醒めぬ夢、無情な現実 承

305号室 扉前

「ちょ、啓人!?何するの?」

香澄が焦った様子で啓人に聞いた

「し、静かに」

問う香澄に対して小声で答える啓人

啓人は先程エレベータにてすれ違った男が305号室に入って行ったのを見てからこの調子だ

すると、病室の中から会話が聞こえてきた

声の正体は依頼人である葛城と男だった

「叔父さん、やっぱり家族みんなに会いたいよ」

葛城はすがる様に言うと叔父と呼ばれた男は

「理、何度も言うがお前の家族は行方不明なんだよ」

そんな言葉に表情を曇らす葛城

「とにかく、捜査の事は俺に任してお前はリハビリに専念しろ」

「……分かったよ」

そう言い終えると男は椅子から腰を上げ病室を後にした

「まずい、こっちに来る」

啓人は小声で言って病室から少し離れた椅子に座った

香澄と菫子はそれに従うように横に座った

菫子は香澄に耳打ちして聞いた

「神崎さん、さっきから様子がいつも以上におかしいんですけど……」

「たまーにあるんだよね、あーゆーの」

「あーゆーの、とは?」

「人に説明しようとしないで1人で行動する。まぁ癖みたいなものと思った方が良いよ、すぐ慣れる」

2人が小さく会話しているうちに男は開いた扉をくぐり、扉を閉める

ドアノブに手をかけたままため息を吐いた男に

「すいません。今お話よろしいですか?」

さっきまで椅子に座っていたはずの啓人が話しかけていた

香澄は慌てて椅子を立ち男の近くまで行って頭を下げた

「申し訳ありません!なんでもございませんのでお構いなく!」

「おい!何するんだよ!重要参考人だぞ!?」

啓人を引っ張る香澄とそれに抗う啓人

恐らく2人は、ここが病院の廊下ということを忘れているだろう

2人がごちゃごちゃしてると

「君は……さっきの少年か」

男はげっそりした様子で尋ねた

「はい。葛城理さんのお知り合いと見て声をかけさせて頂きました」

香澄に引っ張られながら平然と啓人は答える

「……ひとまず場所を変えよう」

男は神妙な顔で言った

周りを見てみると廊下を通る人全員から視線を受けていた




一行は病院近くのファミレスに場所を移した

店内には人があまりおらず、従業員の殆どが厨房、もしくはバックヤードにいるようだ

テーブル席に菫子、啓人、香澄の順に座りその対面に男が座る

案内された席に座ると男はいきなり質問を投げた

「さて、最初に聞こう。君たちは何故、理の事を知っている?」

「俺たちは理さんから依頼を受け、あの場所に居ました」

啓人が対面して答える

すると男は眉間にシワを寄せた

かと思いきや顔を俯かせ大きくため息をつく

「……その依頼というのは、まさか家族を探せとかいう依頼か?」

「その通りです。僕たちは探偵業を営んでおり、依頼を承り本人からお話を伺いました」

「はぁ……いいか?あの子の家族は今行方不明なんだ。それに、この件は警察が動いてる」

その一言に菫子が気づく

男がある言葉を放つと男の周りが赤く、菫子の瞳に映る

赤い感情、それは嘘の色

どうすれば良いか。これを啓人に伝えるか、菫子は判断し難かった

そんな菫子を他所に啓人が会話を続ける

「そう言えば、貴方の説明をもらっていませんが、貴方は一体?」

呆れた様に男が口を開くのに対して、啓人は顔色を変えずに会話に応じる

「……俺は東雲しののめ憲人けんと、葛城理の叔父に当たる。職業は」

「警察ですか?」

被せるように啓人が答えた

憲人は驚いて言葉が出ない

それもそのはず、初対面のはずの相手に教えた記憶のない職業を当てられたのだから

「東雲憲人……以前、お名前のみ拝見させて頂いた''記憶''があります。」

「な、何故名前だけで警官だと判断できたんだ?」

そう言われた憲人は平然を装いながら

憲人は続けて

「それに、名前だけ見たのなら見間違いと言う可能性もあるだろう?」

「いいえ、有り得ません。僕に限ってそんな事は」

啓人がそう言うと憲人は完全に黙ってしまった

すると菫子は今だと思い啓人に小声で耳打ちをする

「神崎さん、多分ですが行方不明の話、嘘です」

それを聞いた啓人は動じることなく尋ねる

「あなた、理さんに嘘を伝えましたか?」

「嘘……?なんの話だ」

「御家族が行方不明という件について、嘘の事実を伝えましたね?」

啓人がそう言うと憲人は逆鱗に触れたかのように怒鳴る

「なんの根拠があってそんな事を言える!誰だ!そんな事をほざいたのは!」

すると啓人は菫子に指を向け

「彼女がそう教えてくれました」

「は!?」

菫子は焦った

ただでさえ怖い相手だと言うのによりによって1番感情が昂ってる時にヘイトを向けさせたのだ

菫子の目には赤黒い色の憲人が鬼の形相でこちらを見ている

「お前か!出鱈目言いやがって!」

案の定、怒鳴り声が菫子に飛んできた

すると憲人が間髪入れずに

「大体なんだその目の色は、ふざけてるのか!?カラコンでも入れたのか!?ふざけるのも大概にしろよ!?」

その言葉に反応したのは菫子ではなく隣に座っている啓人だった

「おい、今その話は関係ないだろ?聞いてるのはこっちだ答えろ」

その声は先程とは打って変わって聞いてるだけで心が深く沈むような声だった

その様子は今まで啓人を自由にしていた香澄でさえ慌てて止めに入るほどだった

菫子はどちらかと言うと憲人より啓人の方、横を向きたく無かった

啓人を視界に入れてないはずなのに視界端から見えてくる黒く、深い怒りの色が見えてきたからだ

菫子自信もこんな感情を見るのは初めてだったが、そんな事より何故啓人がこれほどまでに怒っているのかが疑問だった

一方の憲人はと言うと突然声色が沈む啓人に怯んでいた

「早く答えろ」

そこに容赦なく切り込む啓人

憲人は渋々答える

「……死んだんだ」

「は?」

「だから……あの子の、理の家族はもう……この世に居ないんだ」

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