めがねの国のノーめがねデー

吉岡梅

ムギさんとめがね

 がたんごとん。喫茶店は走る。ムギさんと僕がコーヒーを飲んでいると、喫茶店はめがねの国へと停車した。


 黒猫のムギさんはしっぽをくるんと一振りすると、ぐぐっと背を伸ばした。


「やあ、着いたね。なんでもこの国の人はめがねが大好きで、全員めがねをかけているそうだよ」

「そうなんだ。でも、誰もかけていないみたいだけれども」

「どれどれ、あれ、本当だね」


 窓から外の様子を眺めてみると、めがねをかけている人は誰も見当たらなかった。


 僕が首を傾げ、ムギさんがしっぽを傾げていると、大きなリボンを着けた女の子が店内に入ってきた。リボンは危なっかしい足取りで、ムギさんと僕の隣の席までやってくると、ちょこんと座った。


「こんばんは。ねえリボン、なぜ皆めがねをかけていないの?」

「こんばんは。あら、知らないの? 今日は月に一度のなのよ。今日は一日みんなめがねを外すの。そしてぼやけた物を見ながら、めがねの良さを再確認する日なのよ」


 リボンは良く見えないからなのか、僕の顔の5cmくらいの超至近距離に近づきながら教えてくれた。


「そ……そうなんだ。でもめがねをかけていないリボンも素敵だね」

「まあ、ありがとう。で見る私は素敵なのね」


 ムギさんと僕は顔を見合わせた。僕の視力は右が2.0、左が0.8。つまりは、めがねなどかけていないのだ。2人で首を傾げていたのだけれども、リボンはその表情が良く見えなかったのか、そのまま話をつづけた。


「そういえば最近お兄ちゃんが私に冷たくてね、お兄ちゃんが眠っている間にこっそりめがねを取ってかけてみたの。それで鏡を見てみたら、私がそこそこピカピカに映ってたから安心したわ。

 嬉しくなってベッドを見たら、なんだか凄く豪華に見えたの。たぶんお兄ちゃん、すごく忙しい時期なんだろうね。だから構ってくれないのかって。

 納得したから、その日はうんと美味しいおやつを作ってあげたわ」

「そうなんだ」

「うん。嫌われていないみたいで良かったわ」


 リボンはカフェ・オレをオーダーすると、自慢げにそう言ったが、すぐにちょっと不満そうに口をとがらせて続けた。


「でもね、パパやママのめがねを借りて見てみると、私はすごく子供っぽく見えるのよね。いつまでこんな風に見えてるの?って、ちょっと呆れちゃうくらいよ。ねえ、私ってそんな子供もっぽくないわよね。大丈夫よね?」

 リボンが少し肩をすくめて首を傾げたので、僕はとりあえず頷いておいた。


「ありがとう。でも、めがねをかけない世界も悪くないけど、やっぱりめがねをかけていたほうが落ち着くのよね。あ、ありがとうございまーす。じゃ、私、行くね。めがねの国を楽しんで行ってね」


 リボンはマスターからカフェ・オレを受け取ると、の方向に向かってバイバイと手を振って降りて行った。


「僕もめがねをかけているのかな」

「かけているのかもしれないね」

「それって外せるんだろうか」

「外せるかもしれないし、外せないかもしれないね」

「でも、もし外せるとしたら、そのめがねをムギさんに貸したげるよ。そしたら鏡を見てごらん」

「結果はもう見えているから、興味ないよ」


 ムギさんはプイと窓のほうを向くと、ゆらゆら尻尾をS字に振った。

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めがねの国のノーめがねデー 吉岡梅 @uomasa

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