第五話 戦士見習いは呪われる

 ラオンが言った通りに一直線に突っ込んでくる俺を見て、2回生3人はとても驚いていた。


「本当に突っ込んで来やがった!」

「こいつ、2回生3人を相手にして勝てると思っているのか!」

「女の癖に生意気なぁ!」


 そう。普通に考えたら無謀な行為に違いない。しかし、2つの理由で今回は例外だ。

 まず、相手を無傷で捕えないといけないという縛り。


――そして、お前達の相手は並の戦士では無いという事だ!!


 俺は3人の間合いに入る直前で急速に向きを変え、隙だらけの真横から全力で斧をふるう。


「ぐあぁぁぁあっ!」

「カルロ!」

「何だ今の動きは!」


 今のであばら骨数本はいった筈だ。まずは一人。

 

「こ、こいつぅぅぅ!」


 隣の男が俺を接近させまいと、不安定な態勢のまま斧を振りかぶろうとするが、甘すぎる。俺は更に懐に飛び込み、双方とも斧が使えない状況に持ち込む。そして次にする事は当然……


「!?」 

「金、的……っ!」


 ベルガーの時にコツは掴んでいる。あの時よりも強力で的確な膝をこいつの股間に叩き込む。


「グア”アッア”ァア”ア”ッッッアンッ!」

  

 鈍い音と声にならない叫びが周りを包む。これで二人目。


「こ、こいつは化け物か!!」


 流石に危機を感じて、最後の一人は距離を取ろうと後ろに後退する。しかし、後ずさり程度のゆっくりした後退など俺の前では無意味だ。

 俺は更に姿勢を低くして一気にダッシュを決める。この程度のスピードなら俺の間合いからは逃れられない。


「は、速すぎる…… ぐあぁっ!!」


 そして、低い姿勢のまま斧は地面をなぞる軌道を見せ、最後の男の足を使えなくした。

 ここまで時間にして10秒もかかっていないだろう。


――これが俺、カイ・ラトルの戦い方だ


……

………


 * * *


 そうして俺は無事に谷を抜け、目の前に外界との接触を拒絶する高い塀が近づく。

 この塀は学園の広大な敷地全てを覆っていて強固、それにより正門と3つの裏門からのみ出る事が許されている。


――筈だった。


「ようやく、見えてきた……!」


 塀にうっすらと見えるのは一本の亀裂。パッと見る限りでは表面のみに入った修復の必要もない軽い亀裂。

 しかし、それは錯覚であり、その亀裂に近づいて角度をつけて見ると、予想以上に亀裂は深い。

 亀裂が一番深い所は人が一人入れるくらいの幅で、そこから隙間を通っていけば外に出る事が出来るのだ。


 この亀裂は巧妙過ぎて、自然に出来たにしては違和感を感じる。もしかしたら、人為的な何かが入っているかもしれない。

 この狂った学園から脱出する為に。


……そして、俺も同じくここから脱出出来る。


「これで、俺は自由だ……!」

「そうじゃな」


……!?


 俺は不意に耳に入ってきた声に驚き、立ち止まり辺りを見渡す。


「ここじゃ、ここ。すぐ近くにいるワシにさえ気づかないとは、ちと焦り過ぎじゃぞ」

「うおおっ!」


 気配を決して感じさせない老人が横からゆっくりと現れる。

 俺よりも小柄で80代後半相応の見た目をしているが、底知れぬ雰囲気と迫力を感じさせるこの老人を、俺はよく知っている。


「ダジマ・ジェダ学園長。どうしてここに……!」

「何をおかしなことを。学園長のワシが学園のどこにいようとおかしくはあるまい?」

「……」

「カイ・カトル君。やはりお主はワシの見込んだ通りの戦士じゃった。幾多の困難を乗り込んで、ここまでたどり着けたのが何よりの証拠。いやぁ、ご立派ご立派」


――こいつ。全て知っていやがる……!!


 俺は目の前の老人にえも知れぬ不安と恐怖を感じて、思わず斧を構える。


「ほぅ。このワシに刃を向けるか」

「学園長。もし俺の邪魔をするのなら」

「するのなら?」

「……!」


 その言葉を聞いて俺は距離をとり、深く腰を落とす。

 いくら伝説の戦士とはいえ今はただの老人。そして武器を持っていない。どう考えても俺が強い。強いに決まっている。


「学園長。この学園では1対1の公平で正々堂々な戦いなら、たとえ相手が死んでも罪には問われない。そうですよね?」

「いかにも」

「……それが学園長だとしても?」

「もちろんじゃ」


 額から汗が噴き出る。

 緊張で心臓がバクバクする。


「……学園長、そこをどいてください。俺はここから出ないといけない」

「わしは元よりそのつもりだったんじゃが、こうやって刃を向けられたらなぁ」


 刃を向けられても表情を変えずに穏やかに話していた老人が、僅かにトーンを下げて俺に言う。



――来い。こわっぱ



「……っ!」


 俺は、その声と身体が凍てつくような視線に反応して、地面を蹴り一気に飛び出した。

 これは俺の意思だったのか。それとも奴に促されたのかはわからない。


「……ぐおっ!」


 しかし、地面を蹴ったと思った瞬間。俺は地面に這いつくばっていた。

 気が付けば学園長が俺の背中に覆いかぶさっており、完全に組み伏せられてる。

 力は入れていない筈なのに、俺はピクリとも動けない。


 これは決して魔法の力とかではない。純粋な体術による制圧だ。

 はたして何が起こったのかさっぱりわからない。


「こ、これは一体……!」

「その身のこなしと勢い。お主はこれからどんどん強くなる。だが、今は実戦を知らない只の赤子じゃ。それは覚えておいた方が良いぞ?」


 学園長はさっきと同じ穏やかな口調に戻り、俺に諭す。

 先ほど一瞬だけ感じた底知れぬ恐怖はもう感じない。

 

