第8話 最後の決戦(シリアスVer)
『美里……久しぶりだね』
魔王は言った。その顔は、美里の夫である
「生男? 本当にあなた、生男なの?」
美里が震える声で訊ねた。
魔王が優しく微笑む。
『そうだよ。俺は、三高 生男……正しくは、その生まれ変わり、と言うべきかな』
「どういうこと?」
『勇者が魔王を倒したら、異世界ダンジョンは、どうなると思う?』
「どうって……平和になるんじゃないの?」
『そうだね。でも、それじゃダメなんだ』
「何を言っているの? 意味がわからないわ」
『美里、落ち着いて聞いてくれ。
勇者が魔王を倒したら、異世界ダンジョンは、異世界ダンジョンではなくなってしまう。だから、そのためには、代わりの魔王が必要なんだ』
「それって……」
『そう。実は、あの時の俺たちは、正しく魔王を倒したんだ。
異世界ダンジョンに記憶を操作された所為で、覚えていないだけだ。
俺は、勇者として魔王を倒した。その責任をとるために、魔王として生まれ変わったんだ』
「そんなことって……ありえないわ!」
『俺も、最初は信じられなかったよ。でも、こうして俺は、魔王として生きている。
……美里。俺は、魔王になってしまったけど、今でも君と生美を愛しているんだ。
出来れば、君たちと戦いたくなんてない』
「私だって……!
戦う必要なんて、ないわ。一緒に帰りましょう、生男!」
『それは出来ない。異世界ダンジョンには、魔王が必要なんだ』
「どうして? そんなもの、どうだっていいでしょう!」
『なぜなら、人間がそれを望むから。多くの人間たちが異世界ダンジョンのある世界を夢想し、そこに魔王が居て欲しい、と望むから。
その人間たちの夢と願望からこの異世界ダンジョンは生まれたんだ』
「そんなの……馬鹿げてる。私たちには、関係ないじゃないっ」
『俺たちだって、夢想しただろう? この異世界ダンジョンの世界がずっと続けばいいって……』
「そ、それは……そうだけど…………あなたがいない世界なんて……そんなのっ」
『美里。だから俺と一緒に、この異世界ダンジョンで暮らさないか?』
「え……?」
『俺たちは、ここでまたやり直せるんだ。一緒に、また家族になれる』
「私……私は…………」
美里は、突然のことに戸惑い、言葉を失った。その背中をそっと支える暖かい掌がある。松本だった。
「美里さん。僕は、本当なら今すぐあなたを攫ってでも現実世界へ帰りたい。
でも、ここに残ることがあなたの幸せなら、僕は、それを邪魔したくはない」
「松本くん……」
『君は……?』
「すみません、旦那さん。僕は、美里さん……あなたの奥さんのことが好きでした。
でも、美里さんは、僕と一緒にいるよりも、あなたと一緒に居たいと願っている。
だから僕は、潔く身を引きます。美里さんのために……」
「松本くん……ありがとう」
美里と松本は、笑顔で互いを見つめ合った。
そんな二人を見て、七歳の娘である生美が不思議そうに首を傾げる。
「どういうこと? パパは、魔王になったの?
ママと私、ここで暮らすの?
もう、元の世界へは戻れないの??」
「生美……」「生美ちゃん……」
『生美、これまで寂しい想いをさせて、ごめんな。
これからは、ここでパパとママと生美の三人で幸せに暮らそう』
「いやっ!」
「生美? どうしたの、何が嫌なの?」
「だって、〝魔王〟って、悪い人なんでしょ?
倒さないといけないんだよね?
他の勇者が来たら、パパが殺されちゃうってことだよね?」
「それは……」
美里が答えを求めるように生男を振り返る。
『…………』
生男は、答えない。答えられない。それが答えだ。
「学校のお友達にも、もう会えないってことでしょ?
ユミちゃんや、マコちゃん、レイちゃん、コウくんにも、もう会えないんだよね?
そんなの嫌だよ!」
「そ、それじゃあ、ママと生美は、お家に戻って、学校にも通えばいいわ。
それで、パパに会いたくなったら、またここへ遊びに来ればいいじゃない、ね?」
「そんなの、おかしいよ。ママ、わかって言ってる?
また、いつパパに会えなくなるか、わかんないんだよ。
ママは、それでもいいの?」
「じゃあ、どうしろって言うのよ?!
他にみんなが幸せになる方法なんてないじゃない……っ!」
「あるよ。いい方法が。
こんな異世界ダンジョンなんて、なくなっちゃえばいい」
「そんなこと、どうやったら……」
生美は、とっておきの秘密を教える時のように、にこっと笑って言った。
「ゆめがね、なくなっちゃえばいいんだよ」
「どういうこと?」
「この世界は、みんなの夢でできてるんでしょ?
だったら、みんなの夢がね、なくなっちゃえば、この世界だって消えちゃうんじゃないかな?
だから、異世界ダンジョンなんて、いらないっ!
あたしたちを、現実世界に戻してっ!!」
生美は、叫んだ。でも、何も起こらない。
「お願い! この世界を夢見てる、みんなの力を貸して!
〝異世界ダンジョンなんて、いらない!〟
〝現実の世界を取り戻してっ!!〟」
生美は、叫んだ。何度も何度も、繰り返し、同じ呪文を叫び続けた。
松本も、美里も、生男も……皆、涙をこぼしながら、祈るように、生美の言葉に合わせて、同じ呪文を叫んだ。
やがて、奇跡が起きた。
がらがら、と音を立てて、魔王城が崩れ始める。
それでも、生美は、呪文を唱えるのをやめない。
松本と生男と美里は、頭上から落ちてくる瓦礫から生美を庇いながら、呪文を叫び続けた。
しばらくして、四人の頭上に光が射し込んだ。
四人が目を開けると、そこは、異世界ダンジョンではない。
ただの暗い押し入れの中。
目の前には、少しだけ開いた引き戸の隙間から、部屋の明かりが漏れている。
「うそ、帰って……来たの?」
「すごいや……生美ちゃん……」
美里と松本が引き戸を開けると、そこには、現実世界が前と変わらない姿で待っていた。
生美は、茫然と座り込んだままでいる生男を振り返って、言った。
「お帰り、パパ」
「ああ……ああ……ただいま……生美……!」
完
バッファロー男の異世界ダンジョン 風雅ありす @N-caerulea
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