「レンズ」のなかに「レンズ」

川線・山線

第1話 小学校低学年の頃の思い出

「白内障」は目の病気でも頻度の多い疾患である。頻度が高いのは当然で、加齢とともに目の中にあるレンズ「水晶体」は硬くなり、白く濁ってくる。水晶体が「硬く」なり、遠近の調整力が低下するのがいわゆる「老眼」であり、「白く濁ってくる」のが「白内障」である。


そういう意味では、高齢の方は皆「白内障」を持っている。眼科学の進歩で、「白内障」は「日帰り手術」でも治療できる疾患となった。眼球を局所麻酔し、角膜を下方から切開を加え、混濁した白内障を超音波で粉砕、回収し、その位置に「人工眼内レンズ」を挿入する、という手術になる。「眼内レンズ」の開発によって、「白内障」は手術を受けたからといって、メガネが必要となる疾患ではなくなった。


しかし、「眼内レンズ」がなかった時代には、白内障の手術で水晶体を取ってしまうと、「水晶体」の役割をする眼鏡をかける必要があった。


私が小学1年生のころだったように記憶しているが、祖父、父がほぼ同時期に「白内障」の手術をして、特殊なメガネをかけるようになった。二人とも糖尿病を患っていた。白内障は糖尿病の合併症の一つであるが、医学生時代の勉強では、糖尿病の「眼」にかかわる合併症として、「糖尿病性網膜症」「緑内障」は挙げられることが多い(どちらも失明するから)一方で、「白内障」は手術をすればある意味「治癒」する疾患なので、あまり注目を浴びる合併症ではなかった。


祖父と父がほぼ同時期に「白内障の手術」を受けた(多分祖父は50代後半、父は30代前半)のは、二人の「糖尿病」の重症度に差があったことが影響していたのだろう。そして二人とも、手術の後は、「レンズ」の中に「レンズ」がある特殊なメガネをかけていたことを覚えている。父が白内障の手術を終えて自宅に帰って来た時、それまでとは全く異なる、変わったレンズのメガネをかけている父を見て、びっくりしたことを覚えている。


正常の「眼」の中の水晶体は弾性があり、毛様体筋と呼ばれる筋肉で引き延ばされたり緩められたりすることで屈折率を調整し、ピントを合わせている。最近の眼内レンズは「多焦点レンズ」と呼ばれる、原理は私は知らないのだが、複数の焦点を持つレンズを「自費」で用いることができるのだが、保険診療では、原則、眼内レンズは「単焦点レンズ」と呼ばれる、焦点が1か所のレンズである。


焦点が一か所なので、結局遠くを見たり、近くを見たりと焦点を動かすときには、それ相応のメガネが必要となる。ただ、その時に使うレンズは普通のレンズなので、傍から見ていても違和感はない。


父や祖父が使っていたのは明らかに「普通のメガネのレンズ」とは異なる「レンズ」の中にさらに水晶体の代わりとなる「レンズ」が埋め込まれた、言葉は悪いが「奇妙」なレンズのメガネだった。もちろん今、そのようなレンズを使っている人を見ることはない。


もちろん白内障の機能を果たすべきレンズはメガネのレンズの中に埋め込まれており、「単焦点レンズ」なのは明らかである。


私が父と過ごしていたころ、父が近くのものを見るために眼鏡をずらしたりする姿を幾度となく目にしていたが、医学部に入学し、眼科学を学ぶまでは気にも留めなかった。


父が頻繁に眼鏡の位置をずらしていたのは、眼鏡と網膜の距離を変えることで焦点深度を変えていたのだ、ということがようやく分かったのだ。


メガネの位置を変えることによって容易に遠近の調節を行なえる、という点は眼外レンズのものすごい利点だと今は思う。手で焦点距離を調節できるので、少なくとも「老眼」で苦労することはないわけである。


ただ、あのメガネはインパクトがある。上記の利点を打ち消して有り余るほどのものだと思う。女性であればなおさらつらいだろう。ということで、眼内レンズが普及したこと、故無きことではないと思った次第である。

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「レンズ」のなかに「レンズ」 川線・山線 @Toh-yan

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