【短編】ジョンのだいさくせん

Edy

お題『めがね』

 やせた小さな犬がいました。彼は捨て犬でした。


 まだ何もできず、何も知りません。ごはんが欲しくて人間に近づいたこともありましたが、追い払われたり、ひどい時は石を投げらりたりしました。


 すっかり人間が嫌いになってしまった彼でしたが、ひとりの女の人に出会います。


 瘦せて汚れた犬なのに女の人は近づいてきました。目が悪いのか大きな眼鏡をかけていて、日の光を照り返してキラリと光りました。


 彼はその光が怖かったので、唸り声をだし、毛を逆立てます。


 しかし彼女は鼻が触れるほど顔を近づけ、優しくなでてくれました。


 小さい彼からしたら、とても大きく温かい手です。服が汚れるのも構わず、その手で抱き上げて言いました。


 はじめまして。私はマリー。今日からあなたの名前はジョンよ。


 マリーは町はずれの一軒家にジョンを連れていき、顔を寄せて言います。


 今日からここがあなたの家。毎日は散歩に連れていけないけど仲良くしてね。


 その言葉の通り、マリーが散歩に連れていってくれるのは週に二三度でした。彼女はとても忙しく働いていたのです。朝早くに車で出かけ、帰りは夜遅くなってからでした。


 いつも疲れているマリーでしたが、時々は遊んでくれるし、ブラシだってかけてくれます。だからジョンはマリーが大好きになりました。


 ひとりでいる昼間はさみしい時間でしたが、日の当たる窓際でカーテンに包まっていれば平気です。そこはマリーに秘密の居場所でした。


 ある時、靴も脱がずにベッドへ倒れ込んで眠る彼女を見ているジョンは思いました。


 このままだと病気になっちゃう。少しは休んだらいいのに。


 だけど、いくらジョンが引き止めてもマリーは働きに行ってしまいます。服を引っ張ったり、玄関が開かないよう、ドアの前に座り込んでもだめした。


 ジョンはベッドにあがり、彼女がそうしてくれるように顔を寄せます。外し忘れた大きな眼鏡がずれていて、鼻に当たり寝づらそうでした。


 それを見てジョンは思いました。眼鏡を隠してしまえば、目が悪いマリーは働きに行けなくなる。


 ジョンは眼鏡をそっとくわえ、寝室をあとにしました。隠すところはいつもいる窓際です。カーテンがあるから見つかるはずがありません。


 ジョンはベッドに戻り、マリーに寄り添って眠りにつきました。マリーとのんびりすごす明日を夢見て。


 次の日の朝、ジョンの思った通りになりました。マリーは働きに行かず、テラスでくつろいでいます。暖かい日の光を浴び、寄りそっているジョンに腕を回していました。その手に鼻をこすりつけると、マリーはほほを緩めます。その顔には眼鏡がありました。


 朝、目覚めたマリーは慌てもせずに眼鏡を見つけたのです。


 ジョンの居場所は秘密ではありませんでした。マリーは家の掃除をする時、日の当たる窓際にジョンの毛が多いと気付いていたのです。


 あっさり見つけられたジョンは尻尾をだらりとたらしますが、マリーはジョンの気持ちもわかってくれていました。今日だけは休んでくれたのです。


 彼女は言いました。


 心配してくれるのはうれしいけど、もう眼鏡を隠したらだめよ。


 日の光で眼鏡がキラリとかがやきました。


 だけど、ジョンにとってその光はもう怖くありません。マリーが見ていてくれる証だからです。

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