本当の事

理の病院を後にした一行は車に乗り込み事務所へ向かった


事務所に着き、いつもの事のように扉を開き、いつもの事のように明かりを灯す

ただ、いつもの事と違うのは……

「さぁ菫子、聞かせてもらおうか」

「そうだね」

菫子を囲むように、啓人と香澄が椅子を動かし座る

「どうして崖に固定されたミラーが分かったんだ?いや、んだ?」

「……全部、お話しします。例え信じて下さらなくても、本当の事を」

菫子は覚悟を決めた

「私には……私の眼には、感情が色として見えるんです」

「な!?どういう事だ?」

「感情が?」

「そのままの意味……です。例えば、怒れば赤く、絶望すれば青く、喜べば黄色く、楽しければ橙に、嘘をつけば桃色に光るオーラのようなものが……見えんです」

「……?それはどう言う?」

啓人が聞き返し、董子が答える

「……前は人だけでした。」

「物にも色が見え始めた?」

「はい……どういう訳か、物に乗った感情も見え始めました。ですが、物の感情が見えるのは……」

貉と入れ替わった時のみ

そう言いかけた途端、董子の口が止まった

「少し……特殊な状況ときにのみ……見えるという感じ……です」

「ふーん」

啓人が興味をなくしたように呟く

「んで?まだあるよね?」

「だよね、肝心な所が抜けている」

啓人の疑念を後押しするように香澄が言う

「……聞かれた質問にはお答えしましたが……?」

「まだ一つ質問が残っているんですが?」

オウム返しのように啓人が聞く

「か、神崎さんが仰ったミラーの件はお答えしました……」

は……な?」

啓人は董子をじっと見つめた

「……聞かれたのはミラーの件だけで」

「まだ隠すつもりか。全部話すって言ったよな?」

次第に啓人のめは目は鋭く、睨むよな目つきになった

「……菫子、君があの崖で倒れた時、貉と名乗る君と話したよ」

「……!?む、貉と……ですか……」

「諦めて話したらどうだ?」

「…………」

菫子は観念したようにため息をつき、口を開いた

「貉の事は…私にも分かりません……ただ、はっきりと言える事は、神奈川児童失踪事件あの事件以降に貉と出会ったってだけです……」

「まぁ検討はついていたがやはりか……」

「啓人、暴走しないでよ。今は私だけじゃないんだから」

「分かってる。ただ、あいつは避けては通れないだろうと思っただけさ」

少しの沈黙の後、啓人が思い出したかのように言う

「あぁ、まだ謎はあるんだった」

「ん?なんかあったっけ?」

「菫子、幽世に行ったと言うのは本当か?」

「え、あ、行ったと言うより見たといった方が良いでしょうか」

菫子の話を聞いて何か確信を得た啓人

「どうした?」

それを訝しんだ香澄が問う

「いや、今ので分かった」

「は?何が?」

疑問符を浮かべる香澄をよそに、啓人が菫子の眼前まで近寄る

「わ、分かったって?」

菫子が戸惑っていると

「菫子、物の感情が見えるのは、お前が幽世を見た時だな?」

「え?」

「そうか!啓人が幽世の事を聞いても、菫子ちゃんは反応しなかった!」

「香澄には事前に貉の事を言ってある、その上で話してくれ、何を話した?」

菫子はどうにでもなれと思い息を飲む

「神崎さんに幽世の事を話した事、それと……神崎さんに伝言です。本当は、もっと後に伝えるはずだったんですが」

「啓人/俺に?」

「『また話そう。儂も貴様に興味が湧いた故、その時には手がかりを寄越そう』……って一体何を話したんですか?」

「……ふふっ」

啓人は少し考えるように俯き、笑った

「えぇ……なに急にキモ……」

「酷くない!?いや、だってまさか怪異からお気に入り認定されたんだよ!!こりゃますます真相が知りたくなった……!」

「はいはいどーせ止めても聞かないんだから」

「神崎さんなら何しても不思議じゃありませんね」

「え、俺菫子にそんな風に思われてんの!?」

その時、ふと菫子が一つ思い出した

「そういえば、この事務所の名前どうにかなりません?」

「あぁーあれね?何も決めてなかったから一番安牌なやつにしたけど」

「うん、あれはダサい」

啓人がバッサリと言って続けた

「どうせなら映えるような名前にするか」

「うーん……神崎は使えないだろうし……」

「え?なんでですか?」

「え?だって啓人このバカが前にやらかして以降、神崎啓人こいつ篠川香澄わたしも完全に警察から要注意人物扱い」

呆れたように香澄が口にすると

「俺はまだ納得してないぞ!なんであの程度で捜査資格は愚か警察署に行くことすら許されないなんて!」

強く訴える啓人を見て菫子は聞く

「神崎さん……一体何をやらかしたらそんな事になるんですか」

「単純な話、啓人が警察が聴取した証人だけじゃなく被害者の自宅から隣町離れた家まで捜索の手を広げた挙句、警備員に脅迫まがいの聞き込みをし、しまいには警察署に乗り込んで『証拠品を見せろ』なんて言いに行くなど余罪様々」

「うわぁ……よく出禁で収まりましたね。私なら起訴してもおかしくないです……」

引きつった顔で啓人を見る

「菫子さん?もしかしなくてもあなた意外と毒舌?」

「良かったじゃん啓人。菫子ちゃんの新しい一面知れて」

「知りたくない一面だったがな……てか、話脱線し過ぎだろ!名前の件はもう良いのか」

「いいわけないじゃないですか」

「ねぇーなんかいいのないー?」

気力が抜けたような声で助けを求める啓人

「……ゼラニウム」

それに答えるように菫子が呟く

「ゼラニウム?」

啓人が不思議に思い聞き返した

「あ……いや、その、パッと思いつくのがこれしかなくて……」

「ゼラニウムか……確か花言葉は『決意』だったな」

香澄がそういうと菫子は自信を無くしたように声を縮めた

「はい……あ、嫌だったら別のに……」

「決意……良いね!それにしよう!」

ほんの少し考え、啓人が目の色を変えた

それすなわち、気に入ったという事だ

「はぁ、この目になったらもう止まらない……まぁ、私もいいと思う探偵事務所『ゼラニウム』」

「え!?いや、他にもっと良いのが……第一、私なんかの意見で決めていい事じゃ」

だが、一瞬で目が光る啓人は言わずもがな心底気に入った様子

「菫子、君はこの事務所の探偵……いや、探偵だ。そんな君が付けた名前なんだ、俺はゼラニウムこの名前が良い」

「そ、そこまでなんですか……?分かりました、それで行きましょう」

「やったぜ!」

「なんで提案者が渋って考えてない啓人がはしゃいでんだ」

喜ぶ啓人を見て呆れたように香澄が言うと

「良いだろ別に!気に入ったんだから!」

啓人は子供のような笑みを含みながら答えた

そんな啓人を見ている菫子も、思わず口元が緩む

「あ、菫子が笑った!」

「ひぇ!?わ、笑ってません!」

「嘘!?私も見たい!ほら、菫子ちゃん笑って!」

「だから笑ってませんってー!」

この時、菫子は心の何処かで小さな確信を得た

これが幸せであり、日常ふつうであると

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心霊探偵事務所の名探偵さん ごーや @Goya3389

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