第24話

私は今日も菜奈ちゃんの病室に向かった。今日はなんの話しをしようかな。そう思いながら私はドアを開ける。


「菜奈ちゃんッ!」


私は目の前の光景に汗がぞっと溢れた。私は急いで菜奈ちゃんに駆け寄り、引っ張った。菜奈ちゃんは動かない足をぶらんとさせ、腕の力で窓から上半身を乗り出していた。


「嫌だっ!離してよ!」


菜奈ちゃんは体を大きく揺さぶって抵抗する。久しぶりに聞いた菜奈ちゃんの声だった。


そんな願いを聞くわけにもいかない私は全力で体重をうしろにかけた。すると窓から手を離した菜奈ちゃんに私は地面にドンッと手をついた。


「うっ、うぅ」


体を起き上がらせると菜奈ちゃんは手を顔で覆い泣いていた。


「もう死にたい」


菜奈ちゃんはぽつりとそう吐き出した。そんな菜奈ちゃんに私は立ち上がり手を差し出した。


「私の散歩付き合ってくれる?」


私はあれから静かに泣き続けている菜奈ちゃんを車椅子に乗せて、中庭まで押して行った。


「今日もいい天気だねー」


私はそう言ってベンチに座った。私は横目でちらりと様子を伺うが反応はなかった。


「私も昔ね。大好きだった人が死んじゃって、私だけが助かったんだ」


私はひとりで勝手に話し始める。そんな私の話に菜奈ちゃんは少し耳を傾けてくれているようだ。


「私だけ生きてるなんて自分が許せなくて、飛び降りたんだけど、死ねなかったんだ。でも今はあのとき死ななくてよかったって思えるよ」


のどかに囀る鳥の鳴き声を聞きながら私は話を続けた。


「菜奈ちゃんの人生だから生きろとも死ぬなとも言わないよ。でもね、死ぬのはまた明日でもいいんじゃないかな」


生きることを強制してはいけない、生きることをつらく感じる人にとって、その言葉は凶器だ。私は昔の蒼空が言ってくれた言葉を借りた。


「でも私ひとりになっちゃって、生きてくなんて意味ないよ」


菜奈ちゃんの言葉に私は少し黙ってしまった。菜奈ちゃんに昔の自分を重ねていた。蒼空が私の生きる理由であの日に私はまた生きる意味をなくしてしまった。でも蒼空の言った通りだなと大人になった今ならわかった。


「私も昔は生きる意味を探してたんだけど、生きるのに理由なんていらないんだよ」


そう意味とか理由なんて生きていたら後づけのようについてくるものだ。亡くなっていい命なんてないんだよ。


「ひとりだって言うなら私がいつでも話を聞いてあげる」


菜奈ちゃんに今必要なのは隣で寄り添ってくれる人だ。それが私では無理なのかもしれないけど、少しでもひとりじゃないって思ってほしかった。


「...私昔から喘息がひどくて、お母さんたちにも迷惑かけたんです。それでもお父さんもお母さんもいつも優しくしてくれて」


菜奈ちゃんは涙をぐっと抑えながら私に話をしてくれた。暖かい風が菜奈ちゃんの髪を揺らす。


「事故の前に喧嘩したんです。それでもあの日お母さんたち塾に迎えに来てくれて、私のせいでお母さんとお父さんは」


そこで再び泣き始めてしまった菜奈に私はぽんと優しく背中を撫でた。


「事故で救急車が辿り着いたときお母さん菜奈ちゃんを守るように抱きしめてたんだって。お母さんは菜奈ちゃんに生きて欲しくて助けてくれたんだね」


「お母さんっ、お母さん」


菜奈ちゃんに言うか悩んでいたことを私は話していた。自分を助けたせいでと責任を感じてしまうんじゃないかと、でもやっぱり伝えておくべきだと思った。


私は菜奈ちゃんが泣き続ける中、なにも言わずにただ隣で座っていた。すると、少し落ち着いたのか菜奈ちゃんは顔を上げた。


「ひまわり」


菜奈ちゃんが見ている方に私も視線を向けた。そこにはまだ咲いていない成長途中であるひまわりが埋っていた。


「私ひまわりが好きで、昔にお母さんたちとひまわり畑に行って、迷子になっちゃってすごい怒られたんです」


「えっ」


菜奈ちゃんは笑ってそう言った。ひまわり畑ってまさか菜奈ちゃんってななちゃん!私は驚いて菜奈ちゃんをじっくりと見つめた。


「ひまわり畑ってどこの」


「場所までは忘れちゃったけど、大きい風車があって、すごいたくさんのひまわりが咲いてたんです」


あの頃の歳も考えるとななちゃんはちょうど高校生ぐらいの歳だろう。まさか世界がこんなに狭いなんて、


「カップルのお兄ちゃんとお姉ちゃんが助けてくれたんですけど」


「あははっ」


私は思わず笑ってしまった。そんな私を不思議そうに私を見ていた。そっか、菜奈ちゃんは小さかったし私のことなんて覚えてないよね。お互い大人になっているんだからわかるはずもない。


私はあえて菜奈ちゃんに言わないことにした。菜奈ちゃんの中ではまだ私たちは一緒にいる。


それから菜奈ちゃんは少し心を開いてくれたのか、私に話を聞かせてくれた。


「じゃあ、そろそろ戻ろっか」


ずっと座っているのも疲れるだろうと私は菜奈ちゃんの車椅子を押して、病室に向かう。廊下を歩いていると前から来た女の子がこちら目掛けて走ってきた。


「菜奈ッ」


その女の子はそう叫ぶと菜奈ちゃんに抱きついた。


「えっ!朱莉」


菜奈ちゃんの反応からふたりは知り合いのようだった。


「菜奈が事故にあったって、私昨日お母さんから聞いて」


朱莉ちゃんは涙を流しながら途切れ途切れ話した。


「菜奈が生きててよかった」


そう言われた菜奈ちゃんの目からはまた涙が出てきてしまった。ふたりして泣いているものだから周りの人がなんだと様子を伺っていた。


「ふたりともとりあえず病室に戻ろっか」


病室に菜奈ちゃんと帰ってくると私はそっと部屋から出ていった。


もう菜奈ちゃんは大丈夫だろうと思った。あんなに自分のことのように一緒に泣いてくれる友達がいるんだから。


私はゆっくりと階段を上がって行った。ドアノブをまわし外に出る。


もうすぐまた夏がやってくる。夏を感じる空気に私は微笑んだ。


私は蒼空と本当に出会えてよかったよ。私は首にかけているネックレスを手に取った。


蒼空の死で失ったものは多かったけど、得たものもあるんだよ。今ではたくさんの人に支えられながら生きています。蒼空のおかげで生きることの大切さが今ではわかる。蒼空が助けてくれた命で私は今日も医者として命を助ける。


そのとき、フワッと風が吹いた。その風の中で確かに「頑張れよ」と言っている蒼空の声が聞こえたんだ。私は空を見上げると一歩ずつ確実に歩いていく。蒼空との思い出を抱えて、


─────今日も私は生きていく


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君のために生きたい 光野凜 @star777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