第21話 【最終話】 そして甚だ不本意ながら、やっぱり女人と暮らすことに相成りました。


 

 そんな先生にお礼を言うと東雲は再び俺たちに向き直った。




「でもあなたは勝ったわ。

 あなたは自己紹介でもたくさんの拍手があったし、自己アピールの床体操はすごかったわ。

 私は全然そんなのできなから、とっても驚いた。だから例えたった一票の差でも勝ちは勝ちよ」




「……勝ちじゃないと思いますぅ……」




 そう答えた東雲は、ふと考え顔になった。

 そして言う。




「私は自己紹介での五祝さんのカミングアウトにとっても驚きましたっ。

 すごい勇気があるな、って思ったんですっ。

 そして自己アピールでも、私、本当の掃除のおばさんが来たんだって思っちゃいましたっ。

 そのくらいすごかったですっ」




「……やめて。恥ずかしいから」




 五祝成子は本当に恥ずかしそうだった。

 掛け布団で顔を半分隠してしまったからだ。

 なんとなくこういう五祝はかわいいと思う、と、俺は場所柄をわきまえずに、つい思ってしまった。




「私だって恥ずかしかったですっ。

 自己紹介はふつうだったし、

 体操だって久しぶりだから失敗したらどうしようかと思っちゃいましたっ」




「そんなことないわ。

 あの体操はホントにびっくりしたわ。さすがスポーツ天才少女って感動しちゃったくらいだもの」




「やめてくださいっ。……恥ずかしいです」




 俺はやれやれと思った。

 二人して恥ずかしがり合戦でもしているんじゃないかと思ってしまったくらいだ。

 だが雰囲気はちっとも険悪じゃなくて、そういう点では良かったと思う。




 で、そのときだった。




「……あの、たぶん私間違っていないと思いますっ」




 いきなり東雲が神妙な顔付きになったのだ。




「なにかしら?」




 五祝成子もなにかに気がついたようで、居住まいを正した。




「……あの掃除のおばさんを見て、気がついちゃったんですっ」




「……」




「副将の家のお手伝いさんのシゲさんって、五祝さんじゃないんですかっ?」




 空気がピシリと凍り付いた。




「……あ、いや、あれはだな」




 俺はつい口を開いた。

 だが言葉としてうまく話せない。なぜならば東雲が言ったことは事実であるからだ。

 しかしそのことを伝えることは出来ない。俺は必死で上手い言い訳を言おうと頭を巡らせる。




 だが、その努力は無駄となった。

 五祝成子が口を開いたからである。しかも毅然とした態度だった。




「そうよ」




 再び空気が凍り付いた。




「……お、おい」




 俺は抗議の意味と真意を測りかねる意味を兼ねて、五祝成子に向かって言葉を発した。

 だが、五祝成子はそんな俺を見ても動揺する気配はない。




「や、やっぱりですか……」




 東雲が納得と疑問を貼り付けた顔で言う。




「はっきり言うわ。

 私は剣崎くんの家で暮らしている。でも勘違いしないで」




「な、なにを勘違いするんですかっ?」




「なにもないってこと。

 ……そりゃ二人で暮らしていればアクシデントはあるわ。

 例えば私がお風呂から出たところにあやうく剣崎くんと出くわしそうになったりね」




「お、おい」




 俺は言葉を挟む。

 もちろんそれは事実だ。




 五祝成子が来たばっかりのとき、

 俺は風呂から出た五祝成子の全裸をあやうく見てしまうところだった。

 そしてその後ももう一回あった。

 確か東雲が権藤を俺の家に来た夜だ。だが、それを東雲に言ってどうする?




「でもね、私たちはなんともないわ。

 私は岩井シゲとして料理を作ったり洗濯したりしてるだけ」




 そう言った五祝成子は楽しそうに笑う。だが東雲の目は本気だった。




「……そ、それは今までじゃないんですかっ? 

 これからもそうだと言えるんですかっ?」




「東雲さん? なにが言いたいのかしら?」




 すると東雲明香里は俯いた。

 そしてしばらく黙っていた。なにか言葉を探しているように俺には思えた。




「アクシデントはいいですっ。仕方ないと思いますっ。

 でも、アクシデントじゃなくなったらどうするんですかっ?」




「どういう意味かしら?」




 五祝成子は尋ねた。




「アクシデントがアクシデントにならなくなったら、

 ……私、困ります。……だったらいっそ」




「いっそ? 学校にこのことを伝えるのかしら? 

