浮気調査がメインの探偵〜山奥の旅館殺人事件〜

ジロギン

第1話(完結)

S県の山奥にある小さな旅館。宿泊客4人と、旅館を切り盛りしているオーナーの老婆が1階のロビーに集まっていた。


昨日から宿泊中の女性客が部屋で絞殺されているのを、翌朝、一緒に泊まりに来ていた同僚が発見。女性は悲痛の表情を浮かべ、着物が乱れ胸部があらわになったまま、和室に敷かれた布団の上で冷たくなっていた。


その日の夜0時ごろまで同僚たちと別室でお酒を飲んでいた女性。それぞれの部屋に戻った後、朝になるまでの間に殺害されたようだ。


人気のない山奥の旅館で起きた殺人事件。犯人は間違いなく旅館にいる人物。オーナーの老婆はそう考え、宿泊客全員を一カ所に集めて警察の到着を待つことにしたのだ。


老婆「通報しましたが、昨夜土砂崩れが起きて、ここにつながる唯一の山道が通れなくなっているそうです……警察が到着するのは、早くても明日の朝だとか……」


三崎「ウソぉ!?じゃあ殺人鬼ともう一晩過ごさないといけないってわけぇ!?」


難破「マジかよ……」


殺井「ま、また誰か殺されるんじゃ……?」


動揺する3人の男女。そのかたわらでソファに座り、音を立てずコーヒーを飲む一人の男。紺色のスーツを着て、シャーロック・ホームズを想起させる薄茶色のディアストーカーハットを被っている。


毛利「みなさん落ち着きましょう。まずは自己紹介でもしませんか?少なくとも明朝までは共に過ごさないといけないわけですし、お互いのことを知れば、犯人もうかつに動けなくなるかも……オーナーのご婦人のことは存じ上げていますが、他の3名は……」


3人の男女は顔を見合わせる。そのうちの一人、細身でロン毛の男が口を開いた。


難波「オレは難破 槍真(なんぱ やりま)。会社員で、23歳。死んだ浅田 千紘(あさだ ちひろ)は、同じ会社の同期だよ。他の2人も同期の新卒」


茶髪にショートロングの女が続いて名乗る。


三崎「私は三崎 美咲(みさき みさき)。23歳。難破の言う通り、千紘と殺井は同期で、研修期間中の3ヶ月くらいは毎日顔を合わせてた。それぞれの部署に配属されてから会う機会は減ったけど、私たち新卒は4人しかいなかったから、何やかんやでお互いが心の支えだったの」


短い黒髪で体格の良い男が野太い声で話し始める。


殺井「久しぶりに会おうってことになって、連休を利用して旅行に来てたんです。楽しい時間になるはずが、なんでこんな……あっ、すみません。ボクは殺井 絞人(さつい しめと)。新卒ですが3浪しているから、他の同期より3つ上です。三崎とは同じ大学の柔道部でした」


難破「オレたちは自己紹介したぜ。で、あんたは何者だ?コーヒー野郎って呼べばいいか?」


男はコーヒーカップを目の前のローテーブルに置く。


毛利「私は毛利大二郎(もうりだいじろう)。39歳。職業は探偵です」


殺井「探偵!?」


難破「マジか!なら話が早い!探偵さんに犯人が誰か見つけ出してもらおうぜ!」


三崎「そうね!探偵がいるなんて、ある意味私たちツイてるかも!さぁ、事件現場を調べて、ちゃっちゃと犯人見つけちゃってよ!」


毛利は右手の人差しを立て、小さく左右に振る。


毛利「私が工藤 新一(くどう しんいち)に見えますか?」


三崎「いや見えない。足元にも及ばないくらいブサイクだし、老けてる」


毛利「そういうことではありません。いいですか?現実の探偵は、工藤 新一みたいに殺人事件の捜査なんてしません。ああいう探偵は、フィクションの世界にしか存在しないんです。探偵の仕事は浮気調査がほとんど。もちろん私も例外ではありません。殺人事件に遭遇したのも今回が初めてです」


