本日のミンナは新たな目標に立つ

葛鷲つるぎ

第1話

 魔王領の主が挿げ替えられ、かつてほどの瘴気を振り撒くことがなくなった。人々は魔王を倒した勇者ミンナに感謝し、自由を得た世界は観光が栄え始めている。


 しかし魔王領は未だ、人々が踏み入ることが叶わないでいる。先の通り、所有権が魔王から勇者に移っただけだからだ。


 その旧魔王領で、積み重ねられた魔物の残骸から、黒く人の形をしたものがせり上がろうとしていた。


 それを見計らって、一人の少女が片手を持ち上げる。


「――縛」


 死骸から人の形を得たそれは束縛されると、ゆっくりと顔を上げた。


「――勇者ミンナか。わざわざ贄を用意し、この俺を再生させるとは」


「私が皆でひとつの魂であるように、お前は魔物たちであり魔物たちはお前だ。魔物が存在する限り魔王はいづれ再生される。それなら私の目が届くうちに使役させる方が良い」


 魔王は面倒そうに鼻を鳴らした。


「ふん。それがすべてではあるまい」

「……。養い親を看取るのに、寿命が足りない。私自身の魂の解釈を変えてしまうと、お前に負ける可能性がある」


 それならば隷属させて、情報を引き出す方が最適解といえよう。養い親のエルフは既に老婆だが、それでも残された寿命は人間のそれを軽く超える可能性がある。


 ミンナはいつでも看取れるように長生きするつもりだった。


「健気なことだな。養い親のために俺を倒して土地を奪い、その上、魔物を生贄に俺を生き返らせ使役しようとは。これではどちらが魔王か分からんな」


「なら、私が今の魔王なんだろう。私やお前のような魂を【芽ヶ根めがね】というそうだけど、同じ性質の魂なら代替わりと捉えられるかもね」


 魔王はしばし考えて、首を横に振った。


「ああ、訂正しよう。魔王は俺だ。すべての魔物の王たるいち。それが俺であり、魔王だ。お前自身はかけらの集合体で、魂は人間。区別は明瞭だ」


「どちらでも構わない。魔王領は私のものだし、お前も今や私の配下。人からすれば大差ないさ」


「まさか。世界中からお前の気配があるというのに? お前の方こそは、人の王と名乗ったらどうだ」


「魔法薬を売りさばくついでに魔力を紐付けただけ。量はなくとも種類は揃えたから、多くの人に渡ったと思う」


「一は全。善は一。かけらは私。私はかけらの積み重ね。世界中に私のかけらがあれば、それが私。でもそれは、お前を使役するためにかけた保険に過ぎない。だから私は人の王じゃない」


「人の王でもない者が、魔物の王たるこの俺を御せるとでも」


 魔王がそう言うと、ミンナは装束から割れた眼鏡を取り出した。


「真実を見抜く精霊眼。この眼鏡は私の目論見が達成しているか確認するために、一瞬だけでも見られるように開発してもらったもの。負荷が大きかったみたいで割れた。でも確認はできた。持つべきものは頼れる人だね」


「ふん。それで、束縛術は完璧だったと?」


「実際そうでしょ。念には念を入れてあらかじめ術式が機能しているのは確認した。この眼鏡は、機能していると言っていた」


 眼鏡が壊れる前は、極彩色にレンズは渦を巻いていた。ちゃんと見えるのか心配になったが、つけてみれば心配は無用だった。


「再生が完了した今、お前は私のもの。諦めて私の寿命を延ばして」


 完全な個人の願いであって、そうではないもの。看取りたい気持ちはミンナの我儘だというのに、同時に養い親への恩返しでもあるもの。魔王は心底呆れたように目を細めた。


「さすがは、かけらの集合体か」


 これでは甘言を弄して主従関係を逆転させにくい。魔王はそう判断すると、いさぎよく膝をついた。


 ミンナは笑った。


「お眼鏡に適ったようで何より」


 ミンナは皆で一つであるが故に。


 入る余地など、どこにもない。

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本日のミンナは新たな目標に立つ 葛鷲つるぎ @aves_kudzu

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