醒めぬ夢、無情な現実 結

翌日、病院 305号室前

菫子達は理の病室の前に立っていた

しかし、一行は理に用がある訳では無かった

用があるのは……

「こんにちは、先日はどうも失礼したしました」

啓人はまるで来る事が分かっていたかのように憲人に挨拶をした

「……君たち……今日はどうしたんだ?」

「実は、少しお話がございまして」

憲人は少し考えて

「分かった、それなら俺からも話しておきたいこともある」

と言うと理の病室に入るなり、少量の会話を交わし病室から出てきた

「それでは、行きましょう」

啓人が覚悟を決めた様に言うと駐車場に向かい足を運ぶ

憲人はこくりと頷き後をついていく





昨日と同じファミレスで同じ席に座った一行

違うのはそれぞれの顔つきくらいだろうか

「それでは、まずはこちらから」

初めに切り出したのは啓人だった

「これを見てください」

そう言って一枚の写真を取り出した

「これは?」

「事故現場となったカーブ地帯です」

確かにそこ写真に写るのは今回の事故が起きた崖上だ

「そこがどうした?今更事故現場の写真など見せられても…」

「えぇ、確かにここはあなた方が何度も調査をした。ただ一つの見落としを残して」

「どういうことだ?見落としなどする訳がないだろう?」

憲人が言うように警察はくまなく現場を調べ、『事故』と言う扱いにした

「ここを見てください」

そう言って啓人は写真の一か所を指差した

指先には突き破られたガードレールとは反対の崖の側面だった





話は少し戻り、昨日の夕方

「事件の真相が分かった?」

「……はい」

啓人が目を丸くして聞くと菫子は淡と返事をした

「待て、その前に俺は聞きたいことがあるんだが」

「私からも説明して頂戴」

二人が董子を問い詰める

「……今回の件が終わったら詳しい説明をします」

少しの沈黙が広がる

「分かった……それで?聞こうか、探偵の推理を」

2人は納得したように菫子を見る

「ありがとうございます。えぇっと……」

「何が必要か、言ってくれれば持ってくるわ」

「そ、それなら、地図と現場の写真をお願いします」

そう言われると香澄は自分の机に置いてあった事故現場と付近の地図を大机に広げた

「ここ……を見てください」

「ん?ここは……」

啓人が問う

「車が突破したとされてるガードレールの向かいにある崖の側面です」

「それは分かるのだけれど……それがどうしたの?」

香澄が疑問符を浮かべると菫子が自信無さげに答える

「えっと……問題なのはこの一箇所なんです」

「「一箇所?」」

「ここをよく見てください」

「ちょっと待って、思い出す」

「私こっち見る」

両者共に現場付近を探る

「……あ、見つけた。」

事務所内を沈黙から解き放ったのは啓人だった

「もしかして、コレの事言ってる?」

「はい、ソレです」

「え、待って待って私置いてかれてる?」

「貸して」「え」

啓人は写真とゼロ距離で睨めっこしている香澄から写真を取り上げた

「ココだよ」

啓人が指さす先、そこには

「コレは……金具を止めた跡?」

「はい、金属類か何かで固定された跡です」

金具を外し、崖の岩が削れ白くなった痕跡があった

「ねぇ、カーブミラーって可能性は……?」

「いや、無い。そもそもこんな所にカーブミラーを設置する意味なんてない」

香澄がふと疑問を口にすると、ばっさり啓人が否定した

その次に啓人が質問を投げた

「でもこの金具、何がついてたんだ?」

「鏡です」

「鏡?そんなもの何処かにあったか?」

「……ま、まだ分かりませんが、近辺にかもです」

……まさか!?啓人!すぐに警察に連絡しろ!」

「待て、事件……か」

啓人は少し考えて

「香澄、近辺の捜索は俺に任せろ」

「神崎さん?警察に言った方が」

菫子が啓人に言いかけたとき、香澄の手が肩に乗った

「菫子ちゃん、ここは啓人に任せよう」

「え?ですが……」

「言っても止まらない、諦めよう」

「……はい」

「香澄ぃ?菫子に何吹き込んでんだ?」

「ひぇ……なな、なんでもございません」

菫子に耳打ちした事がバレたのか啓人は香澄を笑顔で優しく聞いた

……とても優しく聞いた

「てか待って?勢いで言っちゃったけど!そもそも鏡が崖に固定されてたとして、事件だとは断定出来なくない?」

確かに香澄の言う通りだ

「鏡は存在します。発見出来れば指紋も採取出来るでしょう」

「なぁ菫子、その確固たる証拠を聞いても良いか?」

いつになく真剣な顔で啓人は尋ねる

加えて

「これは君の助手『神崎 啓人』としてでは無く、元探偵『神崎 啓人』として聞いている」

「……ごめんなさい、この件が終わればお話します。」

「……分かった。今は依頼解決を優先しよう」

そう言うと、啓人はペンを取り出して地図に書き込んだ

「鏡がこの場所に固定されてたとして、考えられる事故は一つ、太陽光の反射」

「そうか!この場所、午前中は太陽が東側に位置する。確かにドライバーからすれば迷惑過ぎるくらいのイタズラだ……つまり」

香澄が啓人を見る

「あぁ、これはれっきとした殺人行為だ」





