青の底。
美澄 そら
お題【色】
色覚異常。色覚多様性。
オレが幼い頃は、まだ色盲って言葉が主流だった。
普通の人には見えている色が捉えられない、網膜にある錐体の異常。あるいは脳の障害。
「ルスくんの絵変!」
幼稚園のとき、隣に座って絵を描いていた
オレは当時幼すぎて、変と言われたことに対して、何が変なのかわからなかった。
ただ、慌てて先生達が駆け寄ってきて、「そんなことないよ」って言葉を口々に呟いた。
あの時画用紙に描いていたのは、トマトとオレンジだった気がする。オレには赤に見えるその色は、人には緑に分類されるらしい。
オレンジに至ってはレモンと似た黄色で、明度の違いくらいにしか思わなかった。
そんな病気があるなんて、幼いオレと光太郎は知らない。それぞれ自分の見えてる世界が正しいと思っている訳で、何故先生があたふたしているのか、解りもしない。
ただ、光太郎だけが注意されて泣いていた。
小学校に上がると、少し面倒なことが増えてきた。
世間的に言えば、赤色が緑色の色違いに見えているオレは、「○○色の○○に――」といった指示が判断しづらかった。
信号機は上下で横断できるか判断し、美術はどっちが緑で赤か判断できないときは、隣の席のやつに聞いた。
何故、自分の視界が人と違うのか。
そう、悩み始めたときのことだった。
「ルスは、自分が“赤色”が見えなくて辛い?」
四人掛けのダイニングテーブルに対面する形で、父親が腰掛けた。
父親はオレの眼を真っ直ぐ見つめ、答えを待っている。
胸の奥にわだかまりがあるのはわかっているけれど、果たしてこれが辛いという感覚なのか考える。
「……辛くはないけど」
「けど」
「なんでかなって思う」
なんでオレだけ見えないのか。
なんでみんなには見えるのか。
「そうか」
そして、父親は一冊の本を取り出した。
「父さんは、ルスと違う赤が見えてるんだけど、お祖父さんはルスと同じ色の世界を見てたんだと思う。信号機の色がわからないから運転出来ないなんてって愚痴を溢しながら、自転車を漕いでたよ」
「おじいちゃんが?」
「そう。それでね、この写真を撮った人。この人も、ルスとお祖父さんと同じ色の世界を見ている人」
父親がくれたのは『AO』と名付けられた写真集だった。
写真家。フォトグラファー。アーティスト。
先天性の一型二色覚(色覚異常)というハンデを持ちながらも活動を続け、独創的な世界観を持ち、その色彩感覚に魅了される人々も多い。
めくるめく青。蒼。碧。
この世界のあお、全てが詰まっているようだった。
「いいかい、ルス」
顔を上げると、父親が微笑んでいる。
「ルスが父さん達と同じ赤色を見たいと望むなら、父さんは全力で協力する。
でも、妹尾 宵春みたいにね、自分の世界で成功する人だっている。
世界は多数派が正解とされるけど、君は君の色の世界で生きていいんだよ」
父親の言葉は、今でもオレの自己肯定感の中核になっている。
それから、オレは妹尾 宵春を追いかけるようにカメラを手にすることにした。
オレの見える世界を、誰かへ届けるために。
青の底。 美澄 そら @sora_msm
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