 そうね。そうなれば私たちは一緒には暮らせなくなるわね」




「ち、違います。

 私、学校になんて言いませんっ。クラスメートにもですっ」




「……」




「わ、私もいっしょに暮らしたいんですっ」




「お、おいっ」




 俺は度肝を抜かれた。




「……でも、でも、でも」




 東雲はそこで涙を流した。

 俺はなすすべもなく黙っていた。そして五祝成子も……。




 保健室の中は静かだった。

 ただ東雲のすすり泣く声だけが響いていた。




「……剣崎くん、ちょっといい?」




 五祝成子が俺を呼んだ。




「なんだ?」




「東雲さんと二人きりで話したいわ。

 だから、ちょっといいかしら?」




「あ、ああ」




 俺は立ち上がる。

 そして東雲を見た。東雲もその提案には異存がないようで、頷くのが見えた。




 そして俺は解放された。

 だが気持ちは全然晴れなくて、

 いっそ保健室に居残った方が良かったんじゃないかと思いながらも廊下に出たのであった。

 廊下には保険医の先生の姿は見えなかった。どうやら職員室にでも行ったらしい。




「よお」




 すると声がした。

 見ると権藤が向こうから歩いて来るのが見えた。




「どうしたんだ?」




 俺は尋ねた。

 今日の学校の日程はすべて終了している。

 だから今は放課後であり、本来ならば部活に向かっているはずだからだ。




「気になってな」




「なにがだ?」




「お前たちだよ」




 そう言った権藤は顎で保健室を指し示した。




「お前と五祝が帰って来ない。

 そして明香里ちゃんもいなくなった。だからここかと思ってな」




 なかなかするどい推理だと思った。




「明香里ちゃんたちは中か?」




「ああ。だが二人きりにしてくれ、って言われた」




 俺はそう説明すると権藤は頷いた。




「じゃあ、仕方ないな。ちょっとそこまでいいか?」




 そう言われたので俺は権藤が歩くのに着いて行く。

 するとそこは来客用の通用口だった。

 通用口には誰の姿もなく、俺たちは靴の履き替え用の段差に並んで座った。




「聞いたか? 五祝が準ミスだったって件?」




「ああ。わずか一票差だったらしいな。

 それに裕美ちゃん先生とも接戦だったとかもな」




「すごいよな。

 我がクラスにはミスと準ミスがいるってことになるんだぜ?」




「そうなるな」




 すると権藤は遠くを見た。

 開け放たれた扉の向こうには、もう初夏を思わせる強い日差しと青々と茂った木々が見えた。




「まったくお前がうらやましいよ」




 権藤がぽつりと言った。




「なにがだ?」




「とぼけるな。美少女二人と仲良くてさ」




「仲良いか?」




「いい。

 明香里ちゃんは俺の気持ちには気づかずに、お前に夢中みたいだし。

 五祝もなんのかんのと言っても、お前とばかり話しているしな」




「……そうか?」




 俺はなんと言えばいいのかわからなかった。

 俺は自分が女子から好かれる男だと思ってない。




 確かに俺は東雲から好きだと言われた。

 だがそれはヤツの一時の気の迷いかもしれないし、なにかの勘違いかも知れない。




 それに五祝成子は別だ。

 ヤツは孤高の存在で、

 俺のことはただ同じ屋根の下で暮らしているから話しやすいだけだと思っている。




 そのときだった。




「……ここにいたの?」




 五祝成子の声だった。

 俺は振り返る。するとそこには東雲明香里もいた。

 東雲はすっかり泣き止んだようだが、なぜか俯いている。




「もう大丈夫なのか?」




 俺は五祝成子の体調を気にして声をかけた。




「大丈夫よ。それより話があるわ」




 すると権藤が腰を浮かす。




「俺は邪魔なようだから、先に行く」




「平気よ、別に。……私たち、友達になったから」




