色とりどりの少女

キロール

お蔵入り

 モック・ドキュメンタリーと言う作品形式がある。これは略してモキュメンタリーとも呼ばれるが、最もわかりやすい呼び名はフェイク・ドキュメンタリーであろう。言うなれば架空の出来事をドキュメンタリー調に扱った作品の事を示している。


 これが政治的な題材を扱った場合は大層危険な話になるが、この手法が幅を利かせているのはホラー、とりわけ心霊と呼ばれるジャンルである。映像スタッフが制作した心霊現象と思えるような不可思議な映像を一般から募った映像と称し、それに対してスタッフが考察や解説を加えると言う形式が一般的のニッチなジャンルだ。


 フェイクではあるが心霊、いわゆるお化けを扱っている点と、基本的には地上波のテレビ放送とは違いビデオやDVD作品である事が多く、見るのにひと手間加える必要がある為さほど騒がれる事もない。そもそも好事家が偽物であろうと思って見ている作品である、騒ぎ立てる意味などないのだ。


 前置きが長くなったが今回の話はそんな映像制作会社のスタッフ佐田さだより聞いた物である。


 彼が務める株式会社AL企画の商品に上述の心霊モキュメンタリー作品「心霊調査室」があった。発売から15年の歳月を経て今ではシリーズ58作目を数えるAL企画の看板商品。佐田はそんな「心霊調査室」の映像制作を担当している。


 さて、当初こそは映像を制作してあたかも一般の人が撮ったホームビデオに紛れ込んだ心霊映像の体を取っていた「心霊調査室」の映像だったが、映像作品の質がソコソコ良く、口コミで高評価がされていくと奇妙な現象が起きるようになった。AL企画の事務所に直接、不可思議な映像が届けられるようになった。チープな合成映像から良く出来たフェイクまで多種多様な映像の中に、奇妙な映像がちらりほらりと混じり始めた。


 その奇妙な映像、当初は「心霊調査室」の中で素材として使えるかと思われた映像たちだったが、皆お蔵入りとなった。見たスタッフすべてに奇妙な経験をさせてしまう映像や失踪者を出すような映像を、会社として広める訳にはいかなかったのだ。万が一裁判沙汰にでもなり訴えられれば多額の損害を出す可能性がある。そんな物を自社の作品として扱う訳にはいかなかった。


 そうして使われることが無くなった投稿映像、奇しくも本物と思われる映像群は事務所の一角に厳重に保管されることになった。これがAL企画におけるお蔵入りである。


 佐田も入社当初は興味をもってお蔵入りの映像を見てみた。今でもどうやって撮ったのか、当時の機材で合成可能なのかと疑問視せざる得ない不可思議な映像はインパクト抜群だった。そして何よりも、夜毎あらわれ佐田を苦しめた中指と人差し指がない女の存在がお蔵入り映像の恐怖を佐田にしっかりと植え付けた。


 触らぬ神に祟りなし。


 佐田は当時の先輩の言葉を思い返して息を吐き出す。


「こればかりは、経験しないと分からんからな」


 世の中には人の常識が謙虚にならざる得ない事例がある、そう思えばこそ佐田は心霊映像を作る際にもある種のルールを設けて作っていた。だが、その為に佐田の作る映像は刺激を求める視聴者からすれば少しばかり古くさい、刺激が足りない物になっていた。それでも佐田は自分のルールを曲げることは無かったし、上司もその点については何も言わなかった。何故ならば、彼らは自分が謙虚さを忘れればどうなるのか、身近に感じていたのだから。


 だが、全員がその様な考えを持っている訳ではない。佐田の部署に数年前に入った岩美いわみという男は、映像制作のセンスも高く中々に刺激的な心霊映像を作り視聴者の評判も良かった。だが、次々に刺激的な映像を敢えて言えば冒涜的な映像を制作しており佐田は内心危惧を抱いていた。


 上司もさすがにやり過ぎではと声を掛けたようだが岩美は聞く耳を持たず、終いにはお蔵入り映像群を素材として使おうと無断で映像をUSB移して自宅に帰り視聴した。


 その事実が発覚したのは岩美の行動で分かった事だ。お蔵入り映像を見た翌日、岩美は出社時間を一時間も遅れた挙句に血相を変えて事務所に駆け込んできて叫ぶと言う暴挙に出た。


「悪ふざけは止めろ! ふざけんじゃねぇっ!」

「なんだよ、岩美、やぶから棒に」

「なんだよじゃねぇんだよっ! どういうつもりだっ!」


 顔を真っ赤に紅潮させて唾を飛ばして怒鳴り散らす岩美の姿はいつもとは全く違っていた。上司が億劫そうに落ち着けと言い聞かせても岩美はずっと怒鳴り散らかすばかりだったが、その怒声の内容を整理するとこういう事を言っているらしい。


