第三話 戦士見習いは全力で戦う

 突如、目の前に現れた戦闘狂。絶望の具現化、ラオン・カイオル。

 奴はよりにもよって、岩の谷間の前で陣取っている。まるで俺達の目的先を知っているかのようだ。

 

 俺は走りながらリュウに目を向ける。


「どうする!?」

「決まってる。ここを通らないと向こうにはたどり着けない!」


 そう言うと、走りながらリュウは斧を構える。

 2対1でこちらはスピードに乗っている。

 1撃を加えてそのまま一気に谷間に突っ込むつもりだ。


「……くそっ!」


 俺も合わせて自分の斧を構える。前より少し重たく感じるが、いつも使っているカスタマイズされた訓練斧だ。これでも十分に戦える。


「俺から先に突っ込む! タイミングを計って加勢してくれ!」

「あぁっ! 俺達なら奴を退かせる事くらいなら……!」


 そして、突っ込んでくる俺達を見てラオンは、不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと構える。


「突っ込んでくるか。この根性だけは誉めてやろう! 来い!」

『うおおおおおおっ!』


……ガキィン!!


 先行したリュウとラオンの斧が重い金属音を響かせる。


「くそっ! 全速で突っ込んだのに、こいつピクリとも動かねぇ!」

「なるほど、一回生にしてはやるな」


 焦りの表情を見せるリュウと対照的に、ラオンは相変わらず余裕のある表情を見せる。まるでリュウの力を確かめてるようだ。


「……てめー。何でここがわかった」


 それは俺も思っていた。ここは当てずっぽうで選ぶ所ではない。


「なぁに。堂々と斧を2本持って変な方向に走る、バカがいたからなぁ。それがいつも一緒にいる奴となれば猶更だ」

「そ、そうか。やるなラオン!」


(……豪快にやらかしてるじゃないかこいつ)


 こいつのバカさに心底呆れながらも、つばぜり合いの状態を維持しているのは感心する。一回生TOPクラスのパワーファイターなのは伊達ではない。


「お前の力はわかった。そろそろ俺も……!」

「カイーッ! 今だ!」


 攻撃しようとラオンが体勢を変えようとした時、リュウは叫ぶ。

 そして、その合図を受けた俺は一気に加速をかけた。


「……速いっ!」

「カイ、お前……」


 俺の動きを見てリュウは驚き、ラオンは初めて真剣な顔を見せる。

 そう。俺はこの身体になって運動性能が飛躍的に向上している。これはベルガーの懐に入った時に違和感を感じ、森林の中でこの身体について色々調べた時に確信した事だ。


 元々、俺は一般的な戦士と比べて遥かに小柄で筋力も劣っていたが、それを補って余りあるスピードや俊敏性が一番の武器だった。これだけなら1回生、いや学園イチだと自負している。

 その俺の特徴が、女体化する事によりさらに顕著になっていて、更に柔軟性も付加されていた、正直初めて女になって良かったかもとさえ思った。


…………


 そして、俺は横に回り込んで突進する。

 ラオンはリュウとつばぜり合いをしていて、こちらに手を出す事は出来ない。


「うおおおおおおおっ!!」


 俺はこの一撃に全てを込めてこの化け物に叩きつける!


……ガキィン!!


「!?」

「!!」


 俺達は目の前の光景に、思わず自分の目を疑った。


「左腕の腕当てだけで、俺の斧を完全に受け止めやがった……!」

「いくら訓練用でもそれはないだろ!」


 普通なら良くて骨折、最悪の場合は左腕自体がちぎれている。


「……だが、軽いわぁっ!」


 ラオンはそう言うと、俺を左腕で押し返して、そのまま左脚で蹴り飛ばす。


「ぐはっ!」

「カイッ! ……ぐおっ!!」


 そして、それを見て油断したリュウはラオンの斧を腹に受けてしまう。

 少し離れたここまで骨がやられた音が聞こえてきた。これが本物の斧なら真っ二つになってただろう。


 この戦闘狂は戦士二人の猛攻を受けても、一歩も退く事も無く受け止める。

 まさに”絶望の具現化”だ。


「くそっ!」


 リュウはラオンからどうにか距離を取り、態勢を整えようとした時、遠くから声が聞こえた。


「ラオン先輩、そこにいるんですか!?』


 声のした方向を見ると、3人の2回生が俺達の存在を確認したらしく早足で向かってくる。


「リュウ!」

「……くっそおおおおぉぅ!」


 リュウは地面に斧を力任せに叩きつけて、周囲に石やあたりに土煙を巻き上げる。


「一旦退くぞ!」

「わかった!」


 少しはカモフラージュになるかもしれないが、正直これは苦し紛れの行動だ。向こうが構わず突進してきたら、勢いを失った俺達はすぐやられているだろう。しかし、ラオンは動く気配を見せず谷間の入り口から動こうとしない。


「ラオン先輩。奴らが逃げます!」

「行かせてやれ! どうせ奴らはもうどこにも行けやしない!」


 3人の2回生の動きを止めた後、俺達に対して楽しげに言った。


「カイとやら気に入った! お前こそ俺の側女にふさわしい女だ! 時間をやる。作戦を練って全力でかかってこい!」

「……舐めやがって!」


 噂通りの戦闘狂だ。奴はこの戦い、いやゲームを楽しんでる。

 そうして俺達は、ラオンから遠く離れた岩陰にたどり着いた。


……

………


「はぁっ、はぁっ」

「くそー。やっぱりクゾ強いなあいつは!」

「どうするんだよ、リュウ。今更別のルートは無理だぞ!」


 全ての門は既に固められている筈だし、他の連中がここに来るのも時間の問題だ。


「……なんとかしてやるよ。俺が奴らを食い止める。たとえ全員は無理だとしても、ラオンだけは3分は足止めしてみせる。だから、その隙にカイはなんとしても突破するんだ」

「確かに今の俺の足なら何とでもなるだろうけど、一人でラオンと戦うのはいくらなんでも無理だ。腹のダメージも大きいんだろ!?」


 2対1だから、そして”賞品”を傷つけないという縛りがあったからこそ、少しでも戦えたのは間違いない。

 しかし既に負傷している一回生が、単身で学園最強の男に挑むのは自殺行為だ。

 それに奴は幾度となく訓練中に人を殺めている。今更一人増えようが知った事ではないだろう。


「それがどうした。さっきも言っただろ? 死んでもお前をここから出してやるって」


 リュウのその言葉と真剣な表情から決意と覚悟を感じる。本当に死んでもよいと思っている。


「……本気か?」

「ああ。本気だ。 ……だから、最後にカイに頼みがある」

「頼み?」

「ああ。それを聞いてくれたら俺は100%、いや200%の力で奴と戦える」


 熱い瞳が俺に訴えかけてくる。これは最後の願い、まさに一生に一度の願いだ。今までの恩も含めて、この頼みを聞かない訳にはいかない。


「わかった。お前の頼み、何でも聞いてやるよ」

「そうかっ! 助かる!」


 そう言うと、リュウは改めて俺の正面に立ち、俺の顔をじっと見つめてくる。

 心なしか、いや確実に顔が赤らんでいる。それを見ている俺まで緊張してきた。



「……頼む、カイ。お前のパンツを俺に見せてくれ!!!!!」


「はぁっ? ……はぁあぁああぁああああぁぁっ!!??」



――俺の頭は真っ白になった。


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