 突然に五祝成子が言った。




「へ?」




 俺はマヌケな返事をしてしまった。




「友達って、なんだ?」




 俺は今ひとつ意味がわからなかったので、つい尋ねてしまった。

 すると五祝成子はムスッとした顔になる。




「頭悪いの? 友達ってのは仲が良い友人同士のことよ」




「いや、だから誰と誰が?」




「私と五祝さんですっ」




 ずっと俯いていた東雲明香里が顔を上げてそう言った。




「仲直り、したのか?」




 俺がそう言うと、五祝成子が不機嫌そうな顔を崩さずに口を開いた。




「なによ。そもそも私は東雲さんとケンカなんかしてないわよ」




「う、うむ」




 確かに言われてみればそうだった。

 さっきのは五祝成子がシゲさんだと東雲が見抜いた件で、東雲が泣き出しただけだ。

 ケンカじゃないと言えばケンカではない。




「……お前たち、友達になったのか。じゃあ最強だな」




 黙って推移を見守っていた権藤が言った。

 すると五祝成子が鼻を鳴らして権藤を見る。




「なんのことかしら?」




「……だって明香里ちゃんと五祝さんだろ? ミスコンのミスと準ミスじゃないか」




「止めてよね。恥ずかしいんだから」




 不機嫌そうに五祝成子が言う。見

 ると東雲もぶんぶんと首を動かしうなずいている。どうやら同意のようだ。




「恥ずかしいってなんだ? 堂々とした成績だろう」




 俺がそう言うと権藤も頷く。




「止めて。……とにかく私たちの前でそれは言わないで欲しいの」




「なんかわからないが肝に銘じておくよ」




 俺はそう答えた。

 なにが恥ずかしいのかさっぱりわからんが、

 本人たちが嫌がっているのだから、これ以上蒸し返す必要もないだろう。




「……さて、私たちは帰ろうかな?」




 五祝成子がそう言った。




「私たち?」




 俺は疑問を感じたので、思わず問い返してしまった。

 五祝成子は部活に入っていない。

 だから放課後なので帰るのは自由だが、東雲は剣道があるはずだからだ。




 そしてそれは権藤も感じたようで、

 俺と権藤はそろって東雲を見てしまった。




「あ、……そうなんですっ。実は主将にお願いがあるんですっ」




「俺にお願い?」




 権藤は嬉しそうな顔になった。

 するとそれを見た東雲はばつが悪そうな顔になる。




「あ、そんな嬉しい事じゃないんですっ。

 実は……、今日は部活を休みたいだけなんですっ」




 権藤ははっきりと落胆した表情になった。

 東雲からのお願いにいったいなにを期待していたんだか……。




「わかった。じゃあ、今日は休みだな」




「はいっ」




 そう答えると先に歩き出した五祝成子を追う形になって、東雲が小走りで続いた。




 そして俺たちは残された。




「いったいなにが起きたんだ? 

 五祝さんと明香里ちゃんが友達宣言したり、部活を休みたいって言い出したり」




 権藤は俺に尋ねてきた。




「知るか。さっぱりわからん」




「だろうな」




 そして俺たちも立ち上がった。

 部活に行く前に教室に行って荷物を取ってこないといけないからだ。




「……教室の反応はどうだったんだ?」




 廊下を歩きながら俺は権藤に尋ねた。




「教室の反応?」




「ああ。クラスから優勝者が出たんだ。

 なにかしらの反応があっただろう?」




「ああ。大騒ぎだ。

 みんな明香里ちゃんを取り囲んで離さなかった。

 ……明香里ちゃんはちょっと迷惑そうな感じだったぞ」




「だろうな。……で、それだけか?」




 俺は気になって更に質問していた。

 東雲の様子はわかる。ヤツは自分を自慢するような性格じゃない。




 今回のミスコンだって、嫌々ながら承知しただけだ。

 だからヤツにとってミスコン受賞は単なる結果だ。別にそれほど嬉しい事じゃないだろう。




 だが、五祝成子はどうだ? 

