第21話

 6章 魔界と世界の作用


 前章までに述べたように、世界に及ぼす魔界の作用は多岐に渡る。もっとも代表的なものが「クラック」と名付けた現象である。

 世界のいたるところの「禁足地」や「神降の地」というふうに名付けられた土地のうち、八割がクラックの発生したエリアだった。これは、クラックによって人命が失われる事例が発生したエリアを「神隠し」や「神の愛し仔」という神聖な事件が起きた土地として区切ることを行ってきたためだと思われる。

 また、禁足地にクラックなどが存在していないエリアも目撃したが、そこには確実に「人が消えた」という逸話や説話が残っており、かつてクラックが存在していた痕跡も残っている。

 このことから、クラックはランダムに世界に現れると同時に、非常にゆったりとした周期で消えているということもわかる。この点については研究が必要だが、人間ひとりの寿命では検証することも難しい。本章まで記述してきた内容も踏まえれば、世界による魔界への拒否反応でクラックが閉じられているのだと考えるのが自然であろう。世界が持つ「風化」や「劣化」といった概念がクラックにも作用しているはずだ。魔界には「風化」「劣化」という概念は存在していないと考えられるわけだが、その結果魔力が溢れ出し世界にクラックを開いてバランスを保とうとしている。すると、世界がそのクラックに対して風化や劣化を施し、クラックを閉じる。おそらくこのような仕組みを以て世界と魔界はバランスをとっているのだろう。

 そして、あまり一般的ではないかもしれないが、魔界からの作用として大量の魔物が一挙に発生し一帯を占拠する事例が確認されている。私はそれを「アブストラクト」と呼んでいる。

 アブストラクトの発生には前触れがない。今まで確認した三十二の事例のうち、人の生活領域で発生したものが十一。そのなかで住民が異変を察知していた例はひとつもない。偶然かもしれないが、何の前触れもなく発生していると考えたほうが自然だろう。都市に生きる民と田畑を耕し野山を相手に生きる人々では「察知」の尺度が違う。それを踏まえて、何の察知もできていないという事実は重く受け止める必要があるだろう。

 アブストラクトの対処は必ず後手に回るという不利な条件の上、魔物に対して物理攻撃が効かないという悪条件も重なるため、困難を極める。しかし方法がないというわけではない。実にシンプルに解決することができる。

 まず、アブストラクトは世界に存在するために強引に「核」とも「根」とも呼べるようなものを必ず一つ持っている。「木」であったり、「岩」であったり、動かないものの形を模している。魔界と世界を繋いだ裂け目がクラック、魔力とこの世の物質が魂によって混ぜられたものが魔物、アブストラクトの根は純然たる魔力の塊であると言える。この世界のものが魔界に放り込まれればあっという間に押しつぶされてバラバラ以下になるのと同様に、魔力が世界に溢れればあっという間に霧散して空気中に薄まってしまう。本来であれば霧散しないものがとどまっているため、「魔力が霧散しないように押しとどめているもの」が存在していることがわかる。それを破壊してやればいい。

 例えば、人間が魔力を効率的に操ろうと研究を進めている「魔力タンク」のようなものを創り上げたとする。霧散している魔力をかき集めて濃度を高めると、自動的に魔界に繋がるクラックのようになる。それは形を成すが、どういうわけかこの世界のものの姿を模す。この世の法則に従わないはずの魔力が強引にこの世界に押し留まろうとした場合、この世界の法則に従って存在しようとするイレギュラーとなるのが、「アブストラクト」という現象なのだと推察している。

 よって、魔力タンクや自然界で稀に発生する魔力を貯め込む性質を持った石や木、人間や動物の死体を媒介としてアブストラクトは発生し、媒介を破壊することでアブストラクトは消滅する。アブストラクトの存在自体が周囲の魔物群の根源になっているため、アブストラクト破壊で周囲の魔物も破壊される。

 さて、こうした魔界からの作用が長年にわたり続けられた結果、私はおもしろいものを見たことがある…………

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伝説の魔法使いができるまで ~旅魔術師リヒターの記録~ しろごはん @siro_gohan_rice

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