第二話 戦士見習いは秘密のルートを使う
* * *
「なるほど。ここに出てくるんだな」
あの忌まわしき地下室から地上に出ると、校舎から外れた所にある小さな小屋の中だった。まさか、地下に通じる階段が隠されているとは……
少し離れた所からは先ほどの重たそうな音が聞こえてくる。
「1回生は校舎のグラウンドで重打撃訓練が続いているな。問題は2,3回生が何をしているかだが……」
このレッドウォーリアー学園は広大な敷地を有しており、森林、沼地、山の斜面等の戦闘訓練も出来るようになっている。
2,3回生の訓練場所もかわせたら脱出しやすくなるだろうが、もし自主訓練だったら分散してどうしようもない、か。
「いずれにせよ、この異変に誰も気づいてない今のうちに、か」
俺は早速動く事にした。この学園の周りは高い塀で囲まれており、外に出るルートか限られているのが、今回の最大の難点である。
しかし、それは他の奴の話だ。
俺には切り札がある。
…
……
………
* * *
「……あった。ここだ」
少し先へ進んだ後、俺は目印の木を見つけた。
ここからは従来の道から外れ、森の奥へ向かって歩く事になる。
俺が今回、ここからの脱出を決めたのはこの秘密のルートを知っていたからだ。
このルートは、定期的に人知れず街へと繰り出しているリュウが、俺にだけ教えてくれた秘密のルートだ。見つけたのは偶然らしいが、これはリュウの天性の直感、センスによるモノなのだろう。
「……リュウに感謝しないといけないな」
かくゆう俺も一度、リィアを見送りする為に使わせてもらった事がある。だからこうやって一人でもいく事も出来る。
「まさか、もう一度ここを使う事になるとは」
俺は道なき道を歩む。自由と未来を手に入れる為に。
…
……
………
途中で違和感を感じて足を止め、そっと耳をすます。
「……くそっ!」
間違いない。何者かがこの近くを歩いている。森の外れ且つわかりくいこんな所を好んで歩く奴はいない。なら、目的は俺の可能性が高い。
「まいったな…… 今回の件がもうバレているという事か?」
この身体なら難なく逃げられるがそれはあくまで1対1の場合だ。更に目的地がバレてたらいよいよ状況は深刻になってしまう。
「……あっ!?」
その時、2本の斧を持つ巨体の男が俺をあっさり見つけて、無警戒でこちらに向かって歩いてくる。
「カーイー! やっぱりここにいたか!」
「リュウ!」
「ほら。お前の斧だ。必要だろ?」
「ありがたいっ!」
斧を軽々とこちらに投げながら、嬉しそうな笑顔を見せるこいつこそ俺の悪友で大親友、リュウ・メサイアだ。
…
……
………
* * *
「それで、回復士達がベルガーの股間にあらゆる回復魔法かけたらさぁ、そしたら股間が元気になり過ぎて…… クックックッ!」
リュウは小さい声で話しながらも、楽しそうにその巨体を震わせる。この明るさがリュウの一番の魅力で、この学園に入ってどれだけ救われただろうか。
「それで今の俺は手配されて無傷で捕まえた者には褒美、か」
「まっ、そう言う事だ。真っ先にグラウンドにいる俺達1回生に伝えられて、今頃は全校に広がっているだろうな」
いよいよ、状況が厳しくなってきたって事か。
「それにしても、いいのか? 後々俺の脱走に加担したとバレたらお前は……」
「あ? 今更何を言ってるんだよ。お前はリィアとパーティー組む為にずっと頑張ってきたし、その為にここに来たんだろ?」
当然の行為をしたまでだが? と言いたげな顔でこちらを見る。
「リィアもミト国の魔法学院に行っているしな。幼い頃の約束を守る為に頑張る二人を、俺はずっと隣で見ていたんだ。……だから、死んでもお前をここから出してやるよ」
「あ、ありがとう……」
リィアの事を考えて俺は少し表情が曇ったらしい。リュウが俺の顔を覗き込む。
「ん? どうしたカイ」
「なぁリュウ。俺はリィアと一緒のパーティーを組めるかな。そもそも俺はあいつと組んでいいのかな」
「はぁっ!? こんな事までしでかしたのに、今更何言ってるんだよ!」
「しかし……」
リィア・イレーネ。
俺と同じ歳の幼馴染は、子供の頃から魔法の才能に溢れ”10年に1人の天才”と呼ばれていた。そして、現在は平民の出ながら、国からの援助で魔法大国であるミト国の、名門魔法学園に特待生として在籍している。
卒業後はここに戻ってくる予定だが、普通に考えたらエリートとして魔法団に属し、いつかはエデ国魔法使い界の重鎮として活躍するに違いないのだ。
しかし、リィアは幼い頃の約束をずっと覚えていて、大人になったら一緒にパーティー組みましょうと言ってくれた。
それはとても嬉しい事だが、それは果たしてあいつにとって幸せな事なのだろうか……
「……いてっ!」
「おーまーえーはいつも変な事を考えやがるなー。あいつにとってお前がどんな存在かわかんないのか?」
「存在、か。どんな存在なんだろうな……」
「……あーもーっ! とにかくお前たちはパーティーを組むべきなんだよ! 昔からお前達を見ている俺を信じろよ!」
その為に俺はここにいるんだ。とリュウは言ってくれる。こいつは昔からずっとそうだった。いつも俺の事を助けてくれる。もしかしたら俺がいるからここに来ている節すら感じている
「……ありがとう、リュウ」
「いいって事よ!」
そう言ってリュウは少しだけ照れるような顔を見せるが、俺はその顔を見てふと思った。
「そういえば、今の俺を初めに見た時びっくりしなかったな。普通はダチが女になったら驚くもんだろ」
「うーん。最初に聞いた時は驚いたけどさ、実際に見たら安心したよ」
「安心……?」
「ああ、だってお前の顔、全然変わっていなかったしな」
……は? 変わっていない? 本人ですら別人かと驚いたのに。
「もうすぐ森林エリアを抜けて岩場エリアだ。カイ、隠れる場所が減るから一気に行くぞ!」
「ああっ!」
ここも滅多に人が通らない場所で、ゴール地点も段々と近くなってきている。このまま行けば俺の勝ちだ。最後まで逃げ切ってやる……!
俺は、リィアの顔を思い出しながら、目的地に向かって一目散に走ったが、そこに一番で会いたくなかった男と遭遇する。
その姿はまるで絶望の具現化。
リュウを凌ぐ巨体。鋼のような筋肉。
そして血に飢えたかのような鋭い眼光。
「ガッハッハ! やはりな。お前らはここを通ると思っていたぞ!」
「ラ、ラオン……」
「なんでこんな所に!」
奴こそ今回の究極大武會の優勝候補。
ラオン・カイオル三回生である。
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