 ヤツにとってもミスコンは俺がごり押ししたようなもんだ。

 本人は別に出たがっていたわけじゃない。




 この点は東雲と同じだが、ヤツはミスコンで自分の本名を明かすというカミングアウトをしたのだ。

 その結果がどうだったのかは、保健室にいた俺と五祝成子は知らないのだ。




「ん? それだけって、なんだ?」




 権藤が俺を見た。




「あ、いや。……なんて言うか。なんだ?」




 俺は思う。

 権藤はいいヤツだ。さっぱりした性格で後腐れがない。それで誰にでも好かれる人物である。

 だが、にぶいのが欠点だ。




 ……ま、それは俺も他人のことをとやかく言えないのだが、

 それでも少しは察してくれてもいんじゃないかと思うのだ。




 だがそんな権藤だが、今回は違った。

 少し考え顔だったのだが、やがて口を開いた。




「ああ、そう言えば。五祝さんの件もあったな」




「どういう反応だったんだ?」




 俺は興味津々で尋ねていた。すると権藤はニヤリと笑った。




「へえ、気になるか?」




「……ま、まあな」




 俺はにごした返事をする。

 だが権藤はそれ以上茶化しては来ない。やはり性格はいいのだ。




「例の告白がちょっと話題になったな。

 今まで誰も知らなかったんだ。だから、なんて言うのかな。

 ……そう、まるで別人のように感じるって、みんな言ってたな」




「別人?」




「ああ。違う人みたいな感じって言うのかな。

 まあ、悪い印象ではなかった」




「そうか」




 俺はそれだけをつぶやいた。

 五祝成子の本名がじゃなくて、だった。

 そのことはクラスの連中には驚きだが、心象は悪くはないってことだ。




 それはたぶん受け入れられたってことだ。

 ま、考えてみればヤツは一位の東雲と一票差だったんだ。

 支持されなければそこまでの得票を得られる訳がない。




「……これはヤツに言わないとな」




 俺はぽつりとひとり言を言う。




「ん? なんか言ったか?」




「あ、いや。なんでもない」




 俺はやはり五祝成子を褒めたかった。

 ヤツは嫌々ながら出場したミスコンに全力を尽くしたのだ。




 本人はもう触れて欲しくないと言っていたが、それとこれは別だろう。

 そんなことを俺は考えていた。




 そして俺と権藤は教室に向かった。

 だがすでにクラスメートのほとんどが下校していて、教室の中はがらんとしていた。

 俺たちは荷物を持って部室へと行く。そして夕方の部活に精を出したのであった。




 その日は東雲がいないということで華はなかったが、

 その反面、東雲に見とれるヤツもいないということで気合いの入った稽古が出来たと思う。




 そして日が暮れて部活は終わった。俺は久しぶりにひとりで下校したのだ。

 それから電車に揺られて駅について、俺は家路をたどった。




「ただいま」




 俺は玄関を開けた。

 すると靴が一足多いのに気がついた。増えているのは女性用の革靴だ。




「お帰りなさい」




 すると奥から五祝成子が顔を出した。

 服装は楽な部屋着だった。髪は珍しく三つ編みにしていた。

 俺は五祝成子のその髪型を初めて見た。




「どうしたんだ? その髪?」




「うふふ。気がついた?」




「ああ。似合うぞ」




「お世辞でも嬉しいかも」




 五祝成子はそう言いながら自分の髪をいじる。




 そしてそのときだった




「あ、副将。お帰りなさいっ」




 奥から東雲明香里が顔を出したのだ。増えている靴はヤツのだったのだ。




「なんだ、来てたのか?」




「はいっ。お邪魔していますっ」




 元気いっぱいな表情で東雲は言う。




「この髪ね、明香里ちゃんに編んでもらったのよ」




 五祝成子が嬉しそうにそう言った。

 どおりで初めて見る髪型なはずだ。




 それから俺たちはリビングにいた。

 リビングの中ではキッチンで作られている料理の良い匂いが満ちていた。

 どうやらシチューのようだ。そしてその他にも作りかけの料理があちこちに見えていた。




「二人で料理を作ってたのか?」




「そうなんですっ。成子しげこちゃんが教えてくれてるんですっ」




 俺は驚いた。

 それは五祝成子が料理を東雲に教えていることじゃなくて、

 東雲が五祝成子のことを、成子ちゃんと呼んだことだ。




「なんだかずいぶん仲が良いんだな」




 三つ編みのことと言い、料理のことと言い、そして呼び名のことと言い、

 ずいぶん二人は急接近している様子だ。




「はいっ。成子ちゃんはホントに料理が上手ですっ。私、全然勝てませんっ」




「だろうな。なんせホンモノの家政婦だからな」




 東雲の料理の腕前がどれくらいかは知らないが、五祝成子に勝てるはずがない。

 それは逆に言えば五祝成子が東雲にスポーツで挑むようなものであるだろう。

 俺はそんな印象を受けた。




「でも、こんなにたくさんの料理、どうすんだ? 

