買取

オキシ流星

買取

 小学生の頃、ゲームが流行っていた。みんなで集まってトレーディングカードゲームや携帯型のコンピューターゲームで遊んでいた。

 どちらもゲームをプレイするためにはカードやソフトを購入する必要がある。

 カードは拡張パックを買って必要なものを揃えるのは運の要素が非常に大きく、「シングルカード」と呼ばれる中古のカードを一枚いちまい購入することは半ば避けられなかった。

 電子ゲームも、人によっては中古で安い物を買ったり、買いと売りをサイクルして支出を抑えながらたくさんのタイトルをプレーしたりするという話は耳にしていた。

 わが家はゲームの購入権のある母が他人の触った中古品を嫌いと表明していたから、わたしもゲームをするときは最大のヒットタイトルを新品で買ってもらって、それをみんなと遊んでいた。カードはお小遣いを使って自分で購入できたが、そんな母の影響もあって積極的に中古カードを買うことは少なかった。


 ある日、同級生のM君が、ゲームソフトを中古ショップに売って、数千円の売値がついたと語っているのを聞いた。どうやらM君は高価買取中の特定のソフトをたまたま売りに出すことができたようだった。当時の自分には経緯はどうでもよく、M君が主体となってゲームを売ったという事実がとにかく羨ましかった。

 ゲームを売れるのは大人だけで、未成年は保護者の同意書か同行が必要だったから、当時の私は中古買取に「大人の魅力」を見出していた。シングルカードのショーケースや中古ソフトの陳列棚を見るたびに、その魅力はどんどん高まっていき、つい

に自分もゲームを売ってみることにした。


 中古嫌いの母を熱意で説き伏せて近所の中古ショップに、携帯ゲームのソフトを一本、売りに行った。私の買取への無駄に高かった熱気にあてられてしまったのか、母も蔵書から紙袋いっぱいの少女漫画を売りに出すことにしていた。袋を持つと、取っ手の紐が固く手に食い込んで痛かった。物を売ることへの期待と憧れは絶頂に達していた。


 査定が終るのを店内で待つのがひどく長く感じた。自分の中で興奮と不安が渦巻いていた。


 やがて番号が呼ばれた。レジカウンターに行くと、店員さんから「合計で千五百円になります。」と言われた。

 信じられなかった。

 売ったゲームソフトを買ったときの値段の三分の一ほどにしかなっていなかった。レジの横に積んである、あの山のようだった重く大量の母の漫画の質量が消え失せてしまったように感じられた。

 母はその場では、まあそれくらいよね、と納得顔をして売却手続をそのまま進めた。そして千五百円を受け取り、そのまま店を出た。

 駐車場に出ると母は、はい、と五百円玉を私に差し出した。衝撃に打ちひしがれていた私は、え、と声にもならない嗚咽を漏らすだけで、手を伸ばせなかった。それを母はどう受け取ったのか。そうよね、と言って五百円玉を引っ込めると、千円札を渡してきた。そこで私は、え、ああ、うん、と言いながら、今度の千円札はしっかりと手に取ってしまった。ちらりとのぞき見た母の笑顔は乾いて見えた。


 母は物持ちの良い人だった。古い少女漫画だからきっと少なからず日焼けくらいはしてしまっていただろうが、売るために選んで行った本でもあるし、汚損は酷くなかったのではないかと思う。しかしそれは金銭価値にはつながらなかった。単体では値が付かず、十冊いくらのまとめ買いとして買い取られたものがほとんどだったのだろう。その少ない金銭的な価値も、私がゲームの価値と引き換えに、さらに半分にしてしまった。


 あの日、私は母に漫画と一緒に母の歴史や人格を安値で売らせてしまったのではないかと、たまに考えてしまう。あとになって蔵書を手放したことを後悔していると母がこぼすのも二三度耳にした。せめてしかるべきところに出せばもう幾許かにはなっただろうとも言っていた。

 一束いくらで売りに出したのに、買い戻そうとすると一冊いっさつにちゃんと値段がついていて、本も、思い出も、取り戻すのは容易ではないとようやく思い至ることができた。


 以来わたしはほとんど買取を利用していない。カードゲームの引退のときにコレクションのほとんどを手放したのが最後だ。そのときもまたひと悶着あったし、買取を活用するのは容易ではないと身に沁みて感じている。

 だから、なにかの思い出と訣別しようと思わない限り、私の部屋は思い出の残骸でごみ屋敷になり続けるのだろう。

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買取 オキシ流星 @kishiryu

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