第20話
俺達は身分証を入り口の衛兵の顔面に叩きつけるように突き出して、転がり込むように図書館に駆け込んだ。書架を探す時間も惜しく、近くにいる職員をひっ捕らえて肩をゆすりながら尋問した。
「すみません、ベルクラフトの書はどこにありますか!!」
俺たちの尋常ならざる雰囲気に押し負けてか、職員からはすんなりとベルクラフトの書物のありかを聞き出せた。
「『大魔術師ベルクラフトの旅』……『魔術概論』……『魔術の基礎理論』……」
「『戦術的魔術論』……『魔術戦』……『魔術向上法』……『思考と魔術』……」
俺とロアは書架にかじりつくように本を探す。膨大な量のベルクラフトの著書を片っ端から引っこ抜き、パラパラとめくってみる。しかしここに書かれているのは『大魔術師ベルクラフトの旅』以外はすべて技術書で、魔物の対処法のようなことは何も書かれていない。
「『学術的魔術論』……『火系魔術体系Ⅰ』……『火系魔術体系Ⅱ』……『火系魔術体系Ⅲ』……火の魔術だけでいくつ体系づけるんだ……」
「わ、こっちのもすごいよ……『まじゅつのきほん』……子供向けだね……『生活魔術』……そんなに魔術を扱える人間は多くないでしょ……『魔術と経済』……経済に応用ができる魔術があるんだ……」
どうやら、ベルクラフトという人物は魔術が好きすぎるあまり、この世の魔術以外の要素すべてが魔術に付随するオマケ程度に見えているらしい。
このままベルクラフトの書を漁り続けていたら俺たちが大魔術師になってしまいそうだとうんざりし始めた頃、肩を叩かれた。
「あの……そろそろ本日の閉館時間ですが……」
俺たちが尋問した職員が申し訳なさそうに声をかけてきた。さっきは必死で分からなかったが、俺と同い年か少し年上くらいの若い女性だった。メガネをかけているということは、かなりの収入があるのだろう。きっと勉強もがんばったに違いない。
「ああ、すみません。また出直します」
ロアがつられて申し訳なくなって謝ると、職員は意外なことを切り出してきた。
「あの、私は司書のリアンといいます。先ほどからベルクラフトの書架だけでずっと何かをお探しのようですが、どんなものを探してらっしゃいますか……?」
俺はどう答えたものか悩んだ。ここで「魔物の群れが現れたので~」などと言おうものなら、このリアンさんもパニックになるかもしれない。いたずらに不安に駆られる人を増やす必要はないだろう。
「ベルクラフトの技術書ではない本を探しているんです。俺たちはベルクラフトの痕跡を追って旅をしているんですが、『大魔術師ベルクラフトの旅』以外の情報があるならぜひ知りたいな、と思いまして」
俺は咄嗟のわりには良い言い訳ができたと自負した。ベルクラフトに対して好奇心を持つ人は多くはないだろうが少なくないはずだからだ。
すると、リアンからは意外な言葉が返ってきた。
「でしたら、ベルクラフトの絶筆をお読みになりますか?」
「絶筆?」
俺とロアは首を傾げた。
「ええ、ベルクラフトの絶筆があるんです。人生の最後に執筆途中で止まってしまった大魔術師ベルクラフトの最後の一冊。最終章はわずか二行しか書かれていません。なぜだかわかりますか?」
「さぁ。なぜでしょう」
「それは、彼が執筆に夢中になった結果、無意識に『魔法』を使ってしまったからだと言われています。魔術を極めることでさらに上の『魔法』を使えるようになろうと努力し続けていたベルクラフトは、人生最後の本を書き上げる寸前、人生最初の魔法を発動させてこの世から消えてしまった。その証拠に、この絶筆『魔法(仮題)』の執筆時期以降、ベルクラフトの目撃証言はひとつもありません。ああ、なんてロマンチックなんでしょうか……」
尋常ではないほど興奮しているリアンの様子に気圧されながらも、俺たちは有益な情報を得た。
「では、リヒターさん、ロアさん。明日のお昼ごろにまたおいでください。ベルクラフトの絶筆『魔法(仮題)』をご用意してお待ちしています」
リアンの微笑みに送られて、俺たちは図書館を出た。
「手がかり、見つかりそうだね」
「ああ」
ロアの心なしか嬉しそうな声に、俺も嬉しくなりながら、宿に戻った。
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