してくださいよ」

 わたしは問題ないようだということ、手間をかけさせてしまい申し訳なかったことと、助かった旨を伝え、頭を下げた。

「……へえ、それがあなたの答えなんですね」

 急に冷たい口調になり、声の主は呆れたように大きなため息を吐く。

 おや、と思い顔を上げると、目の前に人間サイズの巨大な獏がいた。

 喉の奥から変な声が出る。

 よくよく車内を見渡してみると、ぽつりぽつりと埋まる席に人間の姿はなく、人間サイズのデメキンや蝙蝠、蟻などの生き物が行儀よく着席している。

「これで何度目になるのか。全くもって、なかなか学びませんね、あなたは」

 獏は言って、にたりと笑った。




















 カタンと揺れて、目が覚めた。

 暗い車内に、一瞬ここがどこだかわからなくなる。

 仕事帰りだった。週末の疲れ切った体を引きずって電車に乗り、数駅やり過ごす間だけの短い惰眠を貪っていた、つもりだったが。

 寝過ごしたか。いや、寝過ごしたからといって車内の電気が消えているのはおかしいか。

 ここがどこなのか確認しようと、窓の外を覗く。

 しかし暗すぎて何も見えない。

 おかしいな、と思いめがねの縁に軽く触れて高さを調節しようとしたが、手はフレームには触れずにわたしの顔を撫でた。めがねが、ない。

 眠っている間にどこかに落としてしまったらしい。

 マズイことになったと周囲を見回すが、ほぼ何も見えない。

「何かお探しですか?」

 思いの外近くで声がした。

 前にもこんなことがあったような気がするが、よく思い出せない。

「困ったときはお互い様ですよ。僕に言ってみてください。そして、今度はもっとしっかり違和感を探してみてください」

 暗闇の中でそれが、笑っているような気配がした。

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