後編
「うーん、どうかな。ちゃんとした確認作業はこれからなんだけど、帰る前にざっと見たときは『なんか違うなー』って思ったんだよね」
「どう違ったんです?」
「私が見ているものと、写真に写っているのが違うっていう感じ。でも、仕方ないんだけどね。カメラってどうやっても人の目と違うから。あとは、カメラの種類とか変えてみたり、設定を変えてみたりして試行錯誤してかないといけないんだけど、そこがまだだったなって。あとは、アメリカの空は、日本とはまた違っていて、それもうまく撮れなかった理由の一つかな」
「そうなんですね」
「うん」
カメラのことや、写真のことはよく分からないが、凪さんが撮る写真の良し悪しなら、俺にも何となく分かる。彼女が「いい」と思った写真はやっぱりいいし、「イマイチ」と言った写真は、やっぱり「イマイチ」に見える。
好きな人が言っていることだから流されているだけかもしれないけれど、凪さんの評価を聞かずに、「灰色と黒ののら猫が、ここの喫茶店の箱型の看板の上で、女王のように寝そべっている写真」を見せてもらったときは、心から「いい」と思った。俺が「いいですね」と言ったら、彼女は照れくさそうに「そうでしょう」と言ったのを、今でもはっきりと覚えている。
「それにしても、日本の夏は相変わらずあっついねぇ」
「暑いですよ。凪さん、何か飲みます?」
俺がカウンターのほうへ移動しようとすると、彼女は言葉で制した。
「いや、いいよ。水飲むから。泉くんにアイスティーやら、アイスコーヒーやら入れてもらったなんて、父さんに知られたら怒られちゃうし。大学生の子をこき使うなって」
「俺は別にいいですけど」
「ふふ、やさしいねぇ、泉くんは」
そう言いながら、凪さんはカウンターのほうに入って行って、浄水器の通った水道の蛇口からコップに水を
「ぷはあ! うま!」
「ビール飲むみたいに飲みますね」
「ビールよりおいしいよ。ちなみに、お酒はブランデー派ですから」
「そうでした」
くすくすと笑うと、凪さんが急に俺をじっと見つめる。
何だろうと思って、急にどきどきしてきたが、どうやら見ていたのは、彼女から見て俺の左側にある南に面した窓だった。
「アサガオの自然のカーテン、いいね。目がね、安らぎますよ」
凪さんはそう言って目を細める。
俺は自分の右側を振り返り、彼女と同じものを見た。そこには、地上から店の窓を隠すように、「緑のカーテン」が作られ、店の中に入る光を和らげてくれている。床に葉っぱの影ができていたのも、これがあるお陰だ。
「ありがとうございます。去年、あんまりに日差しが強くて、ブラインドを下げるお客さんが多かったんですけど、そうしたら店の中が暗くなっちゃって。それで、マスターが『緑のカーテンをやってみようかなぁ』って言ったんで、今年俺がアサナオの種をプランターに植えたんです」
「へえ、そうだったんだ。大変だったんじゃない?」
「そうでもないですよ。アサガオって、意外と手間がかからないんです。大きくなる途中で、アブラムシが結構つくので、そのときにちょっと手伝ってあげれば、水をやっているとぐんぐん育つんで。それに大きくなっていくの見るのは楽しいです。今は、花も沢山咲かせてくれますし、俺がやるのは水やりぐらいですけど、余計なことをしないのがちょうどいいなって」
「そっかぁ」
すると凪さんは、ふふふっと妙な笑みを浮かべて、再び俺を見た。
「どうしたんですか、凪さん?」
俺も彼女の笑いにつられて、変な笑みを浮かべてしまう。
すると、凪さんはほっと息をついたようにして、「いやぁ、いいなって思ってさ」と言った。
「いい?」
「なんかね、泉くんって見守るの上手いなって。私もそういう人に見てもらえたらいいなって、思っただけだよ」
俺は一瞬それがどういう意味なのかよく分からず、フリーズした。
「……え?……ええ?」
だが、凪さんはその説明はせずに、ぐっと腕を天上に向け、体全体を伸ばすと「さてと」と言い、コンデジを持って動き出した。
「アサガオの花も咲いているみたいだし、ちょっと写真でも撮らせてもらうおうかな」
「……あ、あの、凪さん? 今言ったことってどういうこと――あっ! ちょっと待ってくださいよ!」
ちりん、ちりん、と外と繋がる店のドアが音を鳴らす。俺はどうしようか迷った末に、モップをそっと床に置くと、凪さんの背を追った。
ちりん、ちりん、と再びドアの鈴の音が鳴る。
暑い夏は、まだ始まったばかり。
(完)
☆KAC20248☆ 緑のカーテン 彩霞 @Pleiades_Yuri
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