難破「じゃあアンタは一般人同然ってことか?」


毛利「ご明察。だから勝手に殺人現場を調べる権利もありません。むしろ警察が来るまで事件現場を荒らさず、下手に動かないことが事件解決への最大限の貢献なのです」


難破「何だよこの役立たずが!期待させやがって!」


三崎「肩書だけのデクの棒!」


殺井「探偵ってそういう仕事なんだ……ふぅ」


毛利「ただ、フィクションの探偵でなくても、ある程度の推理はできる。私でもね。たしか、殺害された女性、千紘さんの遺体を最初に発見したのは殺井さん、あなたでしたね?」


殺井「そ、そうです。千紘が朝起きて来ないので、心配して部屋に行ったら鍵が空いていて……ま、ま、ま、ま、まさか、第一発見者がい、い、一番怪しいなんて言うんじゃ……」


毛利「そんな短絡的な推理はしませんよ。しかし殺井さん、私にはあなたが必要以上に動揺しているように見えるのですが」


殺井「ど、同期が殺されて、まだ犯人もこの中にいるし、自分が犯人だと疑われてるんだ!す、す、少しくらい動揺するのも仕方ないじゃないですか!」


毛利「落ち着いて。なにも、あなたを犯人だと決めつけているわけではありません」


三崎「どうだか?探偵さん、この殺井って、大学時代に傷害事件を起こしてるんですよ。飲み会の後、帰りの駅で見知らぬサラリーマンをともえ投げして、三角絞めで気絶させて、全治4ヶ月のケガを負わせたんです。結局、お金持ちのパパの力で示談になったらしいけど、少し間違えれば相手を殺してた」


殺井「そ、その話は今、関係ないじゃないか!」


三崎「あるわ。アンタは酒が入ると見境なく暴力を振るう、そういう人間なのよ。いや、この野獣!昨日も、晩御飯を食べてから夜遅くまでずっとお酒を飲んで、4人ともだいぶ酔っ払ってた。で、アンタの本性が出たのよ」


難破「初耳だが、サラリーマンを三角絞めしたってのは怪しいな。千紘も絞め殺されてたんだろ?」


殺井「あのときはサラリーマンのほうも酔っ払ってて、ボクにしつこく絡んできたんだ!だからつい……少なくとも暴力を振るってしまう理由があった!でも千紘に対して乱暴する理由はない!そ、そんなことを言うなら難破、キミは千紘を恨んでいたんじゃないか?」


毛利「ほう」


難破「な、何言ってやがる……」


殺井「キミ、千紘に告白して派手に振られてそうじゃないか!その腹いせに殺したんだろ!?」


難破「はぁ!?んなわけねぇだろ!」


毛利「千紘さんの衣服は乱れて揉み合った形跡があったが、部屋は荒らされていなかった。そうですよね?ならば、盗み目的ではなく怨恨の可能性が高いと考えるのが自然でしょう」


難破「オレじゃねーよ!それにオレは千紘のことなんか恨んでねぇ!告白したってのは尾ひれが付いたウワサだ!入社初日にナンパ感覚で声かけただけだよ!千紘、カワイイからワンチャンあったらいいなって」


三崎「アンタ、タツノオトシゴみたいな顔してるくせに、よくナンパなんてできるわね!」


難破「オレでも新宿でナンパすりゃ、300人に1人くらいは釣れんだよ!」


三崎「確率低すぎるでしょ!パチンコでももっと当たるわ!」


難破「そういう三崎、お前はどうなんだ?『寝るのは一人がいいから、全員個室を予約しよう』って言い出したの、お前だったよな?男女2人ずつに分かれて泊まることもできたのに、そうしなかった。それは、お前と千紘の間にいざこざがあったからだ!違うか!?」


毛利「ほう」


三崎「たしかにあったけど、殺すような理由ではないわ……私の名前、『みさきみさき』って、苗字と名前が一緒の読み方でしょ?それを千紘が『何でみさきって2回言うねん!』ってイジるのが鉄板みたいになってて。みんなの前でやるなら笑いが取れていいけど、2人だけのときもしつこくイジってくるから、ウザかったの。それが男女で部屋を分けたくなかった理由。でもそれ以外は、別に千紘のこと嫌いじゃなかったし、殺そうなんて思ったこともない!」


