君のメガネ
江東うゆう
君のメガネ
君のお葬式が済んだら、ぼくはすぐに研究室に走っていった。
手に、君が死ぬまでかけていたメガネを握りしめて。
君は死んだ。でも、これでお別れなんてあるはずがない。
ホワイトボードには君の写真がいっぱいで、パソコンの中には君の映像がたくさん入っている。
だから、ぼくは、君を作ってみたんだ。
汎用性AIができてから20年、いろんなロボットが作られてきた。理想的な顔をしたロボット、身体能力がすこぶる優れたロボット。
でも、いちばんたくさん作られたのは、かつていた誰かにそっくりなロボット、つまり故人ロボットだった。
君がいなくなるまえに、ぼくも何人か作ったことがあった。
必要なのは、写真や映像、性格がわかるもの。ともかく膨大なパターンがほしいので、できるだけ軽くてたくさん情報が入っているデータがいい。だから、日記や手紙を持ってくる人もいた。
そこから性格を読み解くのはけっこう難儀だ。文字を書くとき、人は格好をつける。できてから、こんなに気の利いたことを言う人だったかしら、なんて変な文句をもらったこともある。
君の場合は大丈夫だった。
離れていても、3Dホログラムでのやりとりができる現代。
ぼくらは、SNSを使っていた。大昔に使っていたというSNSを再現して、会話形式で簡単なやりとりができるものだ。
ぼくは、SNSのデータをすべて読み込ませて、故人AIをつくった。君の過去はこのAIに記憶され、過去の出来事から類推できる内容ならば、君は新たな会話すらできる。
それから、君そっくりの外側を作って、ロボットにかぶせた。AIが搭載されたロボットは、君の姿で目を覚ました。
大きいとは言えないけれど、丸いかわいい目で、君は言ったんだ。
「おはよう。寝坊したかしら」
ぼくは、「うん」と答えた。
「メガネがなくて大丈夫?」
「そうね」
君はくるくると辺りを見回して、首を傾げた。
「よく見えるわ」
ぼくは気づいた。ロボットの視力はすべて裸眼1.2で設定されている。元の君のようにメガネは必要ないんだった。
でも、メガネのない君はいつもと違って見えた。
これは、君じゃない。ロボットだ。
けっきょく、君にそっくりなロボットは、君のご両親が引き取ってくれた。ご両親は、小さい頃、君がメガネをしていない顔を知っているから、いいんだって。
ぼくは……ぼくは君がメガネをかけている姿しか、しらない。
翌日、ぼくだけが君を失った世界で、君のメガネを君と知り合ったときから持っている鞄にしまって、旅に出た。
〈おわり〉
君のメガネ 江東うゆう @etou-uyu
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