挑戦その三
榊 薫
第1話
芥川龍之介の晩年の随筆集"
兵卒「絶対に服従することは絶対に責任を負はぬことである。即ち理想的兵卒は、まず無責任を好まなければならぬ」とあります。
無責任な人の典型は、上からの命令に悩むことがなく、オウム返しで、部下にパワハラまがいで伝えることで、深く考えることのない人です。誰しも、自分の人生では自分こそが正しいと信じているものです。
新たな処理薬剤を使うことに興味を示した会社の社長の場合、社長の立場であるにもかかわらず、さまざまな計画を楽しく、次々と立てるだけで、それがどこで、でどうなるか、深く考えようとしません。
部下の業務範囲などお構いなく、
「出来なけりゃ首だ。」といった冗談ともパワハラともとれる檄を飛ばして、気分爽快になるような人でした。
従業員の多くは、衝動的で無責任な社長への不満を口にせず日常的な流れにただ黙々と従順に対応しているだけした。
製造部長は”柳に風”で右から左に聞き流すことのうまい人でした。
一方、上司の決定事項どおり実行すべき現場担当者は、繊細で、直感的な感性が豊かで、鼻歌を歌いながら、耽美的な空想に耽ることで、自分らしいムードを保つことが好きでした。
また、ネットのゲームが大好きで、それをどうやるのかが楽しみで、勝った時と負けた時の気分にムラがあり、自意識が強いため、今までやってきた手順を急に変更するよう指示を出した社長の衝動的で無責任なアプローチにカチンときて、その奥にある肝心要のメッセージや課題に応えることなく、感情的に反発することだけを考えていました。
そのため、斜に構え、議論のトーンが過激なときだけ反応し、しぶしぶ従っていました。
製造部長だけは自分を救ってくれる唯一の理解者のように見えてあこがれていますが、近くにいると社長と同様「おざなり」の“あら“が見えるので、遠ざかっていました。
社長から問い合わせがあり、その会社に出かけました。新たに開発した薬剤は、処理しにくい排水の有害物を安価に処理できるばかりでなく、少量で複数のイオンを同時に処理できることを説明し始めました。
「そないな具合のええ話はあらへんやろう」
「具合のええ話は信用できしまへん。」
説明の会話で、京都弁が出てくると、「太刀打ちできまへん」ので、
地元の人にバトンタッチして売り込んでもらうことにしました。
ところが、地元の人が説明しても同席した現場担当者が説明書をろくに読まないことに気づきました。
説明文の最初の段階で、有害物対策を両刀使いしていることが、そもそも信用できないようです。
最近は、SNSで調べて済ませる人がほとんどで、わざわざ本を広げて読まない人が増えています。そのため、ものごとの基礎や原理原則に接する機会が減っているためかもしれません。
そこで、原理の説明を増やしてしてみました。
現場担当者は、原理のファンデルワールス力や配位結合という言葉が出てくると頭が回らなくパニックになるようで、すぐに横を向いてしまいます。
そこで、冬場に、ナイロンとアクリルが静電気を起こし"ビリッ"とくる話から始めました。その話は分かるようです。
新規な内容を伝えるために、元素の原子と電子や分子に電荷があって、水の中でも静電的な力が働く層関化合物の話を始めるとアレルギー反応が起こるようです。
日本の技術力が低下してしまった嘆かわしい現状に遭遇します。
何処かの出版社会長のように、S祭典ガイドブックや記録集を手掛けるため、入念なおもてなしの道を究めていれば、延々と理科の基礎の話をしないで、分かってもらえるのかもしれませんが、おもてなしの「忖度まんじゅう」も持ち合わせていないと、お手上げでスゴスゴと退散するしかありません。
数ヶ月経って、話を持ち込んだ社長が会長となって退職し、その息子が新たな社長に就任しました。
先代の社長から「後をよろしく頼む」という知らせを受けて、その会社に再度、商品説明に伺いした。
するとどうでしょう、製造部長が「話がおもろいさかい聞かせなはれ。」とやって来ました。
今までとは異なり、新規な商品の効果が容易に発揮できる方法を提案してきたではありませんか。
どうやら、製造部長と現場担当者が現場で今までやって来た苦労を先代社長はろくに聞きもせず指図していたことに反発して振舞っていたようでした。
それを見ていた息子は、この商品を通じて「持続可能な世界SDGs」に貢献し、新たな経営目標を掲げる機会になることを製造部長に伝えて、検討するよう指示しました。
そうすると、製造部長が乗り気になったことから、現場担当者の商品に向かう態度が一変し、実施作業の細かな手順を質問するようになりました。
模擬的な導入試験を行い、本番にこぎつけた結果、経費が半減し、作業時間も短縮出来ました。
「よおすなぁ」
お客様の満足度を高めるためには、社長や部長のレベルには"品物が安価であること"だけでなく"社会貢献などの目標"を優先し、現場の担当者のレベルには"作業が楽になること'を優先すると良いようでした。
挑戦その三 榊 薫 @kawagutiMTT
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