「そもそもわしは、出ていきたい生徒は出せば良いと思っているのじゃ。もっとも、他の連中が学園の規律やら威厳やらが大事だと、勝手に動いているがの」

「なっ、なんだと……!」


 学園長はいつも俺達の様子をのんびり見ていて、何を考えているかわからない所があったが、予想外の話に戸惑ってしまう。


「老いぼれのわしが前に出て、色々と出しゃばるのは間違っているからの」


……老いぼれだと? この大ウソつき野郎が……!


「だから、お主を外に出す事は全然構わぬ。しかし、その前にお主に一つ問いたい」

「……なんだよ」


「お主は何故、ここから出たいと思った。女にさせられたからか? 誰かの側女になるのが嫌だったからか?」


……そんなの、当然決まっている。


「俺は幼い頃、リィア、いや幼馴染と約束したんだ。大人になったらパーティーを組んで世界中を旅して、いつか魔王を倒そうと」


「ほうっ」


「だからあいつはミト国で魔法を学び、俺はこの学園に来た。あいつに釣り合うくらい強くなる為だ」

「……」


「地位やお金が目的じゃない。ただ、あいつと旅がしたいんだよ」


 言ってて、まるで子供の戯言だなと苦笑いしてしまう。

 しかし、この気持ちに一切嘘は無い。だから俺達の未来を縛るモノには全力で抗う。


「なるほどの。若いっていいのぅ」

「ぐっ……!!」


 このクソ学園長、口では笑っているが更に俺の身体を締め上げてくる。

 

「しかし、現実を考えてみぃ。お主は世界でも数人しか使えない大秘術によって、上玉の女となり将来を約束された」


「一方、そのルートを外れたら、女となったお主が周りからどう扱われるか想像出来るか考えてみぃ」


「……」


 確かに性転換した人の話は殆ど聞かない。たとえ聞いたとしても、上流階級内の別世界の話だ。


「それに、その幼馴染は女じゃろ? はたして女同士でお主が望むような旅は出来るかのぉ」

「……」


「そもそも、リィアとはリィア・イレーネの事じゃないかえ?」

「!? 何でその名を……!」

「驚く事はなかろうて。10年に1人の天才と言われているなら、噂はここまで聞こえてくるわい」

「それはそうかもしれないが……」

「エリート中のエリートとして将来を約束されている子が、平民のお主なんかと一緒になれると思うか? 周りがそれを許してくれると思うか?」


 その老人の言葉が不安を生んで、ズブズブと俺を包み込んでいく。まったく。この老人は俺の心を的確に抉ってきやがる。

 が、俺の心はもう決まっている。俺はリュウとリィアを信じて、それに答えていくんだ。


「それでも、お主はここから出るのか? 出れるのか? ……答えろっ!」

「なめるなよ! この老いぼれがぁ!」


「ほう?」

「お前の凝り固まった頭で語るな! 俺の未来は俺が決めるし、リィアと共に生きるのに性別も身分も関係無い! 俺はあいつの為にここから出るんだ!」


 長い沈黙が二人を包むが、それは老人により打ち消される。


「……ほっほっほっ」

「?」


「ほーっほっほっほっ! 流石わしの見込んだ戦士じゃ! 最高じゃ! 傑作じゃ! 更に気に入った!」


 学園長はそう言いながらも拘束は一切解かない。そしてゆっくりと右手を上に上げて、何かを唱えはじめる。


「い、一体何を……!」

「そんなお主にわしから餞別じゃ。ありがたく受け取るがいい」


 しばらくして学園長の右手から赤く禍々しいオーラが浮かび上がる。


「ま、まさかお前は魔法が使えるのか!?」

「お主にはこれが魔法に見えるのか。やはりもっと世界を学ぶべきじゃな」


 そう言うと、学園長はそっと俺の右肩にその右手を添える。

 その瞬間、言いようのない痛みと不快感が俺を襲った。


「う、うああああぁぁあぁぁっっ!」


 右肩が焼けるような痛みを感じながらも、服や肌へのダメージはない。この感覚はもしや……!


「お主に特別に卒園の印として”レッドショルダーの呪い”を授けよう」


 痛みや不快感が一層強くなっていく。優秀な卒業生に送られる右肩の紋章とは、刺青ではなく呪いだったのか……

 意識が薄れゆく中、学園長の恍惚とした声が脳裏に焼き付けられる。 この言葉こそ呪いだと俺は思った。


「……これでお主は、世界に一人しかいない”女レッドショルダー”じゃ! お主のこれからの呪われた人生、とくと見せてもらおうかの。ほーっほっほっ!」


「こ、このクソジジイがっ……!」


 そして、俺の意識は完全に途絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る