毛利「なるほど……いったん整理しましょう。オーナーのご婦人は見たところ齢70を超えていらっしゃる。相手が女性といえど、力ずくで絞殺するのは無理でしょう。しかも自分が経営している旅館で殺人を犯すメリットは何もない。そしてオーナーにも私にも、初対面の千紘さんを殺す道理がない……一方、同僚のお三方は、わずかではありますが千尋さんを殺す可能性があった」


殺井「ボ、ボクじゃありませんよ!本当です!信じて!」


難破「オレもやってねぇ! 片玉をもがれても『やってない』と言うぜ」


三崎「私も違う!」


毛利「ふーむ…………ところで、この雰囲気からして、私がこのままの流れで犯人を特定しないといけない感じなのでしょうか?最初に言った通り、探偵は主に浮気調査などが仕事で、殺人事件の専門家ではないのですが」


殺井「あっ、いやぁ……どうなんでしょう?」


難破「まぁ、浮気調査しかしない探偵にそこまで求めるのは酷だよなぁ……」


三崎「毛利さんに『犯人はお前だ!』とか言われても説得力ないし……」


毛利「ですよね?なら良かった。私の口からこの場で、犯人の名を告げずに済みそうで……」


殺井「えっ!?その言い方、まさか!?」


難破「アンタ、実は犯人が誰か分かってるのか!?」


三崎「でも、私たちただ口論してただけよ?それで犯人が分かるなんて……もしかして本当の名探偵?安楽椅子探偵ってやつ?」


毛利「ふん。そう難しい事件ではありませんよ。真実は…………警察の手で暴いてもらいましょう」


難破「言わねーのかよクソが!」


三崎「詐欺野郎!」


殺井「ふぅ……ドキドキした」


毛利「とはいえ、犯人がこの中にいることは明白。全員、明朝警察が来るまで自室で待機しましょう。そしてオーナー、この旅館から誰も出ないよう入口を見張っておいてください」


毛利の指示に従い、宿泊客たちは自室へ戻って行った。



ーーーーーーーーーー



夜2時


ドスンという鈍い音と衝撃が、小さな旅館を揺らした。


音の出所は、三崎が泊まっている「萩の間」だった。


目を覚まし、萩の間に駆けつけた難破、殺井、そしてオーナーの老婆。


萩の間の扉は、鍵がかかっていなかった。


3人が部屋に入ると、畳の上で三崎が毛利に袈裟固めをかけていた。


難破「何があった!?」


三崎「犯人コイツだよ!コイツ、私のこと夜這いしようとしてきた!」


老婆「えっ!?探偵さんが!?」


難破「……なるほど。蓋を開けてみれば、犯人はただの強姦魔か。昨日は千紘を襲って、抵抗されたから殺した。で、ターゲットを三崎に切り変えたと」


殺井「あら〜、探偵さん、いやレ⚫︎パーさん。そりゃ悪手だよ。三崎は大学時代、柔道65kg級でインカレ3連覇してて、男のボクですら簡単に一本背負いされちゃうんだから。勝てっこない」


毛利「ふふふ……くくく……ハーッハッハッハ!よくぞ見破ったと褒めてやろう、ガキども。探偵だと名乗って本物のようにそれらしいことを言えば、乗り切れると思ったのだが」


難破「んなわけねーだろ。乗り切りたいなら、せめて今夜くらい性欲抑えとけ。つーか、こんな間抜けに犯人扱いされてた自分が恥ずいわ」


殺井「同期の誰かが犯人だと思ったら怖かったけど、全然関係ない人間の仕業だったのか……しかも、動揺してるだの怨恨だの、余計なこと言ってボクらの輪をかき乱しやがって!」


毛利「社会人経験の少ない新卒どもなら、余裕で騙せると思っていたよ。私の誤算だ。最近の若者は、なかなか頭が切れる」


三崎「いや私のフィジカルに負けてるんだけどアンタ」


毛利「オーナーのご婦人、次のターゲットはあなただったのだが……枕を共にできそうになくて残念だ」


老婆「いやキモッ。早くブタ箱にぶち込んでもらいましょう。二度と出て来られないよう、ブタ箱の奥の方に」


夜明けと共にやってきた2人の警察官に挟まれ、毛利は旅館から刑務所へと旅立っていった。


<完>

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