「と言うのが僕らの伝えたい事であり、結論です」

憲人はしばらく考えた様子で口を開いた

「……驚いた、まさか同じ見解だとは」

「同じ?どういう意味ですか?」

「そのまんまさ……結論から言えば、君たちの考えは正しい。実際、崖に固定されてたと思われる反射板が近くで発見され、回収された」

「つまり……理さんが入院した原因は」

「……十中八九、太陽光の反射による運転妨害での転落事故だろうな……いや、殺人事件か」

「てことは、本格的に警察が動くと?」

「あぁ、既に機捜が動き出した」

「じゃあ安心だ」

啓人と憲人が2人で話している

「あの、御本人にこの事は?」

ふと気がついたように香澄が呟いた

「そうだな、この件は内密に……」

憲人との言葉を遮って菫子が言う

「あの!それって本人の…理さんの為になるのでしょうか」

「菫子?どういう事だ?」

啓人以外にも疑問の顔が浮かぶ

「え、あ、すいませんなんでもないです……」

菫子が前言を撤回しようとしたその時

「いや、良い教えてくれ」

憲人が菫子の方を向いて言った

「えぇっと……内密という事は、理さんに嘘をお伝えすると言う事ですよね?」

「あぁ、殺されたと言う事実をあの子が知ってしまえば立ち直れなくなる」

「……確かにそれは正しいとは思います」

「なら、それで良いんじゃないのか?その方が1番本人へのダメージが少ない」

啓人がそう言うと菫子は答える

「……ですが、嘘には消費期限があります。いずれ真実に辿り着いてしまうかもしれません」

「根拠を聞いても良いか」

理さんがとても真っ直ぐな人だから

憲人にそう言いたかった菫子だが、言葉に詰まった

何故そのような事が分かる?何故そう言いきれる?

そんな強い返答を想像し、手を引いてしまう

不安になり啓人を見るとコクリと頷く

菫子は覚悟を決めた

「理さんが……とても真っ直ぐで明るい人だと思ったので……そう、思いました」

その言葉を聞いた憲人は少し間を置いて

「そうか……君がそう言うのならそうなんだろうな」

菫子は少し拍子が抜けた

また怒鳴られる、キツく詰められると思っていた菫子からすれば憲人の言葉は、とても優しく、暖かった

「なぁ、理の事を君たちに任せても良いか?」

菫子がぼんやりとしてる最中、またもや衝撃的な言葉が飛んできた

「分かりました。お任せ下さい」

啓人がそう言った直後、憲人が安心したように店を後にした





数分後、病院 305号室前

「んで、誰がなんて伝えるよ?」

啓人が思い返したように言う

「ここはやっぱ啓人じゃない?慣れてるでしょ、こう言うの」

香澄がそういうと

「慣れてるけど得意じゃないからやだ」

「えぇ……」

啓人がバッサリ断った

「なら、私が行き…ます…言い出したのは私ですし…」

「「え?」」

2人が驚いたように聞き返す

「大丈夫なのか?」

啓人が心配の声を挙げる

「…分かりません。ですが、私がやらないとダメな気がして…」

「分かった。行ってこい」

「頑張ってね、菫子ちゃん!」

2人から激励の言葉を受け、病室に入った





305室内

ノックをして病室内に入る菫子

すると驚いたように理が菫子を見た

「えぇっと……こ、こんにちは」

「あ、こんにちは…確か探偵の…」

「は、はい。宮川 菫子と言います……」

「「…………」」

互いに何を話せばいいのか分からず沈黙が広がる

「……あの、本日はどのようなご用件で?もしかして家族が見つかったんですか!?」

先に痺れを切らしたのか理が訪ねた

「いえ……」

「そう…ですか…」

理は目に見えて落ち込んだ

「やっぱり…もう皆いないんですかね…」

「…え?」

「叔父さんの話し方で薄々気が付いてはいましたが…」

「そ、そんなことありません!」

理の話を遮って菫が叫ぶように言う

「葛城さんは、御家族の事を信じていますか?」

「…本音を言ってしまえば今すぐにでも会いたいです」

「そう…ですよね」

菫子は一呼吸おいて続ける

「私には、家族と呼べるような人がいません」

「! すいません!そんな事を露知らずに!」

「いえ、大丈夫です。家族がいないというか、家族を知らないと言った方が正しいでしょうか」

「………」

「小さい頃、事故に巻き込まれて以降、両親は私を他人のように接しました……唯一仲の良かった弟でさえ離れていきました」

「なので、本当の意味での”家族”を”愛”を知りません」

「………」

「あ、す、すいません、こんな話されても面白くないですよね……」

「………」

「えぇっと……つまり、私が言いたいのは、こんな人もいるから羨ましいなーって……」

「……僕、リハビリ頑張ります。頑張って、家族に会います。家族みんなを信じてみます!」

「……分かりました。頑張ってください…いつかきっと、報われる時が来ると思いますから……」

董子はそう言い残して病室を後にした

「はい……ありがとうございました……」

立ち去る董子の背中に吐かれた言葉は、どこか涙を含んでいた

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