 いくら三人でも食べられないだろう?」




 俺は素朴に思った疑問を口にしてみた。




「別に今夜に全部食べる訳じゃないわよ」




 料理を作る手を止めて、五祝成子がそう言った。




「ん? どういうことだ?」




「明日食べるんですっ。お弁当ですっ」




「へ? 弁当? 明日は部活も休みだぞ」




 そうなのだ。

 明日は学校が休みだけじゃなくて、珍しく部活も休みなのだ。

 だから弁当を作っても仕方がないはずなのだ。




「知ってるわよ、そのくらい。

 お弁当は明日のデートのためなの」




 五祝成子が意味不明なことを言う。




「デ、デート?」




 俺は冷や汗を浮かべた。

 確かに俺はミスコンに勝った方とデートをしている約束をしている。

 つまり東雲とは出かけなくちゃならないはずなのである。




 だが、だからと言って、それが明日とは決めていないし、

 第一、東雲とデートすることになっていることを五祝成子に言ってないはずだ。

 更にある。

 そもそもそのための料理を五祝成子が作るなんてあり得ない展開である。




 ……なにか嫌な感じがするんだが。




 俺は釈然としないいくつもの疑問を感じながら、

 その奥底でうごめく得体の知れない予感を覚える。




 だがそんな俺の戸惑いを知ってなのか、知らずになのか、

 東雲が満面の笑みを浮かべたのだ。




「はいっ。明日デートすることに決まったんですっ」




「な、なんだって!」




 俺は思わず叫んでいた。

 なにがどうなって、こういう展開になったんだ?




 だが俺のそんな動揺を見て、五祝成子が冷たい視線でこう言った。




「なに勘違いしてんのよ。君じゃないわよ」




「へ?」




 俺はマヌケな返事をしてしまう。訳がわからない。




「私たち、明日デートするんですっ」




 いきなり東雲がそんなことを言った。




「私たち? ……つまり、お前たちがか?」




「そうよ。なにか問題ある?」




 五祝成子が挑戦的なまなざしを俺に送る。




「いや、……別になにもないが」




 俺は修羅場になりそうもない感じに安堵を感じた。

 てっきりデートのことで一悶着あるかと想像していたからだ。




 ……だが、同時になぜかがっかり感もあるのはなぜだろう?




「でもね。料理を多く作り過ぎちゃったから、

 君も誘おうってことになったのよ」




「へ? 俺も?」




「そうよ。なにか不満あるのかしら?」




 五祝成子は勝ち誇ったかのよう言った。

 きっと今日の保健室で、

 五祝成子と東雲明香里は互いにミスコンの結果のデートの話もしたに違いない。




 そこで妥協策みたいなものを提案したのが、三人でのデートなのかも知れないな。

 それなら女と二人っきりって言う、俺が困る展開にもならないしな。




 俺はそんな風に想像していた。

 そして自然に笑みを漏らしていた。




「でも、三人でも余りそうなんですっ。

 それでもう一人くらい誘おうって話してたんですっ」




 東雲が元気いっぱいでそう言った。




「なら、権藤を誘ってやってくれ。

 絶対に明日は暇だろうしな」




 俺はそう言うと自分のスマホを取りだして、メモリーから相手を呼び出した。

 そしてスマホを東雲に手渡した。




「ふえっ。しゅ、主将ですかっ? 

 へっ? わ、私が電話するんですかっ?」




「ああ。お前からの方がヤツが喜ぶしな」




 電話がすぐにつながったようだ。

 俺からの呼び出しで出たのが東雲なので、さぞかし権藤は驚きと喜びを感じるだろう。




「権藤くん、喜んでいるでしょうね」




 五祝成子が使い終わった食器をシンクに置きながら言った。

 妖術使いの五祝成子のことだ。権藤が東雲に惚れていることくらいお見通しなのだろう。




「ああ。……そう言えば」




 俺は権藤で思い出したことがあった。




「なにかしら?」




「権藤が言っていた。お前は受け入れられたらしいぞ」




「受け入れられた? なんのことかしら?」




「カミングアウトしたことだ。

 教室では好意的に受け入れられたらしい」




「……」




「別人のように感じられる、ってことらしい。

 でもそれは悪いことじゃない。新しいお前をみんなが受け入れるってことなんじゃないか?」




「な、なんだか恥ずかしいこと言わないで」




 五祝成子はそう言って頬を染めた。




「とにかくよくがんばった。

 見事に自分の殻を破ったと思う」




「や、止めてよ」




 五祝成子は本当に恥ずかしそうだった。

 だが、そんな顔も美しいと思った。




「主将、オッケーでしたっ。でも変なんですよっ。

 なんだがとっても嬉しそうなんですけど、スマホほっぽりだしてドタバタしてるんですっ。

 まだ電話つながってるんですけど、どうしましょうかっ?」




 東雲が困った顔で俺にそう言った。




「切っちまえよ。構わないから」




 俺がそう言うと、五祝成子も東雲も声を出して笑ったのであった。



 

