黒歴史

@Shirohinagic

『黒歴史』





 壇上に二人の天使が現れた。

 一人は金髪の白人系。透き通る青い瞳にアンティーク・ドールのようなつぶらな瞳。

 聡明で心の底まで見通しているかのような深い眼差しにすっきりと形の整った双眸。近すぎず離れすぎず、それでいながらしっとりと程よく濡れた両の瞳に、それから……。

「早く私を紹介しろッ!」

 隣の素朴な大学生風の天使が堪えきれずに吠えた。

「えっ」

「えっ、じゃないし。どんだけ己の目のこと描写してんだよ……お気に入りか! チャームポイントか! 入社面接の時、あなたの長所は? って尋ねられて、何を思ったか自分だけはめっちゃ得意げに目の自慢始めるやつじゃん。そういうこと聞いてんじゃないのにさー」

「まーまー。ナレーションの言うことだからさー、あ、そういえばマギはゲームやる時の明るさってどうしてる?」

「どうって……」

「あの初回起動時に出てきて、両方のマークが見えるように調整してくださいってやつ」

「普通に従って、合わせてますよ? それが?」

「あー……洋ゲーとかさ、本当に律儀に合わせて、いざ初めてみると、くっら! 何も見えねーじゃんこれ。見えなさすぎだろ、私の人生。明日のことも見えない。ってならない?」

「なる。明日のこともわりとなる」

「でしょ? あなたの明日のことは知らないけど、あれ実はさ、日本人は多少明るめにしたほうがいいんだよ」

「えっ、そうなんですか? どっちかっていうと、明日のほう聴きたいけど」

「うん。人間の虹彩……すなわち黒目のことね……にも色ってついてんじゃん。で、白人系だと、それが青とか緑とか、要は明るいトーンじゃん。宝石みたいで綺麗だよね。あれって、青色や緑色が感じやすい目なわけ。で、作ってる人も同じだから、合わせると丁度いい感じになんだよ」

「ふむふむ」

「ところが、日本人の場合、虹彩の色は茶色とか黒とか、濃い色でしょ? ダークトーンの目なわけだ。暗く感じやすい特徴があるの。デフォでサングラスが一枚入ってると思えば分かりやすくない? だから、日本人……というか虹彩の色が濃い人は、多少明るめなほうが自然に見えるんだよ。逆に海外の人が日本製のをやるときは、明るすぎるって思って下げてるかもね」

「はぇー……また出た。ミカパイセンの訳わからんグローバルな雑学ー……あ! だから、海外の人ってよくサングラスかけてんですかね」

「たぶんそういうことだと思う。日本人にとっては単なるファッションアイテムの一つで、実用面っていうと日焼け防止があると思うけど、海外の人はガチで眩しいからかけてんだよ、あれ」

「はぁ……パイセンはそれ考えて、いつも明るめなんですか?」

「私は最初からマーク関係なしに自分の好きな見え方を試行錯誤する。ニューゲームより、まずコンフィグいじるタイプだから」

「雑学、意味ねー……。って、こんな感じでいつもやらせてもらってますけどもね、今日は出張番外編です。ショートコントー、『黒歴史』」

 仕切り直すように言うと、マギは手刀を振った。

「……『黒歴史』ねぇー。『私が産まれたこと』……かなぁ」

「くっら! 洋ゲーの画面より暗い。そうじゃねえだろ、パイセン」

「違うよ? そういう意味じゃないよ」

「どういう『違うよ?』かもわかんねぇよ。パイセン、今日は一般のお客様相手なんですから、解るように噛み砕いて説明しないと……レベル1くらいで」

「うん。私自身は私が産まれたことを決して恥じるつもりはないの。むしろ、こんな自分のことだけは誰よりも愛していますからね」

「それはそれで……なんか……(深呼吸)……なんか、哀しくない?」

 マギはいたく苦しげに、苛まれつつ、どうにか切り返した。

「自己愛性パーソナリティとかなんとでも言えばいいよ。だけど、地球がね。地球からの目線で見たとき」

「スケールでけぇな」

「うん。やっぱ私が産まれたことは人類史に残る……あ、ちがった。天使史に残る『黒歴史』かなって」

「どっちにしろ切ねえよ。で、そうじゃないって、パイセン!」

「えー?」

「だから、こういうフリの時の『黒歴史』っていうのはですね。あくまで一般的に笑えたり、ある程度同情だったり、共感できる範囲での、恥ずかしい思い出を語ってください……って、こういうことなんですよ」

