醒めぬ夢、無情な現実 転

「あの子の……理の家族はもう……この世には居ないんだ」

突然放たれたその言葉に3人は疑問符を浮かべた

「そ、それはどういう事ですか?」

菫子が真っ先に声を上げた

視界には先程とは違い白く、若干の濁りを残して写る

「そのままの意味だ、あの子は事故にあって以来記憶が飛んでいる」

「記憶が?」

ようやく状況の整理がついた啓人が聞き返す

「あの日、弟家族が乗っていた車の殆どが潰れ、唯一生き残った甥は車の中から放り出され頭部を強打し、一部の記憶がねじ曲がった……そう考えている」

憲人は深刻な顔を浮かべる

「あ、あの!そ、その、すいませんでした」

そこに切り出したのは菫子だった

「なぜ……君が謝るのだ。もう終わったことだ」

「……悲しいからです」

「悲しい?」

「貴方は……今もどこかで弟さんの死を、理さんの事情を悲しんでいる。それと同時に憎んでもいます。」

「何故……分かる」

「……あなたの色はどこか、黒く、淡いんです。淡い、どこか澄んだ黒でもあり、悲しい黒でもあるんです」

菫子の目はLED照明をキラキラと反射させると憲人が口を開く

「…一つ…訊いてもいいかな…」

顔を俯かせながら吐き出すように問う

「俺は…どんな顔をしている…?」




ファミレスを後にした車内は沈黙で溢れていた

しかし、その沈黙を破ったのは意外にも菫子だった

「…あ、あの!事故現場…に行ってみたい…です」

語尾が弱くなりながらも発せられたその言葉に二人は戸惑いながらも理由を尋ねる

「どうして?何か調べることあったっけ?」

「え、えっと…気になる事があって……」

「……分かった行こう」

「えぇ!?まぁ良いか……」





時刻は5時半を回り、日が傾き始めた頃

菫子達は事故現場へと到着した

「私はここで待ってるからー」

香澄は車で待機を伝えると菫子が思わず感嘆の声を漏らした

「ここが……」

そこは、事故現場とは到底思えないような絶景が広がっていた

崖の上から見える森林の歌う様子はとても心が浄化されるような気持ちになった

「葛城一家はガードレールを突き破ってこの崖の下に落ちていったと考えられている」

「…………ふぅ」

菫子は深呼吸をして啓人に告げる

「もし……私に何かあったらお願いします」

「は?何が……」

菫子は傾く太陽を背に啓人を見る

その瞳は光源を後ろに置いているにも関わらず強く、深く、恐ろしく紫に輝いている

「菫子……?」

啓人がそう呟くと

「久しいのう……外の空気を吸うのはいつぶりじゃろうか……」

菫子が喋る

否、菫子のをしたものが喋る

「……誰だ?」

「あ?儂に言うとるんか?」

菫子の形をした何かは低く、されど華やかな雰囲気を纏う

「そうじゃのぉ……ここは一つ、昔の名を使うとするかの」

「昔……?」

「儂はムジナ菫子こやつとは幼子の頃からの付き合いじゃ」

「貉……化け狸が何故菫子のなりで喋ってる?」

啓人は直感で分かった

貉が……こいつこそが神奈川児童失踪事件に……菫子に大きく関わる存在である事

それと同時に……

「ほう?儂の事がこれ程永く語られておるとは思わなんだな……じゃがな小童こわっぱ、化け狸とは些か無礼だとは思わぬのか?」

こいつはこの世に存在している者でも無い

それが肌を刺すように伝わった

「彼女を……菫子を何処へやった?」

「む?まるで儂が悪いと言わんばかりの言い方じゃな」

「事実だろ……?」

数秒の沈黙が場を制す

しかし、口を開いたのは貉の方だった

「……はぁ、菫子小娘であれば今はを見ておるよ」

「向こう?どういう意味だ!」

啓人が声を荒らげると貉は耳を塞ぎ

うるさいのう……幽世カクリヨじゃよ」

「幽世!?……お前、何をした!?」

「じゃから、儂は何もしておらん。此奴こやつが勝手に儂と入れ替わっただけじゃ」

「入れ替わった……だと?」

「そうじゃ、儂は……おっとどうやら時間のようじゃな」

「はぁ!?何を言って……」

「じゃあな小童、中々に愉快な時間であったぞ」

「まて!まだ話は終わって……!」

その時、徐々に瞳の紫が輝きを失っていた

「……最後に一つ、うぬに言伝じゃ」

「……なんだ」

「此奴を……菫子を任せるぞ」

「!!」

貉がそう言い放った直後、菫子は糸が切れたようにその場に倒れた

「……!菫子!」




菫子の眼には特殊な能力チカラが二つある

一つはファミレスでの一件であった人の感情を見分ける能力

もう一つは現世ウツシヨ、つまりこの世とは相対する世界幽世カクリヨ

その両方を見ることが出来る

本来、持ち合わせている肉体の眼と魂の眼

双方は共にそれぞれのを見ている

菫子の眼はそれぞれ視界をる事が出来る

即ち現世としては宮川菫子、幽世としては貉として存在している

菫子が幽世を見ている時、貉は現世を見る

それ故に啓人は貉との会話が可能となった




目を開けるとレトロな木造の天井が見えた

「おはよう菫子ちゃん」

ベッドに横たわる菫子

その横には香澄が椅子に腰掛けていた

「……香澄……さん……?ここは?」

「事務所の仮眠室よ」

そう言って立ち上がり、奥に置いてある冷蔵庫から水を持ってきた

「調子はどう?話せそうなら状況を説明して欲しいのだけれど」

「状況?って……」

そう言って身体を起こした菫子

ゆっくりと、見た記憶をなぞる

「そうだ……私……」

「何かあったの?」

「そうだ、神崎さんは!」

「落ち着いて、啓人なら今すぐそこで考え事してるから」

「そう……ですか……」

け安心したのか、菫子の顔は少しだけ緩んだように見えた

「香澄さん……今すぐに準備して欲しいものがあるんですが」

「……何かわかったのね?」

「はい。この事件の、理さんの身に何が起こったのか……全て分かりました」

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