モノクロ

此木晶(しょう)

モノクロ

 黒が持つイメージは? と問われた時どう答えるだろう。草千里であれば「威厳」、「高級」、「格好つけ」位だろうか。

 俺にとっては「暗闇」或いは「死」だ。

 妹がいなくなった時から、俺の世界はモノクロの色の乏しい白と黒になった。黒でない所がただ白いだけの世界。ほぼ真っ黒だ。

 まあ大概味気ないものだったように思う。

 思うっていうのはその頃の事をあまり覚えていない上に、覚えていたことすら良く思い出せなくなっているからなのだが。

 そもそもあの頃はなにを見たか、聞いたか曖昧だ。今編集担当をしてくれている後輩が事ある毎に訪ねてきていたなぁ位しか思い出せない。とそんな風に言うと後輩が怒り出すので、他に何があったのか改めて聞くのも憚られる。

 それを言うとまた怒られるので、ある意味触れてはいけないパンドラの箱めいた話題だ。

 まあ思い出せないというのは、それはそれで幸いなことではあるのだろう。

 忘れたくない事を忘れてしまった訳ではない。妹がいた頃の記憶も正直に言えば薄れているし、決して鮮やかとはいえない。

 それでも、あの頃のなにを見てもなにも感じなかったモノクロの世界とは比べようもない。

 無論、あの頃も同じものだってあるはある。黒一色のスーツはその一つだ。

 喪に服すのだって精々三回忌までとは言うが、変に馴染んでしまってもはや今更揃え直すのも面倒でそのままにしてしまっている。

 初めの頃は、それこそ喪服で通していたのだから、変わったと言えなくもないが。

 正直あのままだったら、今頃どうなっていたのか想像がつかない。先の事など考えてもいなかっただろうから、今頃生きていなかった可能性の方が高かったかもしれない。

 その辺り引っ張り続けてくれていた後輩に感謝しなくてはいけないのだろう。

 そう言うと後輩に「なーんにも出来てないっスよ。ボクには先輩をこっちに引っ張ってこれなかったンですから」とわりと本気で拗ねられたことがあるので、それとなく仕事で返すようにしている。本当に感謝しているのだ。あのままなだったなら色以外も失っていたと思うから。

 俺自身としてはあっという間だったような、恐ろしく長かったような気もする都合五年の色の無い世界は、後輩曰く、非常にアッサリと砕けた、らしい。

 実のところ全くもって自覚がないのだが、編集部で打ち合わせの際に、乗り込んできた草千里が果たし状を叩きつけた時からだと後輩は主張する。

 俺としては、草千里の奴に振り回されている内いつの間にか世界が色付いていたとしか言えないので、肯定も否定も出来ない。アッサリだったのかどうか判断できない。

 ただ、不意に世界ってこんなだったっけなとしみじみと感じ入ってしまった時に草千里が「漸く分かったか!!」と笑ったのは覚えている。

 つまるところ、草千里のお陰と言うべきなのかもしれないが、本人に直接言うつもりはもうとう無い。今以上に調子付かせるだけだろうし、何よりちと悔しい。

 ああ、ひょっとすると、今だ黒のスーツを着続けている理由の一つはこれなのかもしれない。意外に俺もガキっぽかったようだ。

 いい加減別の服を探しても良いのかもしれないと思いながら、俺は喪服に袖を通す。

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モノクロ 此木晶(しょう) @syou2022

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