玉稿

森下 巻々

(全)

『この世界に架空の世界を舞台として拵えて小説としたものは数多あるだろうと思われる。全ての作家が現実の世界を或いは見たままを文字に起こそうと躍起になる訳ではないからである。描かれている世界が我々の世界と異なっていたとしても何ら特別なことではない。しかしそうだとしても彼はやはり特異な作家である。一例を挙げれば彼の創作する小説では魔法なるものが登場する。登場人物のゆび先から火が出る水が出る電気が出る。何とも荒唐無稽で古来の錬金術師が見ても天晴と言うこと間違いない。また剣なるものを振り回す者も出てくる。西洋風の刀のようであって何を斬るかと言えばモンスタアと呼称される怪物である。登場人物は怪物を成敗する度に何かしらの報酬を得る。いま報酬と書いたが我々が日頃考えるような紙幣貨幣とは限らない。場合によっては魔法術の新たなものが提示されるのである。そうしてもう一つ彼の小説に特徴的な要素がある。それは登場人物らが旅をするということにある。ぷーんとはなにまで華の香りがするような土地を旅するシーンがある。大衆という、人口に膾炙した「水戸黄門」なるテレヴィを思わせる。荒唐無稽であることに両者は変わりがないが彼の小説がより前衛的に思われる。それでいてねを明白に意識した彼の或る意味自然主義的な描写が魔法と旅をあざやかにしている……』


「これさ、最後の方の文章がよく分からないよね」

「原稿を見てパソコンに入力するときに間違えたのではないでしょうか」

「そうですよ、たぶん。「ね」じゃなくて「め」なんですよお。読者の目を意識したと書いたつもりなんですよお。キーボードを打ち間違えて「め」が「ね」になったんですよお」

「それじゃ、さ、そのままじゃないか。書いてあることに斬新さがない」

「そうですよ、だって、当たり前のことしか書いてないじゃないですかあ、この文章」

「そ、そんなことないだろう。わたしが伝手をなんとか辿って、執筆していただいた玉稿なんだぞ」

   (おわり)

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玉稿 森下 巻々 @kankan740

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