素晴らしい眼鏡

低田出なお

素晴らしい眼鏡

 男がそれを思いついたのは、フリーマーケットに行った時だった。

 箱に詰められた古びた眼鏡の山。500円。

 一度通り過ぎ、他の店先を眺めながら歩いていると、弾ける様にアイデアが浮かんだ。回れ右をして、すぐに駆け戻っていた。

「爺さん、その箱くれ」

「ん、あいよ」

 店主の老人へと声をかけ、禿げ上がってシミのできた頭を掻いている老人に500円玉を支払った。

 眼鏡の山を入手してから、準備はその日のうちに終わらせた。必要な物は100均で揃えた。ポリエチレンの袋やタックシールなどをまとめて買い、梱包は家に残っていたクッション付きの封筒を流用した。

 あとはいくつかの眼鏡の写真を撮り、フリマアプリに投稿。必要な各書類と一緒に梱包するだけだ。

 品名にはこのアイデアの根幹たるものを付けた。

 その名も「壁の向こうが見える眼鏡」。

 勿論、透視が出来る訳がない。それどころかレンズすら入っていない。

 しかし、このやや古ぼけた眼鏡のデザインと、興味を惹かれるネーミングに、きっと釣られてしまうバカはいる。

 性欲に後押しされたか、はたまた動画のネタに飢えた活動者か。そういった都合の良い存在はいくらでも存在する。

 男はその存在たちを使って儲けようとしていた。

 詐欺だと騒ぎ立てられないよう、「壁を除く際は、その部屋の扉を開けてご使用下さい」と書かれた紙切れを入れた。

 そもそも透視なぞ出来る眼鏡なんて、この世界に存在しない。そんなものを本物だと思う方がバカなのだ。買う方がバカなのだ。

 だから詐欺ではない。詐欺ではないのだ。

 男はいつも通りそう言い聞かせ、サイトの投稿ボタンをクリックした。

 値段は一つ3000円。一つでも売れればお釣りが来る。売れなければゴミとして捨ててしまえばよい。なんなら、眼鏡のフレーム詰め合わせと題して売ってしまおうと考えていた。

 男はこうした商品を作っては、小銭を稼いで暮らしていた。この眼鏡もこれまでと同じ様に、小銭を己にもたらしてくれる事を願っていた。




****




 店員は男のテーブルにチキンステーキを持ってきた。

「ご注文は以上で宜しかったでしょうか」

 店員の問いに片手をあげて応じる。レシートを卓上の筒に立てた店員が立ち去ったのを見送ってから、男はナイフとフォークに手を伸ばした。

 男が豪遊していたのは、他でもないあの眼鏡のお陰だった。

 サイトに眼鏡を投稿して丁度一週間経った頃、突然飛ぶ様に売れ始めたのだ。

 補充しても、補充しても、すぐに買い手が現れた。瞬く間に在庫は捌け、全ての眼鏡を売り切ってしまった。

 余りに売れたものだから、眼鏡を仕入れたフリーマーケットで先の老人を探したほどだ。残念ながら老人は見つからなかったが、そんな事は笑って許せてしまうくらい、男の懐は潤っていた。

 もう何年振りかになる大きな鶏肉の味に舌鼓をうつ。本当にあの眼鏡と老人には感謝しても仕切れない。素晴らしく晴れやかな気分だった。

 なのだが。

 一つだけ、男の頭には晴れやかになりきれない懸念点があった。

 誰も、苦情を言ってこないのである。

 男は今まで、こうした商品を繰り返し出品していた。当然、返金を求められる事も多かった。

 とはいえ、中には面倒くさくなったのか、そういう文句を言って来ない人も珍しくなかった。男の商品は原価が切り詰められていたから、そういう人が何人かいればそれでよかった。

 しかし、今回の眼鏡は様子が違った。現段階で、一人も苦情がない。

 当然、億劫な対応に追われる事もないのだから、こちらとしては都合が良い。だが、一つも来ないのは、それはそれで不気味だった。

 もしかして、本当に透視出来る眼鏡だったのか?

 そんなくだらない想像が沸き立つほど、不安は募っていた。今こうしてファミレスに赴いているのも、その不安を払拭したかった思いがあった。

 己の苛まれる感情を、口と手を動かす事で、男は必死に掻き消す。

 やがて、テーブルの上の料理は消え、満腹になった男が残った。男は水を飲んでから小さくゲップをし、のそのそと立ち上がった。

 支払いを終え、店を出る。レジの前で手元の金額を見て、つい口角が上がった。

 午後はどうしようか。二重になっている扉の二枚目を押しながら考えていた時、ポケットのスマートフォンが震え出した。

 見てみれば、メールアプリにバイト仲間の友達からだった。

 歩きながらアプリを開き、内容を確認する。彼からは「これお前じゃね?」という文言と、どこかのサイトのアドレスが貼り付けられていた。

 思わず足が止まる。

 まさか、あの眼鏡か? いや、そんな訳はない。じゃあ、もしかして詐欺として大ごとになっちゃったとか……。

 息を呑む。それから一拍置き、長く息を吐いてからアドレスをタップした。

 読み込まれたサイトはどこかの掲示板らしく、タイトルが大きく表示されていた。

『激安ヴィンテージメガネ買ってみたけど判定してくれないか』

 その下には見覚えのある眼鏡のフレームの画像がいくつかと、男の通販ページのスクリーンショットが投稿されていた。

 男は数度、スマートフォンをスクロールした。それから小さく「は? は? え、は?」と呟いてから、やがて呻き声をあげ、頭を掻きむしった。

 

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素晴らしい眼鏡 低田出なお @KiyositaRoretu

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