 そしてその夜だった。

 東雲明香里はすでに帰宅し、今この家にいるのは俺と五祝成子だけだ。




 俺がベランダに出ていると、いつのまにか五祝成子がやって来た。

 俺の横一メートルくらいに位置した。




「すごい星空。明日はきっと晴れね」




「ああ」




 俺は答える。

 明日は四人でデートと言う予期せぬ展開になったが、なんにせよ天気は良い方がいい。




「デートのこと考えたんでしょ?」




「ああ。流石に驚いた」




「ふふふ。実はね、明香里ちゃんから聞いたのよ」




「東雲から?」




「ええ。ミスコンで勝ったら剣崎くんとデートしてもらえるって話」




 俺は五祝成子を見た。

 てっきり怒っていると思ったが、そうではなかった。




「怒らないのか? 二股かけてたって」




「話を聞いたときは、正直ちょっとムッとしたわ。

 でも、私が負けたのは事実だし、それよりも君のことだから仕方ないし」




「俺のこと?」




「優柔不断なこと」




「悪かったな」




「悪口じゃないわよ。

 言い方を変えれば、どっちにも優しかったってこと」




「優しい? 俺が?」




 すると五祝成子が、ゆっくりと俺に近づいた。

 そして気がついたら俺にもたれかかっていたのだ。




 まだ風呂の後の髪が乾いていないらしく、シャンプーの良い香りがする。

 俺は驚いてしまって、びくっと身体が反応してしまった。




「優しいわよ。

 だって私だけじゃなくて、明香里ちゃんも励ましていたんでしょ?」




 たぶんミスコンの休憩時間のときのことを言っているのだろう。

 だが俺はそんな偉い存在じゃない。ただ夢中で思いついた戯言を口にしていただけだ。




「ねえ、本当のこと教えてくれるかしら?」




「なんのことだ?」




 すると五祝成子は俺を真っ直ぐに見上げた。




「どっちに投票したのよ?」




「そう来たか?」




「だって気になるじゃない。棄権したってことはないわよね?」




「棄権はしてない」




「じゃあ、どっちよ?」




 眼下に広がる町並みをながめる。街も人も眠っていた。

 俺は覚悟を決めた。




「――お前だ」




 すると五祝成子の身体がびくっと反応した。




「う、嘘でしょ?」




「嘘じゃない。本当にお前に投票した」




 すると五祝成子は顔をなぜか真っ赤にした。




「バカ言わないでよ」




 そんなことを言った五祝成子は、急に姿勢を崩した。

 いきなりがくりと崩れ膝を突いたのだ。




「お、おい、大丈夫か?」




 俺は昼間の貧血が再発したんじゃないかと心配した。




「へ、平気よ。な、なによ、これくらい」




 五祝成子は立ち上がる。

 だが足元はまだふらついたままだ。




「私、寝るわね」




「あ、ああ。……お休み」




 俺がそう答えると、五祝成子は自分の部屋に戻りかけた。

 だが、すぐにくるりと振り返った。




「わ、私ね、……君のこと、とっても……」




「……」




 驚いたことに五祝成子は俺に飛び込んできた。

 一気に駆け寄ると体重を俺に預けてきたのだ。




「とっても……」




「とっても、なんだ?」




「う、ううん。なんでもない」




 そう言うといきなり俺の頬に唇を押しつけたのだ。

 柔らかい感触が俺を襲う。




「ふわっ」




 俺は驚いて声を上げてしまった。




「お休み」




 五祝成子はそう言葉を言い残して、ガラス戸を開けて自室に入ってしまった。

 俺はなにがなんだかわからないまま、ひとり取り残されてしまった。

 心臓がまだどきどきしていた。




「……な、なんだったんだ?」




 俺は満天の星空を見上げた。

 家族がオーストラリアに行って二週間あまり。

 その後、五祝成子が俺の家にやって来て、そして東雲明香里が転校して来て、ミスコンがあった。




 その間にいろんなことがあった。

 そして俺も変わった。そして五祝成子も変わった。

 これからも俺たちはいろんな事を経験して変わり続けるのかもしれない。




「明日、晴れるといいな」




 俺は誰にでもなくそうつぶやくと、明かりが消えた隣室を見届ける。

 そして自分の部屋へと戻って行くのであった。




                                 了                                               

 

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甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました 鬼居かます @onikama2

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