 ミカは鼻で笑った。

「めんどくさ。黒歴史は黒歴史だろうが。他人が聴いても『キッッッッツ!』ってなる思い出こそが黒歴史だろうが」

「そうなんだけど、社会ってフィルターを通すとですね、それがもうちょっとオブラートに包んだものになるんです。例えば中学の時にページの端っこにその時の推しのカップリング絵をなんか知らんけど暇つぶしに描いちゃってて、ハッと隠した! みたいな」

「つまんな。その程度で黒歴史? 私なんか下半身ノーガードで夜中の大通り歩き回ったあげく、夏休みに『プール行きてェーーっ! なんかすごくプール行きたくね?! 今日いこうぜ! 今!』ってなって、当時仲良かった子とその勢いのまま母校のプールに入ってソッコー通報されたり、あれやって補導されたり、これやって交番に連れてかれたあげくしっかりコンドームは没収されたり、バイク止まってヤンキーかぁ? って見たら白バイで『またお前かよ……え? 家この近くなの? あ、そこの家なんだ』って立ち話するくらい、地元のおまわりさんとも仲良かったわ。でも、それだってまだモノホンの黒歴史には遠く及ばない、だろ?」

「ですから……え、そんなことしてたん? 普通に引くわ……いやまぁともかく、そこまで徹底したものは求められてないし、あくまで宴会の余興程度でいいんですって! パイセンのそれっていわゆるアレですよ。『醤油とって』って言ったら『よっしゃ! 任せたらんかいっ!』言って、なんか豆の品種調べて栽培から始め出して『何してるの?』って尋ねたら『ワイが今、日本一の醤油こさえたるわっ! ちょっと待っとれっ! あと三年くらいっ! ガハハッ!』とか言い出して、周り困惑どころか、この人、別のことにこの行動力費やしたらいいのに……って思われるレベル」

「長えし、つまり、本気すぎは良くないってことでしょ? 聞き飽きたよ! でも私ったら、こういう風にしかできないんだから『黒歴史?! よっしゃ! 任せたらんかいぃっ! ワイが人生かけた最高のネタふるまったるわっ!』って袖まくるしかないじゃん!」

「いやいや……もっとあるでしょ。他に、なんか……神の、恥の歴史——」

 すると、マギは突然閃いたように目を煌めかせた。

「あ! あるじゃないですか!」

「あ?」

「パイセンの定番にして鉄板ネタ! 神の元推しの……」

「おい」

 ミカの声のトーンが変わった。

 逆鱗に触れてしまったようだった。

「え?」

「あのさ、それは流石に失礼すぎんだろ。なぁ? 最低限の人間として(天使だけど)の裁量をも失った人の考え方だよ、マギ」

「あー……そうなんですか? 私、あんまそういうの知らないんで、あれなんですけど……」

 ミカはため息混じりに続けた。

「そりゃね……私もムカついたはムカついたから思ったことは悪口になるだろうとしても言うし、それ含めて病んで、反省もするよ。てか、してきたよ。第一回から。でもね……」

 ミカは人差し指を、ぴっ、と突き立てて言った。

「誰かを好きになったことで後悔したことは一度もない。一度もだ。どんな終わり方をしようとも、ガチで恋したことを黒歴史とか失礼すぎる。ましてや、恥ずかしいと思うことなんか一個もないからな。傷を負ったとしても、それ含めて大切な経験だから」

 ミカパイセンときたら、こうなのだ。

 普段はとことん人として軸がズレている、極限まで普遍とはズレているくせに、ここぞという根っこの部分は絶対に曲がらない。

 マギは……マギこそ軽口を反省するのだった。

「……なんかごめんなさい」

「そこはあれだね。天使としての年季というか……マギもたくさん恋をすればわかるよ」

「うーん。でも、パイセンみたいなメンヘラになるのは嫌だな! 私は真っ当に付き合って真っ当に結婚するんだ」

「けけけ。言ってろ。地獄を見るぞ、綺麗事しか知らねーと」

「あ!」

 またしてもマギは閃いて、目を煌めかせた。

「逆ならどうですかね」

「ん?」

「つまり、パイセンはそんな風に思ってたとしても、元推しからしたらパイセンの存在は……」

「泣いちゃうから、それはやめて」

 ミカがまたダメージを負った。






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