 人の妹を勝手に素材として使っていると。


 佐田は岩美の妹の顔など知らないし、そもそもスタッフの家族を素材に使うはずもない。それは佐田のルールに抵触しているばかりではなく、AL企画の活動方針にも外れている。


「そんな訳ないだろう。そもそもお前、妹なんていたのか?」

「しらばっくれるんじゃねぇっ! 8年前に死んだ妹の映像なんてどこから持ってきやがった! あのクソ婆からかっ! 疑ってやがったから」


 唇の端からよだれを垂らして口汚く罵る岩美の姿は醜悪だった。


「一体何の話をしている!」


 上司が遂にキレて怒鳴り返すと岩美はお蔵入り映像の事を口走ったのだ。後生大事に抱え込んでいる馬鹿げた映像だとか口にした途端に、上司が目の色を変えて一層怒った。


「お前、あそこの映像を許可なく見たなっ!」

「俺に隠してネタに使いやがって!」


 本来岩美をなだめる役目だった上司がキレてしまい流石に収拾がつかなくなってきたので、佐田は間に挟まる様に立ち上がって問いかけた。


「チーフ、落ち着いてくださいよ。で、何の映像を見ちまったんだ、岩美」

「佐田さん、アンタじゃねぇのか! 妹の」

「俺の制作スタンスを知っているだろう? スタッフの家族を使うような真似するかよ」


 佐田の作る映像は古臭い、昔ながらの心霊映像でありそれを岩美に揶揄されていたが俺はこれで良いんだと通していた佐田である。ある意味穏当な佐田の言葉に岩美も少しだけ落ち着きを取り戻した。


「……あんな色使い、アンタはしねぇか」

「俺のはシックなのが基本だからな。で、何て名前の映像だよ? お蔵入りでも一応は誰かが見て名前を決めてあるはずだ」

「……色とりどりの少女、2012年10月に保管となっていた」


 6年近く前の映像だったが、佐田はその存在を知らない。上司はその題名を聞いて押し黙てしまったので、佐田は仕方なくどんな内容だと問うと岩美はしぶしぶと口を開いた。曰く、至る所に様々に色づいた少女が映っているホームビデオだと言う。真っ赤に染まった少女が笑い、青く染まった少女が嘆き、緑色に染まった少女が苦しみ、どの色の少女も岩美に助けを求めるのだと言う。その少女が岩美の妹だと言う。


 話すうちに岩美は徐々に落ち着きを失い、せわしなく視線を彷徨わせて押し黙ってしまった。気まずい沈黙が少しの時間流れたが、不意に上司が口を開いた。


「岩美、お前……至る所に色づいた少女……妹を見てやしないか?」


 そう問いかけると、岩美は弾かれたように上司を見て、それから震えながら首を左右に振り、俺じゃないっ! そう叫びながら走って事務所を逃げ出した。


 呆気にとられた佐田は上司を見やって問いかける。


「……チーフ、何の話ですか?」

「色とりどりの少女……あの映像は俺が撮った奴から直接渡されたもんだ。少女を三人誘拐して殺した鬼畜にな。映像を渡されたのは犯行発覚前だったが奴はその時妙な事を言っていた」


 佐田は嫌な予感を感じて岩美が去った扉へと視線を転じた。


「映像自体は単に自分の部屋を映しているだけだったが、様々な所に色とりどりな少女たちが映り込むんだと奴は言っていた。映像を確認した俺には見えなかったがな」

「実は殺した少女が映り込むとは言えなかったって事ですね。じゃあ、岩美の妹も……」

「岩美は何て言った? 8年前に死んだって言ったよな? あの映像を俺に渡したクズ野郎は10年前にはムショ行きで、去年だかにようやく死刑が執行されている」


 佐田は言葉に詰まった。岩美の見た映像の意味する所が変わってきたからだ。


「あのクズ野郎、一度獄中から俺に手紙を出してきた。もうビデオを介さずとも色とりどりの少女が見えるってな。獄中の壁にも、作業場にも、飯の側でも、受刑者の背中にも」

「……じゃあ」

「もう見えているんだろうな、岩美にも」


 まさか、そんな奴が職場に紛れ込んでいたとはな。そう上司は吐き捨てて更に鬼のような事を言った。


「納期が来月なんだが……間に合うか、佐田?」


 その言葉に佐田は慄然とせざる得なかった。


 結局、岩美が担当していた二本の映像作品枠を佐田が担当する羽目に陥ったのは言うまでもない。だが、シリーズ59作目はつつがなく販売された所を見ると佐田は死に物狂いでやり遂げたようだ。


 過去のおぼろげな事件より飯のタネや労働状況を心配する、そんな自分に時々嫌気がさすと佐田はこぼしていたが、誰もそれについて文句は言えないだろう。生きていく上では必要な事なのだから。


<了>

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色とりどりの少女 キロール @kiloul

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