ノゾキメガネ

水定ゆう

僕と彼女と素肌と心

「でゅふふ……でゅふふ」


 僕は愉悦に浸っていた。

 鼻の上に置かれた眼鏡。ピンク色で一見すると、僕のような少し太った男には似合わないかもしれないが、そんなことは如何だっていい。


 今僕の目の前、眼鏡のレンズ越しに映り込むのは、一人の女性。

 僕が好意を寄せる、同じ大学の学部のマドンナ。


 スラリとした体。胸は大きくお尻は締まっている。

 ウエストはあり得ないほど細い上、顔立ちは凛としている。それでいて可愛らしいので、そこに居るだけで誰もが目を奪われる美しさ。


 柔肌は白く触れることさえ叶わない。

 僕の脂ギッシュな指先でその肌に触れようものなら、たちまち反感を買うことは必至。


 にもかかわらず、そんな高嶺の花の彼女を眺めていられるのには理由がある。

 それこそが僕がたまたま手に入れたこの眼鏡。

 なんとこの眼鏡を掛けると、彼女の姿も含め、世の中の異性の体が透けて見える。つまり、今の僕には彼女の姿が……


「でゅくしでゅくし! おっと、僕としたことが涎を垂らして……それにしても、いい体をしているなー」


 僕は気持ち悪いことを呟く。

 しかし誰もが彼女の姿を見れば、こんな態度になるのは致し方ない。それ程までに、彼女の存在は魅力的で、僕は自分が幸運にもこんな待遇を受けられたことに歓喜する。


「最高だ。うん、極めて最高だよ、今は僕はぁ……あん?」


 彼女の胸が見えた時、僕は変なものを見た。

 暗く澱んだ何か。

 彼女の胸の中で膨らみ出すと、巨大な渦に変わった。


(あー、食べたい)


 食べたいって何が。

 僕は彼女の心の声が聞こえたように錯覚する。


(私のことをジッと見てる男。あの太った男)


 太った男? ジッと見ている?

 もしかすると、僕のことを言っているのかな。

 となると、僕の笑い声も聞こえてしまったかもしれないので、目が挙動不審になる。


「でも食べたいって……はぁ!?」


 僕は彼女のことを見つめた。

 すると目が合ってしまう。口から涎を垂らし、まるで僕のことを獲物として見ているように感じて仕方がない。


「ま、まさか本気で僕のことを……いやいや、そんな筈は」


 僕は眼鏡を掛け直し、彼女のことを凝視する。

 すると再び見開いた黒い渦は僕のことを包み込むと、耳元で囁いた。


(あー、貴方を食べてしまいたい)


 そう答えると、彼女の姿がカマキリのように見えて仕方がない。

 僕のことを完全に餌であるかのように見ている。

 怖い。苦しい。寒気がする。突然の殺意に勘付くと、僕は視線を逸らした。


「な、な、な、なんでこんなことに。もしかしてこの眼鏡……」


 僕は碌でもないことを考える。

 この眼鏡は単に服を透かすだけじゃない。

 その人の心の在り方さえ覗き込み、認知を歪めて真実を見せる。そんな恐ろしい眼鏡を手にしてしまったことを僕は後悔し、同時に震えて眼鏡を手放すことにした。

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ノゾキメガネ 水定ゆう @mizusadayou

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