第8話 最後の決戦(コメディVer)

『ふふふ……待っていたぞ、勇者よ』


 三高みたか 生男いくおにそっくりの顔をした魔王が言った。

 それは、妻である美里が見ても、夫が蘇ったのではないかと錯覚するほどそっくりだった。


「生男……? どうして……?」


 美里の声が震えている。動揺しているのは、誰の目にも明らかだ。


『生男? ……ああ、わしは、喰った獲物の能力を身体の一部として取り込むことが出来るのだ。ほれ』


 そう言うと、魔王は、さも自慢げに、自分の顔をくるくると変えて見せた。

 最後に魔王は、再び生男の顔に戻る。

 そっくりだが、別人なのだ、と解ると同時に、美里は悟った。

 つまり生男は、やはりもう…………。


「パパ?! パパが魔王だったの??」


 七歳の生美には、父親がどうなったのか、まだ理解できないようだった。

 美里は、零れそうになる涙を堪えて、魔王を睨み付けた。


「生美、だまされないで。こいつは、パパの面の皮を被っただけの魔王よ!

 それに、私たちは、勇者じゃないわ」


『なんだと。それじゃあ、お前は、一体だれだと言うのだ』


「私は……私たちは、夫を取り戻しに来た!

 ただの妻と、その娘……あと間男よ!」

「み、美里さん?!

 間違ってはいないけど、その言い方は、僕ちょっと傷つくよ!」

「ママ、間男って何?」

「大人になったら、わかるわ」


『えぇ~い! ごちゃごちゃとうるさい!

 こっちは、勇者が来ないから暇すぎて、百万字以上の大長編を書いてしまい、どう終わらせてよいか分からないでいるのだ!』


 魔王が自分の頭をがしがしと掻きむしる。傍に置かれたテーブルの上には、PCの画面が開いたまま置かれている。


「えっ、生美ちょっと読んでみたい!」

「それはすごい。僕も読んでみたいな」

「ダメよ、二人とも! こいつの書く小説ったら、穴だらけなんだから。

 騙されて読もうものなら、パパにみたいに……穴に落ちるわよ!」


 魔王には、フィクションを具現化させる力があった。

 生男も、魔王の具現化させた穴の中に落ちていってしまったのだ。


『わっはっはっは!

 そうか、お前の顔をどこかで見たことがあると思ったが、あの時の女か!

 また、わしの小説を読みに来たというわけか』


「いいえ。あの時の借りを返しに来たの。

 誰が、あなたの書いた穴だらけの小説を読みたいと思うものですか」


『穴だらけの何が悪い?

 穴のない完璧な小説など、面白くも何ともないわ!

 わしは、長い間、勇者を待ちながら小説を書き続け、悟ったのだ。人は、ツッコミどころがある作品にこそ興味を持つのだと。

 己の知識を見せつけ、自己に陶酔する……そんな自慰にまみれた作品など、誰も求めていないのだ!

 そもそも人間という生き物こそ、穴だらけではないか。そのくせ、偉そうに人の書いた作品にケチをつけるでない!』


「ええ、そうね。確かに人間は、欠陥だらけかもしれない。

 穴に落ちた生男も……夫を諦めて間男に揺らいでしまった私も……でもね、一つだけ教えてあげる。

 人間には、穴を埋める力……トラウマを克服する力があるのよ!

 だから……今日で、あなたの小説を最終回にしてあげる!」


 そう言うと、美里は、魔法の呪文を唱えた。


「【全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ】!!!」


 すると、地面が揺れた。

 地響きを鳴らしながら、どこからともなくバッファローの群れが現れ、魔王に向かって突進する。


『うわああああ~~~!!!!』


 バッファローの群れは、全てを破壊しながら突き進み、魔王と魔王のPCもろとも消し去ってしまった。熾烈を極めると思われた魔王との戦いは、たったの三分でケリがついた。

 しかし、バッファローの力は、それだけでは終わらなかった。


「しまった……城が崩れるわ!」

「逃げようっ!」


 三人は、美里の転移魔法を使って、魔王城の外へとテレポートした。

 跡形もなく崩れゆく魔王城を見ながら、美里は、ふぅとため息を吐いた。魔王というくらいだから、何かしらの手段で魔王が防御か反撃をしてくるかと警戒していたが、どうやら杞憂だったらしい。

 おそらく魔王は、長く引き籠って小説ばかり書いていた所為で、体力と魔力が衰えてしまっていたのだろう。


『おめでとうございまぁ~す♪』


 突然、目の前に羽根のついた愛らしい妖精が姿を現した。


「あなたは誰?!」


『私は、この異世界ダンジョンに囚われていた妖精の王女です。

 助けてくれてありがとう。

 お礼に、何でも見たいものを見ることが出来る、この【魔法のめがね】をあげましょう』


「メガネ? 何で眼鏡?

 最後のご褒美がメガネって……どうなの?」


『仕方ないのです。そういうルールなのです』


「美里さん、これで旦那さんが今どうしているか確認できるんじゃないですか?」


 松本の提案に、美里は、表情をはっとさせる。


「生男は……」


 恐る恐る【魔法のめがね】を手にとると、それを顔に掛けてみる。

 一見、普通の眼鏡だ。


『見たいものを強く心に願って、頭にそれを思い浮かべれば、見えてきます』


 妖精のアドバイスに従って、美里は、生男のことを考えた。

 バッファローの背に乗ってプロポーズをしてくれた時のこと。

 一緒に住む部屋を探していたのに、印鑑からバッファローのトラウマが蘇ってしまい、美里が逃げ出してしまったこと。それでも、生男が美里のために、異世界ダンジョンへ通じる押し入れのある住宅を見つけて来てくれたこと。

 一緒に異世界ダンジョンへ冒険に出た、楽しい日々のこと。

 魔王の日記は……もう何が書いてあったかなんて忘れてしまった。

 生男は……生男は……かなり変わった男だったけれど、美里にとっては、かけがえのない大切な人生のパートナーだった。


 その時、美里の視界に、映像が浮かんだ。


 一人の男がいる。見たことのない顔だが、美里には、彼が生男の転生した姿だというのが解った。【魔法のめがね】の効果だろうか。

 転生した生男は、異世界ファンタジーで着るような服を身につけ、チート能力で敵を無双し、スタイルの良い美女たちを周囲に侍らせて、鼻の下を伸ばしている。


 美里は、【魔法のめがね】を外すと、地面に投げ付けて足で踏み壊した。


『きゃ~! ちょっ、何すんのっ?!』


 妖精が叫んだが、美里は無視した。


「生美、帰りましょう」

「えっ、どうして? ママ! 私もパパに逢いたい!」

「……生美。パパは死んだの。

 今日からは、この間男……じゃない、松本くんが、あなたのパパよ」

「よっしゃあ! 今日から、よろしくね。生美ちゃん」

「えーっ?!」


 ダンジョンから仲良く去ってゆく三人の背中を見送りながら、妖精は呟いた。


『なんか、魔王よりも人間の方が恐い……』




 完

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